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第四章 今生 彼編 軌跡

用語解説


ハーフティンバー様式:木の梁で骨組みを組み、その間に漆喰やレンガを埋めた建物のこと。

露出した木の骨組み(通常は濃い色に塗られることが多い)と、その間に埋められた壁面(漆喰、レンガ、土、石など。通常は白や明るい色)との鮮やかなコントラストが印象的です。このため、「ブラック・アンド・ホワイト」と呼ばれることもあります。

2階より上の階が1階よりも外側へせり出して作られる構造が多く見られます。

 武具屋を後にした一行は魔道具屋へ寄って、いくつかの魔法薬を購入。

 他にもいくつかの店を冷やかした後、ギルドへ戻ってきた。

 メルニアのギルド証が出来るころなので受け取りに来たのだ。

 鉄でできたプレートに名前が刻印されていた。


 そこにはただ「ミルユル・メルニア」とだけ彫られており、朱が入っていて読みやすくなっていた。


 受け取ったことを鍋ぶた旅団へ報告し、夜にはギルドの隣にある酒場で宴会を始めたのだった。


 宴も盛り上がり、杯も数を重ねる頃、酒場の端で飲んでいたシュージーを見つけた。

 少女は、いつの間に手にしたのか、ジョッキを片手に絡みにいった。


 この国では全て合法だった。


「触りたいんか?触りたいんか、あーん?」

 完全に酔っ払いである。


「……うるせぇ!向こう行けよ!」

 ディッダとリィンの眼が光るうちは、下手なことは避けた彼らは、二人がいなければ触っていたかもしれない。

 それほどに、今の少女は艶っぽく、魅力的に見えた。


 生殺しとはこのことである。


 余りにも度を越した少女はキーンによって取り押さえられ、女組によって部屋へ運ばれることとなった。



 翌朝、頭痛と共に目が覚めた少女は、二度と飲まないと心に誓った。

 エドモンドからこの頭痛によく聞く薬湯をもらい、午後からようやく動けるようになった。



 昼食を適当に済ませ、この日はリィンとディッダに案内され、聖堂へ向かうことに。

 世界に普及している宗教は「シント」とよばれ、日本人にお馴染みの「神道」であった。


「神社だこれ!あははははっ!」


 ここへ来るまでの道のりは、ハーフティンバー様式に似た建物が並ぶ街並みだった。

 まさに欧州という街並みで、そこへ突然、(もり)が現れた。


 参拝客も多く、地域に根付いているのがよくわかる。

 朱塗りの鳥居をくぐり、杜の中を通る玉砂利の参道を進めば、建築様式不明の、しかしそれは紛うことなき神社だったのだ。


 それは異質なまでに鮮やかな日本(ふるさと)の光景だった。


 それは風景であり、同時に心を震わせる記憶だった。


「あはははは!……はは……ぐす」


 笑いは嗚咽へと変わる。

 とめどなく溢れる涙は、その証だった。


 最初は見た目のギャップに笑いがこみあげた少女――転生者は、そこに先人たちが刻んだ願いを感じ取ったのだ。


 二度とは帰れぬ故郷を。

 景色を、友を、家族を――

 偲んだのだろう。


 日本人の血が、日本人の御霊が、揺さぶられたのだ。


 それだけ、この場所には深い思いが込められていたのだ。



 この少女の様子に、姉を自負する二人は狼狽えた。

 それも当然だろう。二人は少女のことを、ほとんど何も知らなかったのだから。


 ただ、気が合うことはわかっている。


 それで彼女たちにとっては十分だった。

 少女の過去や、これから成そうとしていること、さらにはどこから来たのか、何者なのか――それらは、二人にとって些細なことに過ぎなかった。


 二人の自称・姉は、少女をそっと抱きしめ、落ち着くのを待った。


 ほかの参拝客は、その様子を微笑みながら見守り、過度には干渉しなかった。



「落ち着いた?」

 リィンが優しく落ち着いた声で、少女へ問いかけた。

 それは、まさしく、本物の姉のようであった。

「……はい」

 少女は泣きはらした目元をごしごしと擦りながら、そう答えるのがやっとだった。

「メルは……メル」

 ディッダは何かを口にしかけて、言葉を飲み込んだ。

「メルはメル」

 これがすべてだった。



 《恥ずかしいところを見られちゃったな》

 《ううん。……私が傍に……居るからね》


 転生者の感情はメルニアにも伝わり、彼女の望郷の念を強くした。


(私は……いつまでお兄さんと一緒に居られるのだろう。いつかお兄さんと融合を果たして一つになるのはわかってる。でも……いつまでも、こうして居たいな。やだな……この人と一緒に居たいよ)


 メルニアの胸の奥で、小さな不安という名の波紋が広がる。

 未来を思えば思うほど、暖かさと切なさが入り混じり、心は揺れるのだった。



 しばらくして三人は参拝を済ませ、予定通り社務所にて少女の『鑑定の儀』を申し込んだ。

 これは、この先の旅をする上で、知っておいて損はないし、なにより転生者であるお兄さんが、強く希望したことでもあった。


『だって、異世界に来たらやるだろ!』


 彼が生前読んだラノベには、多くにその描写があったのだ。

 これはお兄さんの『異世界行ったらやってみたいことベスト3』に入るものであった。

 因みに他二つは『魔法を使う』と『ハーレムを作る』であった。

 これを知ったメルニアに怒られたのは言うまでもない。



 猫耳の巫女に案内され、正殿に上がり、神官によるお祓いを受ける。

 (あらかじ)め渡されていた祝詞(のりと)の書いた紙を見ながら儀式を受ける。


「かけまくもかしこき……ミルユル・メルニアともうす……かしこみかしこみもうす」


 祭壇に用意されていた鏡にわずかな変化が現れた。

 それを神官が読み取っていく。


 後方、少し離れたところに待機しているリィンとディッダは神妙な顔で見守っている。


 当事者である少女は期待に胸を膨らませていた。


「風と火……闇と植物の魔法について非常に優秀な才能がありますね。四つの才能に恵まれるのは珍しいですが、中でも闇があるのが素晴らしいですね。他にも花開くかも知れませんね。ちゃんと伸ばせば偉大な魔法使いになれるでしょう」


 鏡に浮かぶ闇の紋様は、少女が転生した夜の出来事で芽吹いたもの。

 けれど神官にとっては、そこまで分かりはしなかった。


 リィンが驚き、ディッダが拍手を送る。

 神官がメルニアへ近づき彼女にだけ聞こえるように囁いた。

「ギフトについて、後ろの方にもお伝えした方が?」


 少女は驚いて神官を見た。

 その若い神官は、かすかに微笑んで答えを待っていた。


 《ギフト――つまり転生者だってわかったってことだよね?》

 《そうだね。その上で内緒にしとくか聞いてきたんだね……気がきくなぁ》

 《きっと長い歴史の中で、多くの転生者が現れたんだろうね。それが受け継がれたのか……先輩方に感謝だね》


 少女は若い神官の目を見て、小さく首を横へ振った。


 神官はそれを見て、何もなかったかのように儀式の終わりを告げた。


「おめでとうメル!四つはすごいことよ!」

 リィンが興奮気味にそう言って抱きついた。

「どれくらい凄いことなの?」

「普通は才能あるなんて言われないものよ。一つあれば魔法使いとしてやっていけるし、二つあれば安泰。三つあれば業界で有名になるくらいね」

「それは嘘」

 ディッダが口にした。

「リィンは有名じゃない」

「うちは古い学派で中央とは関わりが薄いからね……でも普通は今言った感じなのよ?」

「じゃぁ四つは?」


 儀式をしてくれた神官が、手招きして少女を呼ぶ。

「ミルユルさん、ちょっといいですか?」そう言って二人から距離を取った。


 リィンの口は止まらず動き続けた。そして、ひとつの考えに至る。

「四つだと、それは歴史的な偉人が多いわね。彼らは……!?」

「リィン」

 リィンに、ディッダが首を振ってみせた。


「……いつから?」

「さっき、メルが泣いた時」

「なんで?」

「『JINJA』統一王達と同じ呼び方。彼らは異世界人」

「……」

「ここには彼らの望郷、郷愁、寂寥、憧憬、孤愁が詰まってる」

「うん」

「共感が涙になった」

「あんた時々鋭いよね」

「……観察が仕事」

「そうね」


 話し込む少女を見て、二人は先に外へ出て待つことにした。


「闇か……いいなぁ」

「学ぶの大変」

「学校、入れてあげたいね」

「うん」



 青嵐が吹き抜け、樹々を揺らした。そこに重なるように、どこからともなく蝉の声が響いた。


「心配いらないって」

「え?」

「杜の声かな?そう言ってる」

 それはとても穏やかで柔らかい口調だった。


「あははっ あんた、実は森詠族(エルフ)なんじゃないの?」


 ディッダは微笑みを返すだけだった。


 それはまるで、空に溶け込むかのように見えた。


 本格的な夏が近づいていた。



異世界へ行きたいけれど、戻ってこれないのは嫌だな……。


すきなシーンはありましたか?

お気に入りの人物はいましたか?


読者様の思いをお聞かせください。

ついでに、星とか感想頂けると、このお話しが1000年後に教科書に載る可能性が少し上がります。


よろしくお願いします。

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