第四章 今生 同僚編 見えざる手
登場人物紹介
いつも出てる人たち。
リア:二人の主人公のうちの一人。同僚。
ルー:リアの近衛で筆頭侍女。お姉さんみたいな人。
カタリナ:リアのお母さんの親友。若い。
それは訓練場のはるか上空、誰にも気付かれることなく、そこにいた。
背中まである波打つ銀髪は強風にあおられ、たなびいている。
猛獣のように力強いその双眸――右目は眼帯のようなもので隠されているが――は黄金色の光を宿していた。
その口元は生意気そうな性格が見て取れた。
白を基調としたゴスロリ衣装に同じ色のつば広三角帽子。
そして、どこからどう見ても子供であった。
しかし、その存在感は只者ではない。
かつて、別世界にて【女神の愛娘】と謳われ、信仰の対象ですらあった彼女。
その名は『ウル・アスタルテ』。
【転生者】とは違う事情で、この世界へ迷い込んだ【転移者】であった。
周囲に結界でもあるのか、はたまた、雨そのものが彼女に遠慮しているのか、雨粒は彼女を避けて落ちていく。
彼女はそれが当たり前であるかのように、その現象を歯牙にもかけなかった。
高みから見下ろすのは、リア達のいる訓練場。
親指と人差し指で輪を作り、覗き込んだ先にはリアが騎士を讃えている姿があった。
「カッカッカッ 可愛い顔をしておるではないか」
その見た目にそぐわない笑い声をあげて彼女は笑う。
「あれがイナンナの言っておったオルラ・アウレリア……るく……なんじゃったかのぅ……長い!もう良いわ。……面倒じゃから、シルヴァンとやらを消して終り、という事でよかろう」
そう彼女はイナンナの寄こしたリアのための援軍である。
だが、その言動から分かる通り、彼女には慎重というものがいささかかけているのだった。
新たな魔法を織ろうとした瞬間である。
耳障りな金切音があたりに響く。
空間に亀裂が入り、光が漏れ、その中から現れたのは燕尾服にシルクハット姿の紳士。
「【転移者】……ウル・アスタルテだな」
静かな、だが良く通る低い声だった。
「む?貴様は何者じゃ?」
「理の代行者」
男はシルクハットのつばを、右手で軽く触れる礼を取った。
「ことわり?」
訝し気な視線を向けて小首をかしげる。
「【黄金の王女にして玉座の娼婦】――理を穢さんとする外道を確認」
「な!?【金色の王女にして玉座の娼婦】を知っておるとは元の世界――」
「排除プロトコル、実行」
突然現れた魔法文字の浮かぶ首輪が、彼女の首を絞めあげる。
「ぐっ!?……なんじゃ……これは!?」
さらには、その手に、その足に、食い込むように光の枷が現れた。
彼女が意識を向けると、その光の枷は音を立てて砕け散っていく。
「こんなもの!」
複数の気配が――学生服の少年や、アロハシャツのおじさん、ぴっちりスーツの女、バニースーツの男など、統一感のない服装の集団が周囲に現れ、光の枷は加速度的に増えていく。
「次から次と!うっとしい!!」
彼女は回避のために雨雲の中へと、飛び込んでいく。
彼女の雷は辺り一面を迸り、空を焼いていく。
雲を突き抜け、青の世界へ。
「ちっ!待ち伏せか!」
そこには、幾千に及ぶ代行者たち。
それらが一斉に「排除」を口にする。
「――排除・排除」制服姿の少年。
「――排除・排除」アロハシャツのおじさん。
「――……」ぴっちりスーツの女。
「――排除・排除」バニースーツの男。
彼女が発した雷は、代行者の半数を消し飛ばしたが、しかし多勢に無勢。
攻勢に転じている間にも、光の枷は増え続け……ついには、蜘蛛に囚われた獲物のように、光の枷によって幾重にもその動きを封じられていく。
さらに幾重にも結界を張られ、球のような封印は完成した。
それは、既に抵抗できなくなったウルに対して、過剰なものだった。
幾千とあった代行者たちの気配は、徐々に消えていく。
燕尾服の男の耳を、微かなノイズがかすめた。
しかし、振り返ってもそこには何もなかった。
「事象外。代行者の任務中に自由意志を発生させることは、規定上あり得ない」
燕尾服の男は封印球へ向き直り、手順通りの宣言を行った。
「……排除、完了」
最後の気配は、結界球と共に姿を消した。
上空での戦闘が激化しているころ、地上では……
「きゃぁ!」
空を焼くかのような稲妻が走り、その轟音に宮女たちが悲鳴をあげた。
雨雲だと思っていたものは、今や稲妻が迸り、観るものに底知れぬ畏怖を抱かせた。
「これはいかん!リア!」
「はい!小母様!」
「一時ちゅ……」
中止と言いかけた瞬間、空気を震わす衝撃波と共に、いくつも雷が落ちた。
そのうちのひとつは城の尖塔のひとつに落ちたようで、火のてが上がるのが見えた。
そして、グラウンドにある旗柱にも落ちて周囲にいた兵士や、騎士が巻き込まれていた。
「殿下!ここは危険です!ひとまず城の中へ!」
演習の中止を宣言し、騎士団長の2人は被害に遭った兵士たちのもとへ――控え室へと向かった。
もし、この二人がリア達と行動を共にしていれば、あるいはこの後の悲劇をなかったかもしれない。
逃げ惑う観客たち。
彼らは城勤の者が殆どなので、その施設の構造を知っているはずであったが……。
落雷の影響か、人込みによるものかは不明だが、この場にいる皆が、眩暈を覚えたと後に証言されている。
ルーをはじめ数人の近衛と侍従達はリア、カタリナを守りながら出口へと向かう。
何故か乱れた動きをする観客達は、このタイミングで、ただ1箇所を目指して、殺到する。
「退がれ!殿下から離れろ!」
近衛の誰かが叫んだ。
群衆によって、護衛の者達がリアから引き剥がされていく。
「まさか!?」
ルーはこの余りにも大胆な攻撃ともつかない攻撃に、虚をつかれた。
リアは11歳。
大人達よりも背が低く、この群衆に紛れてしまっては、探し出すのは困難だった。
背筋に冷たいものが走った。
「殿下!殿下ぁ!!」
悲鳴のような呼び声が響く。
「殿下!どちらにおわします!殿下!」
リアからの返答は遂にないまま群衆は姿を消した。
この日、訓練場を襲った混乱は、ただの事故や天災ではなかった。
それは王国の歴史に深く刻まれる、重大な分岐点の始まりであった。
戦争とは、剣によるものだけではない。
人の善意のみを信じ、悪意の存在を忘れた王国が犯した、最大の油断であった。
その油断を突いた、影の侵略者はひそかに王国の内奥へと忍び入り、王女を攫った。
この事件を契機として、王国は初めて【影なる侵略】を知ることとなる。
――史に曰く、これを「影蔵事件」と記す。
登場人物も増えてきましたが、お気に入りのキャラクターは居ますか?
お気に入りのシーンなどありますか?
教えていただければ、もしかすると、登場機会が増えるかもしれません。
確率はわかりませんが、私の心に残っていれば、ありうると思います。
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