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第四章 今生 同僚編 見習い

大雨の日に飛び出してびしょびしょになりたい。


第29回 よろしくお願いします。

 屋根のないこの訓練場では、天気の影響を直に受けることになる。

 そして、いまポツポツと空が落ちてきていた。

 雨に濡れた土の匂いが立ち込める。


 侍従がリアとカタリナへ傘を差し掲げた。


「小母様、リアは傘を断りたく思うのですが、かまいませんか?」


 訓練場では騎士が雨に濡れて試合を行っている。

 そんななかで傘に守られることを、良しとしなかったのだ。

 しかし、この場で最上位であるリアがそれをすれば、全員が傘を差せなくなってしまう。

 そのことについて、経験豊富そうなカタリナへ意見を求めたのだ。


「リア、お前はこの国の未来そのものだ。風邪をひいたらどうする。おとなしく傘を差されていろ」

 そういう言いながら、彼女自身は、差し出された傘を拒否していた。


「しかし、小母様。彼らも国の未来を担う者達です。私はせめてそんな彼らに寄り添っていたいのです。……だめでしょうか」

「頑固者め。そんなところはお姉様とそっくりだな」

 彼女の言うお姉様とは、現王妃であるリアの生母の事である。

「それに、小母様だって傘を拒否されたじゃないですか」

「お前と私では、立場が違う。それに、ここで許してしまったら、後ろの近衛殿に怒られてしまいそうだ」


 カタリナはルーをチラリとみると、険しい顔をしているのが見て取れた。

 しかしその表情の理由は、こうしている間にも雨に濡れていくリアを心配する一点のみだったが、カタリナにはそこまで察することはできなかった。


 リアはそんなルーの事をよく知っている。

 だからこそ、彼女が自分を心配していることもわかっている。

 ルーを振り返ることなく、後ろ手をひらひらと。

 ルーがそれをそっと包むように触れる。


 演説の時のような、勇気を奮い立たせるための握り方ではない。

 その握り方で、ルーの気持ちが伝わってくる。

 けれど、リアは王太女である。

 この国の未来を背負う責任が――覚悟があった。


「私に、傘は要りません。

『我が剣たち』が雨に濡れるなら、私も共に濡れましょう。

 我が国民が泥濘にまみれるならば、私も共にまみれましょう。

 私こそが――次代の王なのですから!」


 カタリナは、その姿に肖像画でしか知らないはずの、建国王の姿を重ねて見た。


 近衛騎士団長は思わず膝をつき、胸に熱いものを感じながら、この方こそが我らの主に相応しいと、感動を新たにする。


 訓練場では、傘を拒否する姿を見た騎士たち、兵士たちが一斉に声を上げた。

「王太女殿下万歳!」

 その声は雨音をかき消し響き渡り、まるで雷鳴のごとくであった。


 しかし、侍従や侍女たちはまだ戸惑いの色を隠せない。

 殿下が雨に濡れて風邪など召されたら……と、胸を痛めるばかりである。



 だが、唯一ルーだけは、リアの想いを胸に抱き、頬をわずかに緩めた。


「これでこそ、私の殿下です」


 その視線は、感嘆と納得、そして少しの誇らしさを帯びていた。


 リアの手を包んでいた手を離す。

 しかし、その手を、リアは離さなかった。


「殿下……?」


 少しだけ振り向いたリアは、いつも以上に楽しげで、小悪魔的な笑みを浮かべ――その口元に手を当てて、ルーに秘密の話を求めた。

 ルーが耳を近づけるとリアがこそっと耳打ちをした。

「体が冷えたら、あとで一緒にお風呂入ろうね」


 先日からよそよそしかったリアが、いつもの様子に戻って、ほっと胸を撫で下ろすと共に、喜びが込み上げて来た。

「もちろんです!」




 次の試合の準備が整い、合図の喇叭(ラッパ)が鳴り響いた。


 カイル 対 蒼龍騎士団の騎士。


 姉譲りの双剣を構えるカイル。

 右手に長剣、左手に短剣を持っている。

 左手を緩く前へ、右足を引き右手を上に。

 上段の構えである。


 対する騎士は盾と片手剣。

 盾を前へ突き出し、剣を肩に担ぐスタンダードな構えだった。


 この世界の戦闘は武器によるものが圧倒的に多いが、魔法、特殊能力(スキル)による戦闘も存在する。

 魔法は学べば習得できることがあるが、特殊能力は先天性のものだった。


 そして騎士団には、国中から集められた特殊能力者が多く所属し、ルーを始めカイルも、その1人であった。


 蒼龍の騎士はフルプレートアーマーでその身を固め、一方のカイルはプレート・アンド・メイルと呼ばれる鉄板と鎖帷子で作られた比較的動きやすい装備だった。

 共にサーコートと呼ばれる所属騎士団識別用のベストを着用している。

 そのサーコートも雨に濡れて鎧に張り付いていた。



 蒼龍の騎士が大上段から剣を振り下ろす。

 その瞬間、観客は息をのんだ。


「若造が勝てるはずがない」

「どうせすぐに這いつくばることになる」


 ざわめきの中、誰もがそう思った。


 カイルと対峙した騎士が、一番そう信じていた。

 勝利を疑わぬ口元は、わずかに緩んでいる。

 ――だが、それこそが彼の致命的な油断だった。


 未熟な者が王太女の近衛に居るはずがない。

 この場に立っている時点で、何かを証明しているはずなのだ。

 しかし彼はそれを見誤った。


 いや、誤らせたのは嫉妬だったのかもしれない。

 美しい姉に似た顔立ちを、心のどこかで疎ましく思っていたのか――。


 とはいえ鍛えられた肉体から繰りだされる一撃は、スピードは申し分なく、当たれば勝敗を決する一撃となっただろう。

 だが、カイルの特殊能力である【先読み】は1〜1.5秒先を見ることができる。

 コンマ数秒で反応が求められる戦闘において、その時間は圧倒的優位を叩き出す。

 カイルの視界には、相手が二重に映って見えていた。

 それは実体から発生した影のような像が、1秒先の姿を写しているのだった。


 影の像が剣を振り下ろす。

 遅れて現実の剣がその奇跡をなぞった。

 初めてこの能力が発現した時、あまりの違和感に吐いたのも、今となっては懐かしく感じる。


 振り下ろされる剣を受ければ、相手の特殊能力によってカイルは、吹き飛ばされ、負ける未来。


 ならば――


 振り下ろされる相手の剣に合わせ、短剣を振り、剣の軌道を逸らす。

 この刹那のズレが相手の動きを封じ込め、常に優位に立ち、戦闘を支配した。


 相手がバランスを崩した瞬間――大きく踏み込んで、長剣の切先を首元へ。

 その瞬間、訓練場は時が止まったかのように静まり返り返った。


 振り返れば、あっという間の決着だった。


 会場には動揺と歓声が混ざったざわめきが広がっていく。


 観客からは思い思いの声が上がった。

「なんだ今のは!?見えなかったぞ!」

「まるで『無双のルミナ』ようだったぞ!」

「あいつはその弟なんだよ!まだまだ荒削りだが将来が楽しみだな!」



 カタリナのとき以上に、宮女たちから黄色い歓声が上がる。


「きゃー!騎士様!」

「カイル様ぁ!こっち向いてぇ!」

「笑顔が素敵ですぅカイル様ー!」



 試合を見ていたルーは、まだまだだと肩を落として、ため息をついていた。

 しかしながら、祝いの席は用意してあげようと考えたが、手を振って歓声に応えるカイルを見て、小言を口にした。


「全く、愛想ばかり良くてもしょうがないというのに……あの子ったら」


 

 騎士団長のふたりは、その戦技に感心して拍手で讃えた。


「バヤル殿の若い頃を思い出しますなぁ」

「はっはっはっ 実は孫弟子のようなものでしてな!はっはっはっ!」

「将来が楽しみですなぁ」

「そうでしょう!そうでしょう!」


 バヤルは蒼龍騎士団団長からそう言われて有頂天だった。

 彼を育てたのは自分だという顔で、リアをチラチラを見ていた。

 そこにはいまだ、『リアがカイルを好き』という勘違いが存在していた。



 カタリナは、自分でもまだ早いとわかっていながらも、それでこそ我が伴侶に相応しい――と、心に決めていた。


「共に海賊退治をするのもいいな」



 リアは素直に喜んだ。

 誰もが認める実績を示してくれた。

 これでようやく彼を騎士に叙勲できて、ルーの心配事を減らしてあげられると。

「あの頑固者もこれでようやく騎士にできます。ルーも喜んでくれるでしょう」


 訓練場には次の試合の準備が進んでいた。

 雨足は強くなり、宮女たちはメイクが落ちるのを嫌がった。

 しかし、王太女が傘をささないために、それに倣って傘をささず濡れて見学するか、この場をなはれるかの二択となっていた。



 こうして強くなる雨足と共に、それぞれの想いを乗せて、演習は進んでいくのだった。


お楽しみいただけたなら幸いです。

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