第三章 新生・彼編 焚火端
正解は越〇〇菓
キーンたちが焚火の世話をし、寝床をこしらえ始めたころ。
少女とハシモが馬車から降りてくるのが見えた。
少女は誰かを探しているようだったが、キーンを見つけると手を振りながら笑顔で駆け寄ってくる。
その様子は、まるで久しぶりに飼い主を見つけた子犬のようだ──キーンはそんなふうに思った。
キーンは寝袋代わりの毛布から出て胡坐をかいて、彼女を待った。
「先ほどはありがとうございました」
少女は膝をついて正対し、深くお辞儀をした。
それを見たキーンは慌てた。
なにせ、レイヴンの話からすれば、このお嬢さんは身分の高い人物だろうとのことだった。
そんな人物に膝をつかせるなんてとんでもないことだった。
慌ててやめさせようと、手を差し伸べた瞬間、軽くひねられて関節を極められた。
「……くっ」思わず呻き声が漏れる。
外から見れば、まるで熱く手を握り合ってるいるようだ。
握手というには、ずいぶんと歪だったが。
「ふふふ……ちょっとした悪戯です」
極めていた関節を解放し、笑顔でもう一度お辞儀をした。
「本当にありがとうございました。おかげで、いい縁ができました」
「えん?」
聞き返しながら、手首をさすっていた。
「まあ、それはともかく。今後ともどうかよろしくお願いしますね」
「……そうだな、お嬢さんと一緒に冒険へ出られれば心強いんだがな」
「できることなら、そうしてみたいですね」
「事情があるんだろうけど、それが終わったら一緒に冒険へ行こう」
近くで二人のやり取りを聞いていたリィンが驚きの顔でキーンを見ている。
「そんなに喋るキーンは初めて見たかも」
つい吹き出してしまう少女だった。
「さぁ、もう寝ましょう。お嬢さんはこっちで私と一緒にね」
リィンが予備の毛布で作った寝床を用意してくれていた。
その寝床はリィンのすぐそばで、寝ながら会話ができるようにと配慮してことだろう。
改めてリィンという女性に目をやると、年のころは20代前半くらい。
身長は少女よりも少し高いくらい。
ダークブラウン色で、しばらく手入れをさぼっていそうな髪。
前髪が邪魔なのだろう、てっぺんでくくって髷を結ってる。
魔法使いの三角帽子はまだかぶっているところを見ていないが、てっぺんの髷が帽子がずれるのを防いでいるらしい。
魔法以外のことはあまり気にしない様子は、いかにも魔法使いらしいと転生者は思った。
この女魔法使いは、先ほどまで身にまとっていたローブを、就寝時だということで脱いだのだ。
季節は初夏である。
つまりローブの中は暑いのだ。
そう、つまり脱いだら、中身は軽装の布製の上着と、動きやすさを最優先に考えた下着のような服だった。
庶民や、貴族などの常識からすれば、随分と大胆な恰好だった。
しかし、冒険者の活動とは生と死が隣り合わせなのだ、少しでも動きやすく体力を温存できる恰好こそが、最優先なのだった。
(タンクトップとホットパンツみたいだな)
転生者は己の中の記憶と照らし合わせてそう思った。
主に雑誌やインターネットで得た知識だったが。
焚火の煙の臭いに混ざって、リィンの汗のにおいがした。
毛布に入った時、微かに鼻先をくすぐったのだ。
「あ!……もしかして、臭かった?」
小声で、身体を寄せて聞いてきた。
暖かく柔らかい感触が伝わってくる。
少女の鼓動が一気に跳ね上がった。
体を寄せた時、揺れたのだ。
何がとは言わないが、ぶるん。と揺れたのだ、目の前で。
それを目の当たりにして、鼻の下を伸ばさない男性がいるだろうか?いや、いない。
リィンがおかしいわけではない。ただ、少女の前だからこそ油断してしまっているだけなのだ。
現に、キーンやレイヴンの前では、もっと気を使っている。
このあと、少女は何かあるたびにリィンを意識してしまい、いろんな話をしたはずだけれど、ほぼ聞けていなかった。
彼等のチームを紹介されたことは覚えている。
チーム名は『鍋ぶた旅団』。
全員が同じ村出身の幼馴染。
名前の由来は……子供の頃の「冒険者ごっこ」を、通りがかった先輩冒険者に見られてしまい、そのまま呼ばれ続けた結果だとか。
野伏はディッダ。女。
薬師はエドモンド。男。
皆そろって気のいい連中で、冒険者仲間からの評判も上々。
模擬戦の際の歓声からもそれが伺えた。
楽しい歓談の時間も終わり、徐々に話し相手もいなくなり、少女は一人夜空を見上げていた。
眠ることができないでいたのだ。
なぜなら、少女の中にあるふたつの魂の一方である、ミルユル・メルニアの詰問責めにあっていたからだった。
《ねぇお兄さん、あの時、天女様の唇を奪ったのはなぜ?模擬戦で天女様を思い出したのはなんでなのかな?一緒に居る私に失礼じゃないのかな?リィンさんの何を見て興奮したのかな?ねぇ?ここにもあるよね?あんなに大きくはないけど、これはお兄さんのものなんだよ?なに?私の身体じゃ不満てわけ?》
(なんでこんなこと言っちゃうんだろう。お兄さんを困らせたくなんてないのに……胸がざわざわする……天女様、私おかしくなってしまったんでしょうか)
これまでならお兄さんに筒抜けだったメルニアの心が、今回は彼に知られたくないという感情のせいで、奇跡的に隠れることができていた。
焚火の火が揺れて、夜空は静かに広がっている。
反面、心はざわめき、静寂とは程遠かった。
転生者は馬鹿正直に、彼女の言葉にひとつひとつ答え続けた。
その答え方が誤りだとは知らずに。
正解は 一個一個反論しない でした。
※個人差があります。




