第四章 今生 彼編 新旧の足跡
彼編です。
同僚編に追いつくまで彼編です。
よろしくお願いします。
朝起きると商隊は移動の準備をほぼ完了させていた。
「おはよう、メルにゃん」
そう声をかけたのは女魔法使いのリィンだった。
昨夜はこの体に同居する魂、メルニアからの詰問責めにあって、寝るに寝れず、寝不足気味だった。
「おはようございます」
大きなあくびをした少女に、お姉さん気分のリィンは優しく注意をする。
「メルにゃん、女の子がそんな大きな口を開けて、はしたないよ」
昨夜、野伏のディッダを交えて3人で女子トークで盛り上がった結果、妹認定されてしまったのだった。
少女の中の転生者はおじさんである。
《妹かぁ……》
《……何その顔》
《だって俺、30代なんだよ?年下に、しかも妹扱い……なんか複雑だよ》
(私なんて、自分の体を好きな人に差し出して使われてるんだぞ?しかも、なんとも思ってないみたいだし……私の方が複雑だよ!)
どちらも複雑な心境であることに変わりはなかった。
「ほら、ぼーっとしてないで、ご飯の用意も出来てるから食べちゃいな」
「ありがとうディッダさん」
ディッダはグレーの髪に切長の目、人間族だがまるでエルフを思わせる美貌の女性である。
そんなディッダは頬を膨らませて年下のメルニアに拗ねて見せた。
「……あ〜、ありがとう ディ」
ディッダは満足げにメルニアの頭をわしゃわしゃと撫でて、出発の準備をしに行った。
「ディは家族がいないからね、妹ができて嬉しいんだよ」
リィンがそう言いながら毛布を畳んでいく。
「その話……していいんですか?」
「いいのいいの。私達の仲だし」と笑っていってのけた。
「さ、メルにゃんも準備して、町へ入れるようになったからね!」
こうして、商隊はゆっくりと進んでいき、メルニアは商隊のひとりとして手続きされ、無事にアイジア王国第二の都市──王都の西にある町──サクリカへ入ることができた。
商隊はこの町で十日間の市場を開くとのことだった。
その間、キーン達の『鍋ぶた旅団』は自由に行動できる。
もちろん、次の町へ行くための護衛として仕事が決まっているので、それまでには再度契約を更新する必要はあるのだが。
それに間に合うなら町を出ても、別の依頼を受けてもいいとの事だった。
「じゃぁメルにゃん、身分証を作りに行こうか」
リィンとディッダが「とにかく今は身分証がないとトラブルの元」と言って冒険者ギルドへ案内してくれるという。
レイヴン、キーン、エドモンドの男組は宿の手配や、ここまでの報酬の精算などやる事があり別行動であった。
鍋ぶた旅団は何度かここへ来た事があるらしく「確かこっちだったはず」と言いながらの道案内となった。
そして着いたのは、一際大きな石造りの建物だ。
『鍵穴と剣と本』が意匠された大きな看板が目印で、【知勇を持って未知を拓け】と書かれていた。
鍵穴が未知を表し、剣と本が知勇を表している。
周りを見渡せば冒険者相手の商売だろうか、酒場や武器屋、魔導書店など、関係の深そうな店が並んでいる。
「メルにゃん、便利って思ったでしょ?」
ディッダが何やらニヤニヤとメルニアに話しかけた。
「え?ええ。全部この周辺で揃うなら便利だと思います」
ディッダはにやりと笑った。
「チッチッチ。基本ギルド周辺は初心者向け。ギルドメンバーには安く売ってくれるけど、値段相応の性能」
メルニアは内心、値段相応な性能なら、ボッタクリでないならの良いのでは?と首を傾げた。
「いいかいメルにゃん?冒険者は命懸けだ。道具の良し悪しで命拾いすることなんてごまんとある。多少高くても良いものを揃える。これが生き残るコツだよ」
「なるほど!」
当然のことではあるが、それでも実際にそうやって生き残ってきた先輩冒険者の言葉は、心にストンと落ち着いたのだった。
「……でも、ではどこで買えば良いんですか?」
「どこの町でも穴場というものはあるものさ」
「おお!今度教えてください!」
「ああ、約束すよ」
「気は済んだかい?さっさと手続き済ませてしまうわよ」
リィンはメルニアだけでなくてディッダも妹扱いしているようだった。
冒険者ギルド前でそんなやりとりをしてるものだから、他の冒険者や通行人から好奇の目で見られていることに、リィンは居心地の悪さを覚えていた。
中へ入るとそこは天井の高い広間となっており正面奥まったところには、まるでお役所のように整然と受付カウンターが並んでいた。
人混みの向こう側、右の壁には依頼張り出しの掲示板が見えた。
反対には上階へ上がる階段と、食事をとる冒険者や飲んだくれた冒険者がたむろする待合スペースになっていた。
待合の奥にはカウンターがあり、彼らは此処で代金を払ってお酒を含む軽い飲食ができるようになっている。
階段を上がった先は中二階になっており、まるでVIP席のように、各テーブルが仕切られていた。
これは、稼ぎを分配する時などに使われる席となっていて、周りに見えない聞こえないよう配慮されたものだった。
さらに上に上がると資料室や宿泊施設になる。
ギルド内には酒と、汗と血の匂いが混ざったような独特なにおいが立ち込めており、それをごまかすための香が焚かれていたが、冒険者の数が多く、あまり効果を感じることはできなかった。
人の往来を避けつつ奥へ進むうち、二人とはぐれたメルニアの前に、自然と人の流れが途絶える空間が現れた。
「おっとっと……いやぁすごい人混みですね……」
思わず足を止め、息をのむメルニア。
「こ、これは……!」
視線を床から正面へと移しても、なお全容はつかめない。
さらに見上げたとき、ようやくその姿が現れた。
――あまりにも巨大な、和風の鎧である。
一階広間の中央に鎮座するその鎧は、ただの飾りではなかった。
まるでこのギルドそのものを象徴する守護像のように、威厳を放っている。
和の甲冑を思わせる造形でありながら、ここでは誰もが当然のようにその存在を受け入れていた。
着用者はおそらく三メートルは超えるだろう――見上げずにはいられない巨体であった。
それは黒を基調とし色とりどりの糸で無数の鉄板を繋ぎ合わせた鎧。
正式名称は失われているらしいが……見れば見るほど、日本の鎧である。
隣には鎧に見合う巨大な日本刀のような曲刀が立てかけられていた。
それはまるで今にも動き出しそうなほどの迫力を持ち、転生者がかつて見た映画やテレビ以上の光景が思い起こされた。
感動のあまり、全身が粟立ち、ぶるりと震えた。
「かっこいい!鉄黒漆塗……本小札……二枚胴かな?うん!やっぱりかっこいいなぁ!」
少女は鎧を見あげながら、満面の笑みではしゃいだ。
まさか異世界で、故郷の、自分以外の、侍の鎧を視られるとは思っていなかったのだ。
確かに、街のあちこちに日本風の意匠や文化の名残を見かけてはいたが、ここまで直に感じるのは別格である。
アイジア王国の初代王――大陸を統一した統一王――は、日本人であることに間違いはなさそうだ。
さらに、他の日本人転生者の影響もあったのだろう。
それほどに、多種多様な【日本】がこの異世界には存在していたのだった。
ふいに、故郷への熱い思いがこみ上げる。
日本に残してきたいろんなものの姿が、脳裏に浮かんでは消え、胸を締め付けた。
彼らが日本文化を広めたのは、優越感かあるいは、郷愁か……。
そこへ突如、声をかけるものが現れた。
「わかるかい。この機能美、そして芸術性!巨人族の英雄ケイジが着用していたとされる鎧だよ!」
振り向けばそこには、細身で派手な衣装の、しかし清潔感あふれる男が立っていた。
声の主は興奮気味に、身振り手振りを交え、得意げに由来や逸話を解説して見せた。
「かの偉大なる英雄は、この鎧を身に纏い百万の敵を退けたんだ!あの傷が見えるかい?あの傷はカンバラーの戦いで、ただひとり敵陣に突撃した際についたものだ! そしてこちらの傷は――」
口ぶりやリュートという弦楽器を背負っている事から、吟遊詩人だとわかる。
「赤毛のお嬢さん、これの素晴らしさが分かるかね!」
突然の声かけに驚きながらも、なんとか返事をするメルニア。
「え?ええ!分かります!機動性を……」
「メルにゃん!ちょっと!」
その言葉にかぶせるように、はぐれていたリィンが戻ってきた。
「そういう話は結構です! 失礼します、急いでますので!」
冷ややかに言い放ち、ぴしゃりと会話を断った。
次の瞬間、ディッダが無言でメルニアの手をつかみ、強引に引いていく。
「時間のムダ」
一言そう告げて、男から距離をとる。
「え?ちょ!?え?」
後ろからは、男の熱っぽい声がまだ聞こえてくるが、姉モードのふたりに挟まれて、メルニアは胸の奥がぽっと温かくなった。
男から十分離れた所でディッダが、引き続きお姉さんモードで説明を始めた。
「あれは詐欺。ああやって鎧を紹介して大金を巻き上げて粗悪品を掴ませる。相手にしちゃダメ」
「えぇ……そうは見えなかったけど……」
メルニアは首をかしげる。
「メルにゃんは詐欺に遭いやすい。今ので確信した」
頷きながら言うディッダと――
「そうだねぇ、メルにゃんは注意しなきゃだね」
――ため息交じりにそう言うリィンだった。
姉を自負する二人からこう言われてしまっては、大人しく従うしかない少女だった。
《あれ、詐欺なのかぁ》
《人をだます悪い奴はどこにでもいる……次から気を付けようね》
《……メルにゃんが言うと、説得力あるなぁ》
《何が言いたいのかな?ねぇ?お兄さんは、私が騙されて売られたことを言っているのかな!?》
一難去ってまた一難。
しみじみとこの言葉をかみしめるお兄さん――転生者であった。
メルにゃん、好きな人を前に素直になれない感、出てましたでしょうか・・・
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