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第四章 今生 同寮編 訓練場

騎士団の解説。

ルクスヴィカ近衛騎士団:リア直属の騎士団で歴史は浅く主な任務は、彼女の護衛、儀礼、国の防衛。

蒼龍騎士団:公爵の直属でその歴史も建国時からと長く主な任務は、領地防衛、儀礼、国軍の支援、戦時国軍へ編入。


蒼龍騎士団がこの場にいる理由。

公爵の領地は南の海に浮かぶ島だが、公爵本人が王都邸に詰めているため、一部それに従ってきている。

残りは領土防衛など、通常任務に就いている。

 急遽通達のあった模擬演習だった。

 最初きいた時には、こちらも彼方も、困惑を隠せなかったろう。

 現に、知り合いからは「何か知ってるか?」と声をかけられたものだった。


 普段の訓練場に、自軍の制服と公爵家の制服――蒼竜騎士団の制服が浮いて見える。


 王太女の近衛女官で筆頭侍女を務めるルーも、このルクスヴィカ近衛騎士団の所属である。

 彼女は3秒先を見ることができる能力を持って、無双と謳われた人物である。

 そんな彼女の弟カイル。

 彼は姉のコネで入団したと陰口を言われることがある。


 そんな彼もいまや、戦闘で言えばこの騎士団で5本の指に入る腕前だ。

 それでも『見習い』にとどまっているのは、周囲を黙らせられる実績を積むまでは昇格しないと決めていたからだ。



 訓練場・控室


「カイルさん!」

 そう声をかけたのは、最年少騎士のセイランだった。

 彼はイナンナの息子だが、本人はそれを知らない。

 彼は騎士の家に預けられ、その秘密を知らされぬまま息子として育てられてきたのだ。


 そんなセイランが声をかけたのは、近衛女官にして筆頭侍女、ルミナ・アストリアの弟。

 カイル・アストリアであった。

 カイルは戦闘において騎士団内で五本の指に入る腕前を誇るが、日々研鑽を怠らず、その力にさらに磨きをかけていた。

 セイランはそんな彼を、兄のように尊敬している。

 自身はすでに『正騎士』でありながら、『見習い騎士』のカイルを尊敬するのは、その姿勢を間近で見てきたからの他ならなかった。


「よう、セイラン。今日も元気だな」

「もちろんですよ!カイルさんの晴れ舞台です!ここで勝てばもう十分、正騎士として文句を言うやつは居なくなりますよ!」

「ははは。勝てると決まったわけじゃない。殿下の騎士として恥ずかしくない勝利を得るまでだよ」

「ええ!お互い頑張りましょう!――ところで、もうみましたか?」

 セイランがカイルに耳打ちするようにそう尋ねると、彼は首をかしげてみせた。

「何のことだ?」

「貴賓席ですよ!」

「ああ、王太女殿下の御臨席を賜っているな」

「あ!はいっそうなんですけど――その隣です!」

 セイランは慌てて姿勢を正したが、カイルはそれを口にだして咎めるまではしなかった。

 彼が、十分気が付いて反省したことが分かったからだ。


「殿下のお隣、恐らくあの方がヴァリャリエル公爵夫人だとおもうんですけどっカイルさん絶対見たほうがいいですよ!」

 そういってカイルの手を引いてグラウンドへの出口まで引っ張っていった。

「おいおい、なんだよ……そんな、慌てるよ う……な、なんだ……あれ、あの方は?」

 呼吸するのも忘れて、その一点を見つめる。

 その視線の先にいたのは、言わずもがな。

 淡い色調の、凛とした装いの淑女、ヴァリャリエル公爵夫人、その人だった。


 そう、事前に彼の好みを聞き出し、其れに合うように髪型、メイク、服装、アクセサリーを身に着けてきた、海龍公爵と謳われる女傑、カタリナであった。



 貴賓席では、リアとカタリナが眼鏡の掛け合いをし、ファッションチェックを楽しんでいた。

 ふと視線を感じたカタリナは、視線の元を探し訓練場を見回す。


 ――あそこか。


 視線の主を見つけた瞬間、思わず目を見張った。

 ルーと瓜二つの顔。いや、髪の色も背格好も、ほとんど同じにみえる。

「リア、リア、あれが例の――ではないか?」

「このメガ――なんです?」

「メガネじゃない、出口のところだ」

 カタリナがそっと指差すと、リアは嬉しそうに身を乗り出す。

「あ! あれがカイルです!」


 ルーは、リアの口から弟の名が出たのを聞き逃さなかった。

 (殿下とカイル……? どうしてそんな組み合わせが……)

 視線を追うと、確かに訓練場の出入り口から、ひょっこり顔を出しているカイルがいる。

 しかも、姉に見つかれば怒られると分かっているはずなのに、こちらに気づく様子もなく――一点をじっと見つめている。

 (まさか……あの馬鹿、殿下を見ているの!?)


 ルーが家に帰ってから弟をどうやって叱ってやろうかと考えている時、ついに訓練場から喇叭(ラッパ)の音が鳴り響いた。

 それは、これより合同による模擬演習を開始するという先ぶれのようなものであった。


 誰もが訓練場に注目する中、まずは煌びやかな出で立ちの騎士がふたり現れた。

 グラウンドの中央まで進み、貴賓席に向かって片ひざを折り首を垂れた。


 貴賓席から少し離れたところに控えていた近衛騎士団、副団長による解説・司会進行が始まった。

 簡易的な式典を済ませ、いざ開始の合図をといったところで、公爵夫人がすっと立ち上がった。

 焦ったのは司会であったが、公爵(カタリナ)――王家に次ぐ権威と、王妃の親友、次期王とも親しい人物に恥をかかせるような真似、注意などできるはずもなく、彼は騎士団長や、リア、そしてルーを順に視線で助けを求めた。

 しかし、其の全員が、目をそらしたのだった。


 カタリナはその状況を楽しんでいるかのように微笑み、其の凛とした声を張り上げた。


「この度、王太女殿下の御厚意により、模擬演習と相成った」

 その声は力強く、戦場でも間違いなく伝えることができるようはっきりとした声音だった。

「諸君は、日々その腕を、剣を磨き上げ、王国の為、そして主の為、研鑽を積んでいることは我らの知るところである!」

 その声は良く通り、控室にいる者達の耳にも届いていた。

「なかでも本日この場は特別なものである。王太女殿下の御前という栄誉をえて、諸君の誇りを示す日である!」

 ノッテ来たのか身振りが大きくなってきたカタリナである。

「本日の勝敗は過程にすぎぬ。だが、そのひと振り一振りが、王国の未来を支える礎となることを忘れるな!お前たちの剣が、王国に捧げるに相応しいものであることを――ここに示せ!」


 緩急を、抑揚をつけたこの演説は、彼女の熱を聴く者に伝えるには十分だった。


 騎士団関係者の他、いつの間にやら集まっていた、観衆はその演説に充てられて盛大な拍手を送っていた。

 なかでも、熱のこもった拍手を送っていたのは、宮女たちであったが。


「リア」


 公爵はそういってリアの手を取り立たせると「さぁ」といって促した。


 (油断したぁ!小母さまならこれくらいの悪戯仕掛けてくるってわかってたのに!)


 ゆっくりと、けっして優雅さを失わず立ち上がる。

 内心は心臓が喉から飛び出しそうなくらい跳ねていたが、表情には一切出さない。

 リアはこの短い間に、必死で言葉を選んだ。

 ――観客も、騎士団もこの場にいる全員が、王太女リアの言葉を待っている。


 失敗は許されない。

 だが、単なる模範的な言葉を並べるだけでは、この熱を受け止めきれない。


「みなさん、急な演習に驚かれた事でしょう」

 しかしその声は、訓練場に響かせるには、あまりにも小さかった。

 次の瞬間には、リアの口元に魔法陣が浮かび上がる。

 後ろからルーが織り上げた『拡声』の魔法である。

 リアは振り返ることなく、後ろ手をひらひらとさせる。

 これはリアが幼いころからする仕草で、其れに気が付いたルーはそっとその手を握る。

 握り返される。

 その手はまだ11歳の女の子の手なのだなと、感慨深いものがあった。



「みなさん、急な演習に驚かれた事でしょう」

 その声は魔法の風に乗って訓練場の隅々まで響き渡った。

「ですが――有事はある日突然やってくるのです。我が国の歴史は長く、戦乱に満ちています。かつてアイジア王国は大陸を統一し、世界に平和をもたらしました」

 静まり返る会場に、11歳の少女の声だけが響いている。

「しかし、いまや我が国は、多くの戦乱を経て――今の姿となりました」


 観衆の胸には歴史で学んだ、かつての世界地図を思い浮かべる者や、すべての知性ある者が手を取り合っていた時代を思い浮かべる者、様々であったがみなが『良い時代』を思っていた。


「我々は備えねばなりません。建国王の【八紘一宇】の理想を護り――」

 リアは一瞬視線を遠くへ投げ、王国の歴史を心に描くように言葉をつないだ。

「かつて、大陸の全ての知性ある者たちが、手を取り合い、互いに助け合い、笑い、学び、ともに未来を築いていたあの時代――あの輝かしい光景を、我々は忘れてはならないのです」



 その言葉は聞いたものの心に、染み込んでいく。

 ただ一人を除いて。



「そして今、この国の未来を支えるのは、ここにいる皆さん一人ひとりの剣と心。民の安寧のため、磨き上げられたその剣を、私――オルラ・アウレリア・ルクスヴィカ・コローインフィーリンネは誇りに思います」



 訓練場の影の奥、其の人物は拳を、力の限り握りしめていた。

 目に宿る光は冷たく、リアの語る理想の未来とは相容れないものだった。


 ――そこに映っているのは、リアのいない、別の未来。




「本日は、その腕を存分に振るい、互いを高め合い、未来の光となり、王国の礎となることを望みます」


 静寂ののち、喝采。

 将来の王が語る理想。

 建国王の思いを継いだその言葉は、彼らの胸に深く染み込むように広がり、やがて語りづがれる事となった。



 リアは呆気に取られている両脇の騎士団長へ視線をやる。

 しかし、二人とも首を横に振って演説をするのを拒否した。


 それを頷いて返すと司会を務める副団長へ、大きくうなずいて進行を促した。



「リア……お前、大きくなったな」カタリナがしみじみとそういって頷いている。

「小母さまがいきなり予定にない事を始めたから、焦ったじゃないですか!」


 そんなやり取りを後ろから見ていたルーは、

(あの幼かった殿下が……ご立派になられて、ルーは嬉しく思います)

 あふれる涙を、そっと拭った。



 熱気に包まれる訓練場を、風がそっと吹き抜ける。

 ジワリと滲む汗を、ほんのひと時、癒しへと変えて――


 今、演習開始の喇叭が高らかに鳴り響いた。






いかがでしたか。

お楽しみいただけたなら幸いです。


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