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群青と焔(あおとあか)  作者: 旭ゆうひ


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第四章 今生 彼編 こころかさなる

登場人物紹介:

ホス。ギルドの眼鏡の女性職員。

未出情報:二六歳。多分彼氏持ち。


訓練官。 武術訓練担当。怠け者。

未出情報:三六歳。ホスの前の前彼氏。現在彼女無し。


座学担当。自分お仕事に誇りを持っている。

未出情報:二五歳。近所のパン屋の息子。現役時代は冒険者ランクDだった。妻子持ち。

 暗闇に小さな声が震えていた。


 甘く囁くような吐息は、時に苦しげに、時に蕩けるように揺れながら、濡れた唇から零れていた。

 押し殺した声は消え入りそうに細く、それでも熱を帯びて途切れることを知らない。


 艶めく呻きと水音と、衣擦れの音がひそやかに重なり、静寂を小さく震わせた。


 やがて月が昇り、月光が闇を照らす。

 その光の中に浮かび上がったのは、上気した肌を震わせる赤毛の少女だった。


 彼女は満たされていた。

 長く苛まされていた過去に、ほんの一時とはいえ別れを告げることができたのだ。


 無かったことになったわけではない。

 その身に刻まれた傷と穢れは、より大きなものに包まれて、区切りがついたのだ。


 これから先、どれほどの時間が必要かはわからない。

 しかし、復讐を共に果たした彼は、昼だけでなく夜もまた彼女を支える存在となったのだ。


 彼女は今、人生で最高に満たされていた。


 ふと彼の存在を感じて、愛おしく思う。

 彼を口説き落とすために、今日は一日頑張ってきた。

 そう、昼間の筆記試験を受けるところから、それは始まっていた。


 ベッドから降りて水差しの水を口に運ぶ。

 熱った体に、気持ちいい。


 そうこれは、今日の筆記試験を頑張って得た、成果でもあった。


 《どうしたの?》

 《うん、昼間のことを思い出してたの》



 ※※※※



 テスト用紙がペンと一緒に差し出された。

 文字がびっしり書かれた紙。

 日本の紙を知るお兄さんからすれば、質の低いものではあったが羊皮紙じゃないんだなぁという感想を持っただけだった。


「では、制限時間は六十分、百問です」

 《ええ!?六十分で百問!?》

 《急いでやろうね!》


 この時すでにリィンとディッダは退席させられていた。

「大丈夫……きっとなんとかなるよ」

 リィンが退席時になんとか言葉をかけようとして、上手い言葉が浮かばなかったようだった。


 ディッダは力強く頷いて拳の親指を立てるサムズアップをして見せただけだったが、少女の同じ仕草で返事を返したのだった。


 そして試験開始である。



 第一問:サクリカのある国は何という国か答えよ。

 《アイジアだっけ?》

 《正解だよ》

 回答欄に書き込んでいく。


 第二問:王族の名前は?

 《わかんないぞ》

 《コローインフィーリンネだよ》

 《コローイン……なんて?》

 《コローインフィーリンネ……かわって、私が答えていくよ》



 第十三問:冒険者が依頼を受ける際に必ず確認すべきことを二つ答えよ。

 《依頼内容と報酬額だと思うけど……》

 《たぶんそうじゃない?知らんけど》


 自信なさげに回答を記入するメルニアに、地元のノリで答えるお兄さん。

 二人の仲は長年の付き合いでもあるかのようだった。


 第十四問:魔物討伐において「死体処理」が依頼に含まれない場合、依頼者に提出すべき部位は何か。

 《角、牙、(コア)などの討伐証明部位》

 《それって、こっちのものにならないの?》

 《してもいいけど、必要数を提出しないとギルドへの貢献ポイントにならないよ》



 第二十二問:最も進行されている宗教を答えよ。

 《シント》

 《神道?》

 《うーん……共有してる記憶からすれば、たぶんそれがもとになってるっぽいね》


 第二十七問:聖堂への参拝方法で正しいものを撰べ。

 ①手水舎で手と口を清める

 ②参道の端を歩く

 ③服を脱いで参拝する

 ④二礼二拍手一礼

 《1・2・4……まんまじゃねぇか!》

 《本質は変わってないようだね》


 ここでもやはり、先輩転生者に感謝するお兄さんであった。



 第三十二問:世界一とされる魔法学校はどこの国にあるか。

 《魔法学校……オラ、わくわくすっぞ》

 《入学する?》


 入学は十歳からで、全寮制。四つの寮に分かれていて……。


 第三十五問:大陸東方にある国を三つ書け。

 《大アマテウス帝国、黒虎帝国、南雲王国》

 《天照(アマテラス)?》


 第三十九問:草原の民で最も好戦的と言われる「ミルユル氏族」の主な戦法を述べよ。

 《騎獣隊による機動戦術》

 《三段撃ちで崩せそうな印象を受けるな》

 《なにそれ詳しく》

 《後でね》


 誇らしげに答えるメルニアと、長篠の戦を思い受けベルお兄さんだった。



 第四十六問:神魔大戦とは何か答えよ。

 《神々と悪魔による地上世界を戦場とした戦い。南方大陸は砕け、南方諸島群となり、天蓋山脈を境に東西に引っ張られ大地が裂けた。これが大地溝帯》

 《単なる伝説じゃないんだ?》

 《お兄さん的に言えば、神も魔法もある世界で伝説だけが嘘なんてあると思う?》

 《そりゃそうか》


 第四十九問:統一王が大陸統一を宣言した地はどこか。

 《クラヤルルク》

 《覚えにくい》

 《あはは》



 第五十五問: 魔法職が細かく分類されている理由を答えよ。

 《 多くの場合、魔法とはこの世ではないところからの力の取引であり、取引相手との相性が重要になる。その中で回復系との取引が得意なものや、一属性に特化した者がいるため、分けて呼ばれている。だが、もともとは全て『魔法使い』である》

 《白とか黒じゃないんだ?》

 《腕力に白も黒もないでしょう?それと同じよ魔法に白も黒もない、ただ使うやつに対するレッテルみたいなもんよ》


 饒舌なメルニアを感じて、ほほえましく思うお兄さん。


 第五十九問: 以下の魔法から禁忌とされるものはどれか。

 ①豪雷召喚 ②死者招来 ③心魂縛導 ④連続光弾

 《2番でしょ?》

 《はずれ。3番》

 《なんで!?》

 《お兄さんってトキドキ世界のこと忘れるよね?降霊術とか口寄せだってあったでしょう?それよりも心や魂を縛ったりする方が罪深いよ》




 後半も同じようなやり取りをしながら、順調に答えていくメルニア。

 開始前は多少なりとも緊張していた彼女は、お兄さんとの会話によって緊張がほぐれリラックスして挑むことができていた。

 お兄さんの傍にいること。

 ただそれで幸せを感じるメルニアだった。



 ※※※※



「そんな……嘘よ!」

 ギルドの座学担当職員に答案用紙を採点してもらったホスのセリフである。


「非常に惜しいですね」

「間違いないんですか?」

「ええ、間違いないですよ」

 座学担当は少しむっとした顔で答えた。

 自身の仕事を疑われたのだ。機嫌を悪くするほどではないが。


「でも、新人ですよ?まさか、ものすごく簡単な内容なんですか?」

「……規定通りの飛び級用テストですよ」

 機嫌を悪くした座学担当であった。


「……八九点……合格ですか」

 それが少女の試験結果だった。

 その解答用紙を悔しさのあまり顔を真っ赤にして握りしめてしまい、あわてて蒼い顔でしわを伸ばすホス。その姿に、機嫌がよくなる座学担当であった。


 少女の待つ個室席に戻ってきたホス。そこには少女の仲間と思われる者たちが増えていた。

 厳つい巨体の男、鋭い眼光で細身の男、背は低く小太りで一般人に見える男。だがこう言うのが一番やばいとホスは知っている。


 六人(&一柱)が見つめる中、渋々結果を発表することになったホスは、事ここに至ってもなにか不合格にする手段はないかと考えていたが、そんな手段があるはずもなく。

 ため息ひとつついたのち「合格です。百問中、八九点です」


 どうせ無様に不合格だろうと思っていた、いけ好かないガキが合格だなんて、ホス怒りを抑えるのに精いっぱいだった。


 少女はほっと一息を着き、ディッダはサムズアップをして見せ、リィンはおめでとうと言いながらその試験問題を手に取っていた。

 男組は事の次第を聞いてはいたものの、その試験の内容が分らないので、メルニアの合格には喜ぶものの、やはり試験の内容が気になっていた。

 そこで、メルニア以外の五人もやってみようということになり、軽い気持ちで始めた。


 結果はリィン九九点、ディッダ九十と女性二人は間違いなく合格。照れて赤い顔をする二人。

 男組の点数は伏せるが、まともに受けていたら不合格だったかもしれない。

 苦笑いしか出てこない男三人であった。


 《こういうのは過去最高点数とかとって『スゲェ』ってなるもんじゃないのか》

 《お兄さんはこの世界について知らないし、私だって冒険者については細かくは知らないからね。こんなもんじゃないかな》

 《いや、メルにゃんはすごいよ、ありがとうね!》

 《ふふふ、お願いの件、忘れないでね》


 お兄さんはそんなメルにゃんを『まだまだ子供だなぁ』と微笑ましく思っていたのだ。この時はまだ。


 このあと、悔しさにひきつった笑顔で鍋ぶた旅団を見送ったホス。

 そんなホスに礼を言ってギルドを後にし、本日の宿屋へ。

 男組と女組に分かれての部屋を取ろうという話になったが、メルニアの強い希望で今夜はひとり部屋を取ることにしたお兄さんであった。



 食事をとりながら、明日の予定をたて、ディッダとキーンとレイヴンが武器や防具を扱う店へ連れて行ってくれるという約束をした。


 宴もたけなわという所で、少女は先に眠ることにした。

 メルニアの要望で部屋へ戻る口実だった。


 窓の外には月がまだ出ておらず闇夜だった。

 部屋には灯り用のランプがひとつあるだけで、薄暗く幻想的ですらあった。


 《お兄さん、天命(ツミカ)様からもらった鏡があるよね、大きいやつ、アレだして》

 《はいよ。しかし今日はお疲れ様》

 《お兄さんこそ、お疲れ様……っていうか、お兄さんには今からお願いを聞いてもらわないといけないからね?》

 壁際に置いた鏡を前に、髪を梳いたり身だしなみを整える少女。

 メルニアの心臓はいつもより大きく鼓動を打ち、お兄さんへ伝わっていく。


 《お兄さん、身体を拭きたい。何かないかな?あと、身体変わって》


 身体を拭くなどの、どうしてもお兄さんがやりにくい作業はメルニアが担当することが暗黙の了解になっていた。


 《あいよ。あ、あータオルあったよ。でも水とかお湯……》

 《『水よ来たれ』 ん?何お兄さん》


 未だに魔法の存在になれないお兄さんであった。



 鏡の前に立ち濡らしたタオルで体を浄めていく。


 衣擦れの音と共に、床に落ちる服。下着。


 鏡に映るのは赤毛が鮮やかな生まれたままの姿のメルニア。


 《メルにゃん、できれば隠してほしいんだけど》

 《どうして?お兄さんの体でもあるんだよ?》

 《いや……そうだけど》


 お兄さん――転生者からすればメルニアは子供だ。

 いくら発育が進み、身体だけで見れば『女』であったとしても。


 《お兄さん、お願い聞いてくれるよね?》


 いやな予感がしていた。

 これ以上言わしてはいけない気がした。

 心臓がまるで恋でもしているかのように跳ね回る。

 それはそうだ、現にメルニアはお兄さんに恋をし、今まさに一世一代の告白をしようというのだから。


 《メルにゃん、とりあえず服を着よう。風邪をひいちゃうよ》

 《お兄さん……》

 《明日は武器屋とか見に行けるし、ワクワクするね!》

 《お兄さんが、忌避感を持っているのはわかるよ。記憶を共有しているからね》

 《うん、とにかく服を……》


 少女は震える声で彼の名を呼んだ。

 それは強く、心から彼の名を口にした。

 彼はそこに込められた感情を知っている。

 なぜなら、彼と彼女は魂を共有しているからだ。

 彼女がいかに彼を愛しているのか、彼がいかに彼女を大事に思っているのか。

 お互いに、痛いほどわかっているのだ。


 脚が震えるのは、緊張と高揚と恐怖と期待が混ざり合って、ぐちゃぐちゃになっているからだ。


 《ここは、お兄さんのいた日本じゃない。結婚適齢期は十五歳前後なんだよ》

 《……俺はおじさんだから》

 《だから何?私はお兄さんがいいの》

 《でも……》

 《……目を閉じると、あいつらの顔が浮かぶの……もういないことはわかってる。お兄さんが復讐を果たしてくれたから。でも、どうしても……あいつらの触れたところが……》


 メルニアは身をすくめて自分の肩を抱きしめた。


 《お兄さん、私はお兄さんが大好き。大好きな人に触ってほしい。抱きしめてほしい。温もりを感じたいの。

 過去を忘れるためじゃないよ。私はね、お兄さんが好きだから……だからお兄さんに抱いてほしい。温もりが欲しい。未来を信じる絆が欲しいの》




 暗闇に震えていた小さな声――それは彼女の声であり、同時に彼の声でもあった。

 二つの魂がひとつの身体に宿り、感情が波のように重なっていた。

 苦しげに揺れる吐息は、彼の迷いであり、彼女の切望だった。

 蕩けるように震える声は、彼女の愛であり、彼の応えだった。


 艶めく呻きと水音と、衣擦れの音――そのひとつひとつが、互いの心を確かめ合うための証に変わっていた。



 やがて月が昇り、月光が闇を照らす。

 その光の中に浮かび上がったのは、上気した肌を震わせる赤毛の少女だった。

 その月を見ながら、今日の出来事を振り返るのだった。


 ふと彼の存在を感じて、愛おしく思う。

 彼を口説き落とすために、今日は一日頑張ったのだから。


 彼女は今、人生で最高に満たされていた。

 そして、明日もまた――彼と共にある未来を信じて。



リィンが間違えた一問は「サクリカの冒険者ギルドのギルドマスターの名前を答えよ」でした。


リィン「わかるわけがないですよね」

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