第四章 今生 彼編 三姫三様
ジョブ紹介
幻舞士:極限まで削ぎ落とした装備で舞うように戦う軽装剣士。
その姿は下着のような衣装に薄衣をまとい、しかし全身を覆うのは惜しげもなく散りばめられた装飾品。髪、耳、首、腕輪、指輪、腰、足首にまで煌めく飾りを纏い、光と影の揺らめきで敵の視線を惑わす。
軽やかなステップで間合いを外し、次の瞬間には死角から切り込む。その剣舞は視界の外から閃光のごとく襲い来る。
熟達した幻舞士は、自らの影すらも武器と化し、敵の背後から刃を放つことができると伝えられる。
舞と剣、幻と実体。その狭間で戦う彼らを、人は畏怖を込めて「幻舞士」と呼ぶ。
怪しげな吟遊詩人から距離を取りった3人は、受付カウンターへと並んだ。
メルニアはここでも周りを見渡しては、目を輝かせていた。
メルニアの中には現代日本から転生したおじさんの魂が宿っている。
そう、いまそのおじさんはテンション爆上がりであった。
《うおおおお!ゲームみたいだぁ!》
思わずメルニアにも聞こえる心の声で叫んでしまっていた。
《え!?何!?どうしたの!?》
この体のもうひとつの魂であり、この体の元の持ち主である、メルニアが突然の大声に驚いて聞き返した。
《冒険者ギルドだよ!メルにゃん!俺の世界には無かったんだよ!》
《知ってるよ。私達の記憶は共有されてるからね。……だからって大声出さなくたって》
呆れたように言うメルニアだったが、この奇妙な同居人に恋をする彼女は、そんな姿を可愛いと感じてしまうのだった。
《おお!あの人は戦士かな?強そうだよ!あっちの人は魔法使いだろね!貫禄あるなぁ!獣人の方々も多い!いやぁ異世界だな!》
《お兄さん、獣人という呼び方は場合によっては失礼に当たるから、獣頭族っていった方がいいよ》
《そっか、ありがとう教えてくれて》
《どういたしまして……?》
肉体の主導権は基本的にお兄さん――転生者が持っている。
つまり彼が、際どい衣装の冒険者――幻舞士の、下着ような衣装の上から薄衣を着て、煌びやかなアクセサリーを身に纏う、大人な踊り子風の女冒険者に目を奪われても、鼻の下を伸ばしていても、不思議ではない。
が、そんな事を知らない周りから見れば……控えめにいって変わった子だった。
そして、それを許さない人物が、彼のすぐ隣――一部とはいえ、魂の融合をしているふたりでは、もはや隣というほどの距離もない――にいるメルニアだ。
《何を見ているのかな?ねぇ?おかしいよね?ここには同じものがあるんだよ?確かに?あんなに大きくはないし、色っぽくはないよ?でも、手を出せないものよりさ!ここにお兄さんのものがあるんだよ!?》
《……それはそれ、これはこれ!》
《はぁ!?》
と、こんな具合に心の声でやりとりする二人であった。
そしてそれに夢中になってしまうと、少女の体からは緊張感が抜け視点も合わなくなるという、隙だらけになってしまうのだった。
ここは冒険者ギルドだ。
金次第で、だいたいなんでもする連中の組織だ。
最初から法に触れる依頼はギルドが受け付けないが、依頼遂行上の利害が対立した場合は、対人戦闘もやむなしとされることも多い。
いうなれば、すでに一線を越えた者や、これから超える者の集まりだ。
そしてそれは、『今を生きる』という点において一般人とはレベルが違うということも意味していた。
新規登録受付に並ぶタイプの違う三人の女。
ローブを着ていても隠しきれない、女性的な豊かな曲線を持ち、瞳に知性を宿すリィン。
スリムでありながら、流麗なしなやかさを持つ、エルフのような美貌を持つディッダ。
煌めくような赤毛を持ち、幼さが残るものの麗しの美貌を備え、この辺りでは珍しい薄手の衣装――ワンピースに身を包むメルニア。
その見た目、その雰囲気、その行動、どれを見ても周りからは目立っていた。
そして、荒くれもの達からの印象はまさに『カモ』だった。
きっと普段なら彼らもこんなことはしなかったろう。
たまたま、前日の仕事がうまくいき、たまたま仲間内での賭けにも勝って、たまたまいい具合に懐が温かくなっていた。
気分は上々であった。
昨日はよく寝た。
美味い飯も食った。
あとは……もうひとつの欲求のはけ口を彼女達の体に求めたのだ。
数人ほどの男に囲まれて三人はそれぞれ違う反応を見せる。
リィンはにこやかに状況を観察している。
ディッダは静かに戦力分析を行っている。
メルニアはまだ、気の抜けたままだった。
「へっへっへ 女3人で新規登録かい?冒険者なんて危ねぇ事だ。お前さんらだったら、どっかの金持ちか貴族の愛人にでもなればいい思い出が出来るだろうぜ? なぁ皆な?」
周囲の冒険者の反応は様々だ。
『またか』と呆れ酒を煽る者。『どう切り抜けるか見ものだな』と突然始まったエンタメを楽しもうとする者。
そして、囃し立てる者。
「おお!俺たちも混ぜてくれよ!ガハハハ!」
「俺が槍の使い方教えてやるぜ!」
「アイスピックは黙ってな!」
「嬢ちゃん達には、野営のテントより、娼館のベッドがお似合いだぜ! そしたら毎日通ってやるよ!」
不快な笑い声が周囲に広がる。だが誰ひとりとして咎めようとはしなかった。
ここは冒険者ギルド。
弱い者、戦う力のない者は『食われる』。
それは彼らにとっての常識であり、この世界においても決して的外れではなかった。
ギルドもまた、この程度で逃げ帰るような軟弱者を抱え込むつもりはない。
達成率を下げるばかりか、そうした者は早晩その骸を野に晒す。
だからこそ、ギルドは黙認し、入会者の度量を見極めるのだった。
荒くれ者が再び口を開く。
「貴族の青瓢箪が嫌なら、実戦で鍛えた俺たちが、いい思いさせてやるぜ?」
3人の体を舐め回すような視線を送り、下卑た笑い声をあげる男たち。
中にはその『いい思い』を表現しているのか、腰を振る者もいる。
荒くれ者の言動は、褒められたものではないが、言ってる事はそんなに間違っていなかった。
現代日本とは違って、生活水準は中世並み。
日本文化が混ざっているとはいえ、生活が底上げできるようなインフラがあるわけでも、倫理観、道徳観があるわけでもない。
そんな世界で、自ら前線に立つよりも、貴族の庇護の下で安全に暮らした方が良いというのは、一般的認識だった。
しかし、自ら冒険者の道を選ぶ彼女達にとってそれは、侮辱でしかなかったが。
リィンは男たちのセリフに、笑顔の下で熾火のような、怒りを覚えていた。
それは『そんな事をわかってないとでも思ったのか?それでも尚、自らの意思でこうしてここに立っているんだ』という矜持を侮辱されたと感じたからだ。
ディッダはその見た目に反して、鍋ぶた旅団の中で1番の武闘派だ。
今も相手の戦力分析からの、制圧シュミレートを脳内で行っている。
『後ろの男の急所を蹴り上げ行動不能。隣のデカい奴は膝を踏み抜けば立てなくなる。最後尾のヒョロガリは、詠唱型の魔法使、喉を潰して沈黙――ふふ、制圧完了』
ディッダの頭の中では、すでに戦場の盤面は整理されていた。
周囲の荒くれ者たちはまだ騒いでいるが、戦闘が始まれば、手順を確認するだけの単純なお仕事。
効率よく片付けられることがわかっている安心感と、冷静な優越感――それが、ほんの少しだけ楽しさに変わる瞬間だった。
少女は、未だ心の中でメルにゃんとお兄さんが言い合いを続けていた。
《いいじゃないか!少しくらい見てたって!》
開き直るお兄さんである。
《大体あんなかっこしてたら、見ちゃうでしょ!》
《だからって、なんで鼻の下伸ばしてんの?ここにこんな美少女が居るのに!》
《居るからって何かできるわけないでしょ!》
《はぁ!?じゃ、なに?あの女と何かしたいわけ!?》
《ああ!したいよ!天命だってエロいかっこうだったし、昨日のリィンだってエロかった!それにあの人だ!こちとらおっさんだぞ!したくなるんだよ!》
《だから!ここにお兄さんが好きにできる身体があるでしょうって言ってんの!》
《できねぇよ!》
《お兄さんがどんなこと考えてるか知ってるんだからね!それをしていいって言ってんのよ!?なんでできないとかいうのよ!》
――売り言葉に買い言葉、二人の心は激しく火花を散らす。
《お前が特別だからだよ!本当に特別な人を相手だとそうできないんだよ!》
《!?……特別……?えへへ……お兄さんの?特別?ねぇ?》
『特別』という言葉にデレるメルにゃんだったが、長らく女友達すらいなかったお兄さんは、それに気づかなかった。
しかも、愚かにも自ら地雷を踏みにいく。
《それに!好みのスタイルとか!年齢とか!色々あるだろう!》
《な!?……へぇ……特別ってぇそういう意味ね……お兄さんのあほう!大っ嫌い!》
【特別】という言葉にメルにゃんの心は、大量のデレと少量の焦れ、そして期待が混ざっていた。
《もっと私を見てよ!アホウ!》
声には抗議ではなく、愛が溢れ、求める気持ちが自然に滲んでいた。
お兄さんは相変わらず無自覚だが、その天然ぶりが、メルニアの心をジリジリと焦がしていた。
良かったシーンなどあれば教えてください。
お読みいただき有難うございます。




