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群青と焔(あおとあか)  作者: 旭ゆうひ


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第四章 今生 彼編 黒瑪瑙の火花

冒険者ギルドでのアレ。

良くあるあれ。


私なりに書いてみましたが、いかがでしょうか。


ではお楽しみください。

 拍手が鳴り響く中、訓練官は動けなかった。

 いまだに終了の合図が出ず、切っ先は彼の喉元に突き付けられたままなのだ。


 少女をなめてかかっていた訓練官は、自分よりも背が低く、若く、箱入り娘のように思っていたのに、なぜか今はとても大きく感じる。

 そのうえ歴戦の戦士のような凄みがあった。


(なんだ……おれは、何を相手にしているんだ……?)


 喉元に突き付けられた剣の向こう。ぶれることなく彼を射抜く眼差しが、さらなる恐怖を刻み込む。


 冷や汗が全身を伝う。

 観衆の歓声は遠い幻のように、現実味を失っていた。

 訓練官は、その眼差しから逃れたい。けれど身動きひとつできず、少女の黒瑪瑙の眼に囚われ続けるのだった。


 少女の切っ先は微動だにせず、ほんのわずかに押し込まれれば『死』が待っている。

 その現実が、彼の脳を麻痺させていた。


 勝敗はすでに決している。


「それまで!」

 審判役のホスの声が聞こえた。

 助かった――そう思った。

 目の前の、少女の姿をしたこの怪物――己の命を握られているこの状況から、ようやく解放されると、そう思ったのだ。

 そして勝ったと思って背を向けた瞬間に、後ろから斬りかかってやろうという考えが頭をよぎる。


 きっと「卑怯だ」という声が上がるだろうが「モンスターの中には死んだふりをするものも居る。これは騎士道の試験じゃない。冒険者の試験なんだ」といえば黙るだろう。

 ベテラン冒険者ほど、同意があるはずだ。

 第一、新人相手に何もできずに負けるだなんてありえないのだ。


 ……しかし、試合終了の合図が出ても、切っ先は依然として退かず、今でも彼の命を脅かしている。


(あの眼……いったい、何を見ているんだ?……まさか心を読んでいるのか?)


 そのとき訓練官はあることに思い至る。


 少女は審判の言葉など聞いていない。

 彼女が求めているのは、第三者が下した判定ではなく――自分の口から敗北を認める言葉。

 けっして油断せず、折れた心からの言葉を、静かに待っているのではないか。


 脚が震えだす。

 息が……できない。


 その眼差しに射抜かれ、喉が張りついて声が出ない。

 言葉ひとつ吐き出すだけなのに、なぜこれほど苦しいのか。

 喉が焼けつくように乾き、唇が震える。


「……まいった」


 ようやく絞り出したその一言で、切っ先は静かに退いた。

 観衆のざわめきが一斉に押し寄せ、ようやく現実に戻ったかと思えた。


 だが次の瞬間、胸を焼くのは別の痛みだった。

 ――この大勢の前で、新人に敗れた屈辱。

 それが顔を赤く染め、全身を震わせる。


 けれど思い出す。

 黒瑪瑙の眼差しと、切先に宿る熱、そしてあの超スピードを。

 わずかでも判断を誤れば、彼はここで命を落としていた――その恐怖を。


 屈辱よりも早く、恐怖が彼の魂を絡め取り、離さなかった。


 彼は静かに膝から崩れ落ちた。



 ※※※※



 審判を務めたホスは、目の前で起こっていることが理解できていなかった。

 試合内容もそうだが、 『それまで』と試合を止めたにもかかわらず、両者はやめようとしない。


 いや、あのいけ好かない赤毛のガキが剣を退かないのだ。

 あの怠け者の訓練官も、こんな時にしか役に立たないというのに、みじめにも新人相手に手も足も出ないなんて!


 二人して、ホスを無視する。

 そんな態度に怒りがふつふつとわいてきた。

 しかし、職務上は審判役であるため、感情を優先させるわけにはいかなかった。


(そうだ!試験で真剣を抜いたとして失格に……だめだ、そもそも説明していない……審判の制止を聞かなかったとして!……だめだわ、集中していたら聞こえないことだってあるでしょうし、そもそも、モンスター相手に死んだかどうかを見届けるのは重要なこと……)


 性格は悪いが、無能ではないホスは、今はその怒りを治めることにして、試験を終了させた。



 ※※※※



 ギルドロビーの中二階、個室席へと戻ってきたのは、少女、ディッダ、リィンとホス。


「実力は確認しました。しかし、冒険者は知識がないと生き残れません。ですので、筆記試験を受けていただきます」

 この言葉に焦ったのは、三人。

 それは少女の中の転生者、ディッダ、リィン。


 転生者は、この世界の事をまだよく知らない。

 どんな試験なのか、想像もつかなかった。

 ディッダとリィンは自身が筆記試験などやった事がなかったからだ。


「筆記試験ですって?なんでそんなものを!」

「冒険者は知勇を備えていなければなりません。おふたりは依頼の中でそれを示されてきたのでしょう?ですが、メルニアさんはそうではありません。ですから筆記試験が必要なのです」


 ギルドの看板にも書かれている『知勇をもって未知を拓け』は全冒険者が知る格言だった。

 だからこそ、二人は反論できなかった。


 その反面、ホスは内心で喜んでいた。


(今度こそ鼻を明かしてやれる!不合格になればいいんだわ!)


 先ほどまでは、彼女たちの態度や訓練場での出来事に苛立ちを覚えていたホスだった。

 しかしいま、筆記試験と聞いて歪む彼女たちの顔を見ると、胸のつかえがとれる思いだった。


 一人が喜び、三人が焦っているこの場で一人だけ冷静なものがいた。

 少女の中のメルニア本人である。

 彼女は『草原の民』の大氏族の娘にして、部隊を率いる部隊長だった。

 そこで受けてきた教育は、多岐にわたりいわば現代日本でいうところの高等教育に相当するものだった。

 もちろん学問の内容や講義の様子は異なるものだったが。


 《ふふふ、私の出番のようだね?》

 《おお!?メルにゃん、自信ありげだね?》

 《ふっふっふ……そうだお兄さん、この試験の結果がうまくいけば、お願いがあるんだけど?》

 《お願い?……どんなことかな?》

 《何も難しくはないよ、お兄さんにしかできなくて、お兄さんには簡単なことだよ》

 《いやな予感がするよ?……いやだなぁ》

 《ああ……試験に使えそうな知識が飛んで行くのが見えるよお兄さん》

 《メルにゃん……悪い事じゃないんだね?》

 《もちろん!》

 《……わかった。約束するよ》

 《ありがとう!さすがだよお兄さん!》 

 メルニアの声は、心なしか上ずっていて、聞いているお兄さんも思わず微笑んだ。



 ホスはこれから訪れるであろう、彼女たちの失態を想像して鼻で笑う。

「さぁ、準備しますからね。もちろん試験がダメでも、冒険者登録はできますよ。いちからですけど。では」


 この試験の結果で、後に全員が顔を赤らめることになるなんて、誰も想像していなかった。



お読みいただきありがとうございます。


今回は特に解説すべきところはないのかなと思っております。


すきなシーンや、好きなセリフや、好きなキャラいましたら教えてくださいね。

高評価や感想もお待ちしております。

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