第四章 今生 彼編 私の勝でいいですか?
用語解説
笄:読み・こうがい。日本刀の刀装具。髪を整えたり掻いたりするための道具。
因みに時代劇で投げているのは、同じく刀装具の小柄です。
訓練場に来た三人と、眼鏡のギルド女職員ホスが訓練官を待っていた。
訓練場の周りには、暇を持て余している冒険者が集まっている。
「あの子たち、ショージ―のチームをボコってた新人じゃねぁか?」
「あらぁほんとだ!」
グラウンドではリィンとディッダの二人が少女へ声をかけて、退場していく。
「じゃ、メルにゃんがんばってね」
「メルは強い」
《ディってさっきからあればっかりだね》
《それだけ信頼してくれているっってことかな……にしても、こんな形で試験を受けることになるとはなぁ》
転生者は日本での癖が抜けていなかった。
それは、周りが動くときその流れに身を任せてしまうことだった。
それが事態は悪い事ではないが、状況を受け入れたくせに文句を言うところが悪い癖だと言えるだろう。
《じゃぁ今から辞退する?でもそうすると、二人の顔に泥を塗ることになるけど》
《そんな事できるわけないじゃないか……それに、すこしワクワクもしてるんだ》
少女の出で立ちは変わらず、白いワンピースタイプの制服で足元は厳ついブーツ。
黒い革帯で日本刀を腰に二本差している。
相手はギルドの訓練官だ。
お兄さんとメルニアは話し合いの結果、きっとかなりの腕だろうという結論が出た。
となれば、少女の長い髪は邪魔になる。
笄を取り出し髪を束ね、簪代わりにまとめ上げると、赤い後れ毛と共に白いうなじが露わになって、一部男性達の癖に刺さったのだった。
呼吸を整えて待つことしばし。
グラウンドに一人の中年男がのっそりと入ってきた。
無精ひげにボサボサの黒髪。
革と鎖の鎧をみにつけて、その手には二本の木剣が握られていた。
審判は、ホスが務めることになっていた。
「相手を殺したり、後遺症の残るような怪我をさせてはいけません。失格なのはもちろんですが賠償請求がされることもありますからね」
「わかりました」
「いつもの説明でしょ?いいよどうせすぐ終わるんだから」
欠伸をしながらそう言う訓練官は、いかにもやる気のなさそうな生返事を返すばかりだった。
「後遺症というのは、どのレベルの話ですか?」
「え?そうですね……日常生活に支障が出るようなものはまずいですね」
「じゃぁ片目位なら潰しても大丈夫ですか?」
「!?ダメに決まってるじゃないですか!」
「では、片腕使えなくするのは?」
「だめです!何考えてるんですか!」
ギルドに入ってからの冒険者たちの事を思い浮かべながら、少女はこう答えた。
「だって、隻眼とか義足の人、ちらほら見かけたので。どこまで許されるのかわからなくって」
たしかに冒険者にはそういったものも居た。
しかしそれは危険な冒険において受けた傷であったが、メルニアにその区別がつくものではなかった。
だからこそ、自分を守るためにも確認したのだ。
しかし、相手の訓練官はそうは受け取らなかった。
※※※※
出番を告げられた時、「挑戦しにこい」という新人が来たと聞いたのだ。
長年やってれば、こんなバカは数年に一度はでてくるものだ。
こんなバカは適当にあしらうに限る。
そうやって、グラウンドに出てみれば案の定だった。
訓練官は、少女が木剣を持っていないのを見て、どうやら係がわざと持たせなかったと察した。
「では準備は良いですか!」ホスの緊張した顔が可笑しくて笑えてくるぜ。
新人は間抜けな顔してやがる……どうせ、私の木剣は?とかいうんだろう。
俺が二本持ってるのを持て、自分の分だと勘違いするだろう。
そうしたら笑ってやろう「モンスター相手にわたしの剣は?っていうつもりか?」って。
対戦相手はまだ若い、仕立ての良い服を着ている、どこかのお嬢様かもしれないが、知った事じゃない。
ここで甘い顔をして、実践で死なれたらそれこそ面倒だ。
俺が厳しくするのは、こんな奴らを死から遠ざけるため。
そう、決していじめて楽しいわけじゃない。
だが、折角だ仕事は楽しくしなくちゃな。
決して生意気なガキを、思い知らせてやろうとかじゃぁ無い。
これは仕事なんだ。
※※※※
《おや?あちらは木剣を持ってるね》
《お兄さんの分……じゃなようだね》
《なるほど、あの人はきっと二刀流なんだよ》
《お兄さんの世界のムサシみたいな?そこまで鍛えてるようには見えないけどなぁ》
《うーん……なんにせよ全力を尽くすまでだよ》
《うん。応援してる》
※※※※
「始め!」
ホスの気合の籠った合図が発せられた。
訓練官はメルニアをなめていた。
どこぞのお嬢様で、剣もまともに振れないだろうと。
戦場において、周りが準備をしてやらないと、碌に立ち回れないのだろうと。
しかし、メルニアは戦士だ。
転生者がこの躰に転生してくる前から戦場に立ち、幾度も死線を乗り越えてきたのだ。
いったい幾らの敵を屠ったか、いまではもう覚えていない。
転生者が来てからは――お兄さんが覚えていた――三〇人という敵を屠ってきた。
そこに、油断などありはしなかったし、ましてや甘えなどあるはずもなかった。
始めの合図とともに――先手必勝。
少女は10メートル程もあろうかという距離を一瞬で詰めて、抜き放った切先を喉元へ突きつけた。
全てが……そよ風に舞う綿毛のように緩やかに進む世界で、それでも全力で踏み込み、全霊を込めた抜刀。
訓練官の瞳の動き、筋肉のほんのわずかな揺らぎでさえも、手に取るようにわかる。
それらは生前修めてきた古武道と、天女から授けられた人の限界を超えた肉体とが合わさって、到達した世界だった。
訓練官は何が起こったかわからなかったし、野次馬達にしてもあまりにも一瞬……いや刹那の出来事に多くのものが、見ながらにして見逃していた。
「これでどうですか?私の勝ちでいいですか?」
ホスが合図を出さないので、呆けてる訓練官から眼を離さず確認する。
《案外、楽勝だったね》
《私はこうなると思ってたよ》
※※※※
「え?あ?……え?」
ホスは混乱していた。
――試験が始まる前、ホスは胸にひそかな思いがあった。
ギルドへ新規登録に来た新人を、先輩冒険者がからかいながら実力をみる。
これ自体はよくあることだ。
むしろその程度で怖気付くならギルドには要らない。
さっさと帰ってくれたらそれでいい。
その点、今日の新人は活きが良かった。
若干一名使い物になりそうになかったが、二名増えるならそれでいい。
きっといい成績を残すだろう、そうすればホスの実績にもつながって願ったりだ。
だと言うのに、その二人は新人ではなかった。
要らないと思っていた者が登録を希望する。
これでは手間ばかりかかって、実績も見込めない。
しかも、生意気にも飛び級での登録を希望し、ギルドへの挑発とも取れる発言を繰り返す。
何もかもが気に入らない。
きっと訓練官が叩きのめしてくれるに違いない。
彼は実力と性格に悪さにかけては、支部随一だ。
嫌われ者でも、こんな時には役に立つ。
そして木剣を取っていない新人を見て、ホスはほくそ笑んだ。
あの訓練官ならきっと――あの嫌味たらしい口調で、
『敵を前にして武器がないから戦えないとか言うつもりか?』――と、言うに違いない。
ホスには新人が恥をかこうが知ったことではない。
むしろ、せいせいするというものだ。
綺麗な髪と顔――ボコボコにされればいいと思っていた。
若さと美貌に対する嫉妬まじりの思いがそこにあった。
それが始めの合図と同時に、切先を訓練官の喉元に突きつけているではないか。
訓練官を見ても、どうやら理解しきれていない。
野次馬を見ても同じく。
一体何が起こったのか……?
※※※※
「私の勝ちでいいですよね?」
その言葉が、見る者に理解されるまで数拍の時間を要した。
「いま、何が起こったの?」
「魔法か?」
「いいや……魔法は感じなかったぞ」
野次馬たちから、疑問の声が上がる。
もしや何かの不正かと思われたが――拍手が響いた。
ディッダとリィンだった。
拍手は次第に大きくなり、野次馬達は分けがわからないまま、ただ、結果について受け入れざるを得なかった。
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