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群青と焔(あおとあか)  作者: 旭ゆうひ


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第四章 今生 彼編 ラッキースケベは幸運か?

朝ごはん解説。

リィンがメルにゃんに出したもの。

ライ麦パンに、バターとマスタードを塗ってスライスしたハムとサラダを挟みサンドイッチにしたもの。

コンソメ風スープに、その場で魔法を使ってパンを乾燥させたクルトンを入れたもの。

ピッチャーに魔法で出した氷と水。



 翌朝。

 窓から差し込む陽の光が、まどろみに浸る二人を現実へ呼び戻す。


 ベッドには昨夜そのまま眠りに落ちた二心同体の少女。


 《……》

 《……》


 お兄さんは数日前まで日本で暮らしており、始発電車で仕事に向かうような生活をしていた。

 そのため、目覚ましがなくとも夜明けとともに目が覚める習慣が身についていた。

 一方のメルニアも、こちらの世界の人々にとってごく自然な習慣として、日の出とともに起き、日没とともに眠りについていた。

 魔法で灯りを生み出せる者もいるにはいるが、一晩中灯し続けるわけにもいかず、多くの家庭では日没までが活動の限界とされていた。

 ――つまり二人とも、そろそろ目を覚ましていてもおかしくはなかったのだ。


 コンコンコン


 ドアをノックする音が、部屋に響く。

 しかし二人は――一人と一柱は昨夜の余韻に浸っており、それがあまりにも甘美で、そこから抜けだすなんてみじんも頭に浮かばなかった。


 ドンドンドン


 ドアのノックが強くなって部屋に響いた。


 《……おはようメル》

 《おはようお兄さん》

 《『お兄さん」なんだ?》

 《だって、慣れてるから……恥ずかしいし》

 《じゃぁ俺も、『メルニア』》

 《だめ!お兄さんはちゃんと読んでくれなきゃいや!》


 ドン!ドン!ドン!


 《おお……怒ってるな》

 《出てみようよ、何かあったのかもしれないし》

 《そうだね……でももう少し、ミナリカとこうしていたかったな》

 『ミルユル・メルニア・ミナリカ』これが彼女にフルネームであり『ミナリカ』は(いみな)であった。よほど親しいか目上の者だけが呼ぶことを許される名だ。

 二人の距離は昨夜の内に、かなり縮まったようだ。


 ミナリカと呼ばれた彼女からは言葉はなく、喜びとテレの感情が融合している魂から流れ出していく。

 一方でお兄さんは言ってみたものの恥ずかしさと、流れ込んだ感情が合わさって、恥ずかしさが倍増。悶絶するのだった。


「はいはいはい。お待ちあれぇメルニアは起きてございますよ~」

 寝起きと昨夜の余韻が混じって、妙にハイテンションな声を返す少女だった。


 ドアを開けたそこには、レイヴンが立っていた。

「お嬢さんよ、いったい いつ……ま……」そこまで言って固まってしまったレイヴン。


「レイヴン?どうしました?」

 レイヴンとの距離を詰めて顔色をうかがうと、レイヴンは慌てて「ば!ばかやろ!」と思いっきりドアを閉めた。

「服を着ろ!馬鹿野郎が!」


「……んおわ!」

 慌ててその場にしゃがみ込む少女は、余韻に浸りすぎていたことと、二人の会話の幸福感で、それ以外の事がすっかり頭から抜け落ちていたのだった。


「さっさと着替えて降りてこい!馬鹿野郎!」

 ドアの向こうから、怒鳴られた。


「ごめんなさい!すぐに行くよ!」

 《……やっちゃった》

 《お兄さん……私もうっかりしてたから……でも、お兄さん以外に見られたのは……》


 頭を抱える少女。


 《とりあえず服を着ようよ》

 《そうだね……そのまえに、身体拭こっか。汗と色々拭きたいし》

 《拭いてくれる?》

 《……ああ、もちろん!》


 こんな時にもイチャイチャがとまらない二人であった。



 昨夜同様に濡らしたタオルで体をふき浄めた少女は、マジックバッグから新しい服を取り出した。

 それは武士とストリートスタイルが融合した、自由で大胆な衣装だった。

 白のクロップシャツに黒のネクタイを締め、その上から白の羽織を羽織っている。

 それには日本の家紋が大胆に散りばめられていた。

 下は黒の袴で、腰には黒の皮ベルト。そこに刀を二本差していた。

 足下は鉄板入りのブーツだった。

 赤い髪はポニーテールで括り、その姿はまるで現代風侍であった。



 部屋を片付け、階下の食堂へと向かうと、そこには既に鍋ぶた旅団がテーブルを囲って待っていた。

 レイヴンを覗く四人は、陽気に少女に返事を返したが、レイヴンは何やら思い詰めた様子だった。

 そう言えば先ほど部屋へ少女を迎えに来た時も、様子がおかしかった。

 最初は少女の裸体を見たことによる反応かと思っていたが、同じ男として、思う反応では無いとお兄さんは感じたのだ。

 そして今も様子がおかしかった。


「レイヴン、大丈夫?」

 席につき、そう声をかけた少女にレイヴンは顔を上げた。

 しかし、少女の服装を見た彼は、血の気が引き、深刻さが増していくようだった。


「ねぇ、ディ。レイヴンはどうしたの?」

 隣に座っている、少女の姉を自称する、灰色髪のエルフのような美貌を持つ野伏(レンジャー)に声をかけた。

「迎えに行ってから、あの様子」

「なるほど……なるほど?」


 反対隣にいるリィンが少女の食事を皿に乗せながら説明してくれた。

「さっき慌てて戻ってきたと思ったら、その後ずっとこんな感じなのよ」


「?……なんでぇ?」

 小首を傾げながらそう疑問が溢れる。


 《裸を見た責任の取り方をどうすれば良いのか考えてるんじゃないかな。場合によっては『死』をもって償いとする場合もあるからね》

 《冗談じゃなくて?》

 《冗談でああはならない》


 メルニアにそう教えられたお兄さんは、それでもにわかには信じられなかった。


 《そんなんで死んでたら、ラッキースケベなんてできないじゃないか》

 《後でお話ししましょうね?ラッキースケベとやらについて》


 顔面蒼白のレイヴン。


「かわいそうなレイヴン……」

 そう言いながらも悪戯心が、抑えきれない少女は、ドスの効いた声で「この落とし前、どう付けるんです?」と。



 真剣な顔のレイヴンは、テーブルを回り込んで、少女の足元へ跪いた。


 それを慌てて「ごめんなさい!ごめんなさい!冗談ですから!」と立たせようとする少女だが、思い詰めた彼は止まらない。


「本当に申し訳ない。金銭か高価な品物でもあれば、賠償に差し出すんだが……。国によっては一族の命で償うこともあると聞いた!」


 『命で償う』という言葉に周りがざわつく。


「だがすまねぇ!どうか俺の命だけで勘弁してくれねぇか!」


 レイヴンらしく、こんな時でも仲間を気にかけていた。


「こいつらは家族同然とは言え、血はつながってねぇ。どうか頼む!この通りだ!」

 一気に捲し立てて、額を床に打ちつけんばかりに下げた。


 大の男が少女に対してここまでするということは、よほどの罪を犯したに違いない――これだから『盗賊は』――誰もがそう思った。


 一族の名誉を著しく傷つけたか、あるいは家宝を盗んだか。

 はたまた覗きがバレたのか。


 盗賊(スカウト)への偏見は根強い。

 冒険者の中にさえ、この偏見を持つ者はいる。

 ましてや、一般人では――。


 鍋ぶた旅団の面々は訳が分からずただ、おろおろするばかりだ。


「ちょ!レイヴン、どうしたの!?」

 リィンが驚いてそう聞いても、彼は止まらない。


「お嬢さん!どうか頼む!」


「レイ、メルが困ってる」

 ディッダもそう言って彼に立つように促したが、彼は必死だった。


「大丈夫ですから!冗談ですから!」


 口々に彼を落ち着かせ、止めるように言っても、彼は引こうとしない。


 《『許す』って言ってあげれば?そもそも、お兄さんのせいだしね。私はお兄さんにこそ謝って欲しいよ》


「許します!許しますから!もうやめて下さい!」


 必死すぎる声が裏返って、これではどっちが謝る立場なのかわからない。

 場の緊張がふっとほどけた。

 ディッダが苦笑し、リィンも胸をなでおろす。


「……本当か?本当に許してくれるのか?」


 妙なやり取りに、皆の肩の力が抜けていく。


「ええ、いいですよ。高々裸を見られたくらいで……」


「え!?裸見られたの!?」

「メル、赦してはダメ」

「そうよ!簡単に許してはダメよ!」


「えぇ……」



 騒がしくも、これもまた彼ららしい穏やかな日常だった。

 笑い声がこぼれ、誰かの慌てる姿に仲間が微笑み返す。

 一瞬の混乱も、朝の光とともにすっと溶けていく。

 こんな日常が、いつまでも続けばいい――そんな穏やかな気持ちが、自然と場を包んでいた。





今回は軽い内容にしてみたのです。


※当社比


面白いと思ったら、拡散してくれてもいいのですよ?

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