第四章 今生 彼編 目利き
用語解説。
魔力回復:魔法を使うことによって減った魔素は自然に回復するが、それを人為的にはやめる行為。
魔素:万物に宿るもので、魔法使いの多くは、自身の中にある魔素を消費して魔法を行使する。
大槌族:いわゆるドワーフ。
精霊魔法と相性が悪い。
森詠族:いわゆるエルフ。
この二つの種族は基本的に仲が悪い。
本当に仲が悪いのか、そういう文化で挨拶みたいなものなのか・・・ひとそれぞれである。
二人の罵りの言葉
金床:鍛冶の際に使う台。平たい。
チビ・オーク:背の低いオーク
耳長ナナフシ:ナナフシという枝のような昆虫に例えたもの
デブ・ゴブリン:太ったゴブリン
石喰らい:食べるわけないが、穴を掘ってばかりいるドワーフを馬鹿にした言葉
火を使わない獣:使わないわけないが、森林での生活が多いため火をあまり不可わないということを馬鹿にした言葉
鍛冶屋のおやじに睨まれて、一瞬腰の引けた彼女達だったが、リィンとディッダはすぐに調子を取り戻して、ここへ来た理由を口にした。
「私達は、バンジョウさんに紹介されてこちらへ伺いました。これが紹介状の代わりになると聞いています」
そう言ってリィンとディッダが取り出したのは、金属製のプレートだった。
そこには装飾文字で彼女達自身の名前が刻まれてあった。
「ふむ、お前さんは?」
その金属板を受け取ってひとしきり確認した後、メルニアに問いかけた。
先日鍋ぶた旅団と知り合ったばかりの彼女が、それを持っているはずもない。
親父は、何かしら事情でもあるのかとメルニアの隣に立っているディッダを見やったが、ディッダは無言のまま。
代わりにリィンが口を開いた。
「その子は先日、私たちの妹になったばかりで、バンジョウさんとお会いした時にはいなかったんです」
「ほぉ、そうかい。だが、お前さんらの妹なら、こんな物なくともかまわんよ」
その声音は、まるで孫と話すお爺ちゃんのようだった。
ショージョーを心配する発言といい、根は良い人なのだろうと思われた。
「さて、ここにはあと三人の名前があるが、こやつらは?」
「旅の準備などで忙しくて、時間のある時にまた来る予定です」
「ふむ、ならばそ奴らは後回しとして、お前さんらの物を用意してやろうかの」
リィンと親父が話す中、ディッダとメルニアは店内を見て回っていた。
「メル、投げナイフは得意?」
「得意……ではないですね」肩をすくめて苦笑する少女。
少女――その身体に宿る、お兄さんは日本で古武道の修行者でもあった。
就職してからはなかなか時間を取ることはできなかったが、それでも長年繰り返した訓練は、そう簡単に忘れるものではない。
いうなれば『身体が覚えている』というものだが、別の体になってからは確信が持てなかった。
そもそも、前世でも得意とは言えないものだった。
《投げナイフ――手裏剣なら、あいつの方が上手かったな》
《あいつ?》
《あ、声に出ちゃってた?ごめんね。あいつってのは前世での親友でね。最後、事故があったみたいでね。無事を祈ってるんだが……》
《きっと、無事だよ。お兄さんがこんなに祈ってるんだもの。祈りは力になるよ。大丈夫》
それは根拠のない言葉だった。
だが、彼女にはなぜか、確信めいたものがあった。
そして、彼女はお兄さんを支えてあげたくて、言葉を口にしたのだった。
「投げナイフは、持てるだけ持つ」
「さすがに重くないですか?」
「そこはバランス」
「なるほど」
ディッダは投げナイフをお手玉にしたり刃筋をみたりと、品の確認に余念がない。
少女はいくつか手に取ってみたものの、なじめそうにない物ばかりだった。
お兄さんが使い慣れた形状といえば、棒状や、星型、或いは十字型などの手裏剣だった。
そんな二人を見て店員から、試着ならぬ試投を進められたが、二人ともこれを断った。
ディッダはすでに持っているし、少女――お兄さんもマジックバッグの中にギャル天女――天命が持たせてくれた各種手裏剣が入っているからだ。
そうこうしているうちに、リィンが二人を読んで、説明を始める。
「――話はついたから、何を作ってもらうか考えて」
「作ってもらう?」
「メルも作ってもらう」
つまり、あの紹介状とは、この武具店の店主『ノヨシ』にそれぞれの希望する武具を制作、あるいは秘蔵の品を譲ってもらえるように、という紹介状だったわけだ。
ノヨシによれば、魔法の道具でも可能だという。
ただし、時間もお金もかかるし、遺跡で発掘されるような高性能なものは無理だという。
「私は『魔力回復』を強化できるアイテムを作ってもらうつもり」
リィンはそう言いながら、チョーカーを表すしぐさをした。
多くの場合魔法を使うのに必要なのが魔素である。
それは万物に宿るものだが、多くの場合、自分の中にあるもので払うことになっている。これを回復させるのが、魔素回復と呼ばれる現象である。
これの効率を上げるアイテムが、今回リィンが手に入れる道具であった。
「精霊……」「精霊魔法系はうちじゃできんぞ」
ディッダがその希望を言いかけたところで、ノヨシがそれを遮った。
「なんで」
「大槌族の儂が、精霊魔法系を扱えるわけがないじゃろうが。森詠族みたいな顔して森詠族みたいなことを言うな」
《ドワーフとエルフってやっぱり仲悪いんだ?》
《大槌族の鍛冶はどうしても森の水を汚すからね。場所によっては戦争にまでなるらしいよ》
《生活が懸かってるなら、しょうがないのか……》
お兄さんは生前の記憶の中から、有名なファンタジー作品を思い出していた。
メルニアはなぜ、異世界に彼らの情報があるのか不思議に思ったが、お兄さんにはその疑問を共有しなかった。
「精度向上の弓」
「無理じゃな」
「威力向上の弓」
「弓そのものが専門外じゃ」
「先に言え」
「あ?なんじゃ?森詠族娘が金床にでもなりたいのか」
「チビ・オーク」
「だまれ耳長ナナフシ!」
「デブ・ゴブリン!」
徐々にヒートアップしていく二人に少女は次第に慌て始める
「ちょ、ちょっと!やめて!喧嘩しないで!リィンも止めてよ!」
「石喰らい!」
「火を使わぬ獣め!」
いよいよ本格的な罵りあいとなってきた。
売り言葉に買い言葉。
少女がいくら間に入っても止まらない二人に、ついにリィンが口を開いた。
「はぁ……ノヨシさん、ディッダは森詠族じゃないですよ」
「あん?……はぁ、そういうことにしておこうか」
ノヨシは、ディッダを上から下まで観察すると、何かを察した様子で矛を収めた。
「いーっだ!」
ディッダはそんなノヨシに歯をむいて見せたが、ノヨシにはもう相手にされなかった。
結局、ディッダは『衝撃魔法』を込めたベルト押し付けられることとなった。
ノヨシ曰く、一日3回、どんな物理攻撃でも、装甲無視の大強打の衝撃を打ち込むことができる。というものだ。
「これで枯れ枝同然の腕でも多少は痛がってくれるだろうぜ!がっはっはっは!」
「ではさっそく」
「やめて!やめて!事件になっちゃうから!ノヨシさんも煽らないで!」
ノヨシ相手に使おうとするディッダを、止めるのに苦労した少女は、手伝ってくれなかったリィンを恨めし気に見やるのだった。
そしてメルニアは考える暇もなかったために決めきれず、今日のところはお暇することにした。
「思いついたら来るがいい、儂が生きとる間であればいつでも作ってやろう!がっはっはっは!」
こうして本日の予定である一件目が終わったのだった。
「疲れた……疲れたよ」
ぐったりと肩を落とすメルニアだったが、それに対してディッダは声をかけた。
「実は貧弱」
彼女はメルニアの頭をポンポンと、その疲れを労った。
「そうねぇこの程度でつかれていては、冒険に出た時、すぐに動けなくなるわよ?」
すこし、ほんの少し頬を膨らませて反論するメルニアだ。
「体力の方じゃないですぅ。体力じゃなくて、気力の方ですぅ」
朝から、レイヴンの裸事件と、今回のディッダの森詠族勘違い事件が、立て続けに起こったのだ。
気疲れもするというものだった。
「やはり貧弱」
「そうねぇこの程度で疲れていては、報酬交渉の時、すぐにあいての言いなりになっちゃうわよ」
転生特典で一般的な人間族よりもはるかに優れた心技体をもつ少女でも、二人の姉にはかなわないのであった。
お疲れ様でした。
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