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群青と焔(あおとあか)  作者: 旭ゆうひ


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第三章 新生・彼編 焚火

そろそろサブタイトルが苦しくなってきました。

 結局、この日は、町へ入ることは叶わないらしい。

 その知らせを聞いたのは、あたりがすっかり暗くなってからのことだった。


 少女はひとり、馬車で休んでいた。

 体を休めることはできたものの、気は休まらなかった。

 原因は、メルニアの中にあふれ出した、お兄さんへの思いだった。


 彼女は、思いを隠しているわけではなかった。

 なぜなら、お兄さんには届いていないと、信じているからだ。

 だから彼女は、ただ素直に、まっすぐな思いを抱いていた。

 ……それがまるごと伝わっているとは、露ほども思っていないのだ。



 転生者は、複雑な人間関係に満ちた現代社会で、自分を偽り、抑え込んで生きる術を身につけていた。

 彼の思考、感情、記憶は、メルニアには必要最低限の範囲に絞って伝えることができる。

 一方で、メルニアは自身を偽ることを知らない。

 感情を抑える術を覚えたのも、最近になってからだった。


 メルニアは、お兄さんがすべてをさらけ出しているはずだと信じていた。

 だが、その想いは自分には届いていないように感じられた。

 だから、きっと自分の思いも同じように届かないのだろう――そんなふうに無邪気に考えていた。


 転生者はそれでいいと思っていた。

 なにせ、身体はメルニアなのだ。

 今後、メルニアとして生きていくことになるのは必然だろう。

 だからこそ、メルニアを理解しようと、静かに見守ってきたのだ。

 まだ二日程度ではあるけれど、すでに成果はあり、これからも期待できるはずだ。


 しかし……。


(俺みたいなおじさんに、頭の中まで覗かれてるって嫌だよなあ……)

 そんな思いが、彼の胸を締め付ける。少女の胸ではない。魂状態の彼の事である。


 (融合を受け入れるとは言ってたけど、今この瞬間、てか、ずっと一緒ってなあ……)

 不安がこみあげてくる。

 彼は周囲に、特に若い女の子に必要以上に気を使う性格なのだった。


 (申し訳なくて……涙が出そうだ)

 むろん、魂の話であるから、少女の体が涙を流しそう、というわけではない。


 


 少女の体に宿るふたつの魂は、それぞれの思いを胸に、物思いにふけっていた。

 窓の外は、すでに漆黒の闇に包まれている。

 少し歩けばたどり着く市門は、今は固く閉ざされ、人々の出入りを硬く拒んでいる。

 まるで、最初から誰も寄せ付けないかのように。


(俺はメルにゃんに、何をどうしてやればいいんだろう……)


 そんな思考の渦中に、コンコンと馬車の扉を叩く音が響いた。


「お嬢さん、野営の準備ができました。よろしければ、ご一緒にいかがですか?」


 護衛の冒険者が、やわらかな声で呼びかける。


 ドアを開けてみれば、女冒険者が立っていた。

 おそらく、これも、ハシモの気遣いだろう。

 見知らぬ厳つい男性冒険者よりも、歳が近い同性冒険者の方が接しやすいだろうという。


 《彼は本当にすごいな。……頭が下がる思いだ》

 《え?誰のこと?》

 《ハシモ殿のことだね。こんな風にしっかり人を見て、動かせるのは簡単なことじゃないよ》

 《……?》


 案内役の女冒険者の後をついていくと、ハシモをはじめ商隊(キャラバン)の面々が車座になって火を囲んでいるのが見えてきた。

 同じような焚火の輪があたりにいくつかあるのは、同様にして町へ入れなかった人たちだろう。


 《部隊を誰に任せるかっていう、人事は重要だろう?》

 《そうだね。それで勝敗が分れるといってもいい》

 《戦場以外でも、それができる人って立派だと思わないか?》

 《……ハシモ殿が、そうだと?》

 《そうだよ。ほら、あっちの人が迎えに来ていたら、ドアを開けた瞬間、身構えたかもしれないだろう?》


 焚火を囲っている男性冒険者を視線で指示した。

 たしかに、あの筋骨隆々で、顔に傷のある男が立っていたら、戦士であるメルニアでも身構えただろう。


 《そんな気を遣わせず、安心して誘いに乗れるようにって、この女性を選んでくれたんだと思うよ》

 《なるほど。……そしてお兄さんはそれを見破ったんだね?すごいな、お兄さんは!》


 照れたような、少し困ったような感情(かお)で短く、礼を言う転生者。

 《うん……ありがとう》


 メルニアは、転生者のその声音に、ふと不安がよぎった。

 それは、自身の言葉が、お兄さんの好みよりも過剰だったかもしれないという不安だ。

 しかし、言った言葉をなかったことにはできない。


 転生者を意識するようになってから、彼がすることなすこと、どこか眩しくて、目が離せない。

 意識する前は、もっと冷静に状況判断ができていたはずなのに。


 ――でも、お兄さんは事実カッコいいから、しょうがない。


 メルニアの目は、少しづつではあるが、確実に、曇り始めていた。

 恋は盲目とは、まさにこういうことを言うのだろう。


 メルニアからの向けられる想いを、こそばゆく感じながらも、伝えたいことは伝わったようなので、少し笑って良しとする転生者であった。



 焚火に近づくにつれて、薪の煙の臭いに交じって、焼けた肉やチーズの焼ける香りが漂ってくる。

 腹の虫が、忘れていた役目を思い出したかのように、大きな音を立てて『空腹』を主張し始めた。

 そういえば、お昼ご飯を食べていなかった。


 今朝食べたギャル天女の朝ご飯を思い出しながら、焚火の輪に加わった。


 そこで初めて知ったのだが、商隊は全員で千人を超え、ハシモが直接指揮を執っているのは四百人を超える、一団の中でも最大規模のものだという。


 もはや、村が移動しているかのような規模だった。

 そんな規模だからこそ、町へ入るのに審査が厳しく時間がかかっているのも無理はない。


「いつもの事なのよ。大体、二~三日で入れるようになるわ」とは、案内してくれた女冒険者の言葉だった。


「冒険者って、どんなことをするんですか?」


 この世界の住人ならば知っているかもしれないことを、何も考えずに聞いてしまった。


 やはり異世界から来たばかりの者としては、気になって仕方ないのだ。

 『異世界で気になるモノランキング』で言えば、トップファイブに入るだろう事は間違いない。

 ちなみに、他の四つは、魔法、ドラゴン、他種族、モンスターだろう。


「あら?冒険者に興味あるの?」

「はい。私の周りにはいなかったものですから」


 メルニアの記憶の中には、冒険者に会った記憶が残っている。

 けれどそれは、あくまで彼女の記憶――つまり、転生者ではない「メルニア」の体験だ。

 今となっては、自分の経験ではあるものの、やはりまだ完全な融合がなされていないため、どこか夢を見たかのような感覚だった。

 だからこそ、転生者は自身の意識のはっきりしている今、自分の経験として話を聞いてみたいのだ。


 嘘ではない。ただ、すべてを話す必要がないだけだった。

 女冒険者は、焼けたチーズをパンに乗せながら、にっこり笑って答えてくれた。


「そうね、冒険者にもいくつかの種類があるわ。ひとつは、遺跡の探索なんかを専門にやってる、『トレジャーハンター』。もうひとつは、希少な魔物を狩ってる『モンスターハンター』。あとは私達のような何でも屋ね」


 彼女に倣い、焼けたチーズをパンに乗せてかじりつく。

 溶けたチーズが芳醇な香りを放ち、唇に絡みついて熱かった。

 思わず「熱っ」と声が出そうになりながらも、やけど寸前の美味しさに舌鼓を打つ。


「遺跡って、ダンジョンとかですか?」

「そうよ。私たちも腕を磨いて、装備も整ったらダンジョンに潜りたいと思っているわ」


「モンスターハンターっていうのは?」

「魔物の中には、希少な素材を持つ奴がいるの。そういったものを狙うのがモンスターハンターね。でも、辺境の薬草なんかも彼らがよく受けてるわね」


 女冒険者――リィンという名の、女魔法使い(ウィッチ)は温めたワインを銅のカップに入れて、それを両手で持っておいしそうにすすっている。

 少女の中の転生者はそれを見て思う。

(ホットワインにはシナモンとか入れるんじゃなかったっけ……確か、ギャル天女が持たせてくれてたな)


「薬草なのにですか?」

「ええ、そういった薬草の周りには、当然ながら厄介な魔物がいるってわけ。だから、彼らの力が必要なのよ」


「何でも屋っていうのは?」

「失せ物探しや、どぶ攫い。家庭教師や護衛、その反対にひ…」「やめろ!……お嬢さんに聞かせるような話じゃない」


 マジックバッグの中から、シナモンスティックをひとつ取り出そうとしているところだった。

 みれば、あの強面の冒険者が、女冒険者を睨み発言を控えさせたようだった。


(護衛の反対の「ひ」……「人殺し」かな?すでに経験済みだ。融合前だけでも数十人。融合してからも、三十人は……日本にいたころだと、絶対にありえなかったな)


 《お兄さん大丈夫?なんだか辛そうだよ?》


(感情が漏れてしまったのかな……メルにゃんに心配させてしまった)


 《大丈夫だよ。すこし、考え事をしていただけなんだ》

 《本当?無理しないでね?辛いときは一緒に頑張ろうね?》

 《うん……ありがとう》


 優しく、強い。

 たったそれだけの事なのに、心に響く。

 きっと、おじさんになってから、あまりそういったことがなかったからだろう。

 普通に出合っていたら、そして、もう少し大人だったら惚れてしまっていたかもしれない。


 彼女が特別なのではない。

 おじさんには、そういった特性を持つ人がいる。という話だった。


 メルニアには伝わらないように心の奥底で思うのだった。



「私の事はお気になさらず。冒険者がどんなものかを後学のためにも、知っておいた方がいいと思っていますので。ぜひお聞かせください」


 そう言って、ハシモに視線をやると、彼は頷いて助け舟を出してくれた。

「ミルユル殿が仰ることはもっともだ。キーン、お前の優しさは認めるが、今は少し厳しさを併せ持っておくれ」


 『キーン』というのが、強面の男性冒険者の名前のようだ。

 その装備品から見れば、戦士(ファイター)のようだ。

 鎖鎧と盾という装備から、比較的オーソドックスな戦闘スタイルなのだろう。

 リィンは女魔法使いだった。

 二人以外には、盗賊(スカウト)野伏(レンジャー)薬師(ヒーラー)の計五人のチームだということだ。


「えーっとね、家庭教師や護衛のほかには……人を脅したり、その――悪いことをする冒険者もいるの。だから、冒険者だからといって皆が皆、信頼していいってわけじゃないの」


 リィンはかなり言葉を選びながら話していた。


 

 《ねぇメルにゃん。一応確認なんだけど、この世界でも、人を殺すのって駄目だよね?》

 《当たり前だよ、お兄さん。でも、お兄さんの記憶にあるような何が何でも、という感じじゃないね。必要であれば、殺すし、殺すことが『悪』ってわけじゃないね》

 《あの復讐の事を、話したりするのはアリ?》


 あの復讐というのは、メルニアを一度殺した盗賊たちを殺したことを指している。


 《それはやめた方がいいな。私たちは正しいことをした。けど、殺しを自慢するのは、戦場での事に限定した方がいい。でないと、さすがに、やばいやつだと思われちゃうよ》


「わかりました。でも、対人戦なら私にも多少の自身はありますから。ご心配おかけするようなことはないかと」

 そういって、にっこりと笑って見せた。

 それは、焚火の炎に照らされて、この赤毛の少女は、一四歳とは思えないほどの妖艶さを纏っていた。


 ぱちりと薪がはぜる音があたりに響く。


 焚火を囲う一同は皆一様に『背伸びしたがる年頃なんだね』という、生暖かい視線を向けてきていた。

 転生者からしてみれば『まぁそうなるよね』といった、予想の範囲内だった。

 しかし、ここの場で一人、それに異を唱える者がいた。


 そう、メルニアである。


 少女の中にあるメルニアの魂は、戦士である。

 大陸の西部の大部分を占める、草原の民の戦士なのだ。

 部隊を率いて、有事の際には先頭に立ってその剣をふるう戦士なのだ。


 その誇りゆえに、皆の視線を受け入れることができなかったのである。

 立ち上がり、一同を睥睨する。

 その様はまるで、歴戦の勇士のように、堂々としていた。


 そして、彼女の心の中では、メラメラと炎が燃え上がっていた。


 《メルにゃん、落ち着いて。ねぇメルにゃん!》

 《落ち着いています。しかし、あのようなまるで子供を見るように見られては、私の!我が一族の誇りが許しません!》


 彼女の声は魂の領域で転生者にだけ聞こえる。

 転生者は思い出す。

 メルニアは戦士なのだ。

 多くの命の上に立つ、誇り高き戦士なのだ。

 その誇り高い魂が感情の高ぶりによって激流となり、転生者の意思を押し流すかのようだった。

 そしてそれが肉体の主導権を一時的とはいえ取ってしまう。

 魂の融合が果たされれば、この現象は「感情が高ぶって、つい取り乱した」という表現をされるだろう。


 しかしいま、このふたりの場合は――読者のために例えるなら、馬車の御者とその助手のような関係だろうか。

 基本的には、お兄さんこと転生者が肉体の主導権を持っているが、メルニア側にも、手綱は存在するのだ。

 現状では、お互いの同意、あるいは強い感情の波によって、一時的に主導権が入れ替わるという形となっている。

 とはいえ、融合しつつある魂は、もはやどちらのものとは言い難い部分なども出てきているのだ。

 まるでインクが交じり合うかのように、その境界線が曖昧になってきている部分が、それだった。

 いずれ、転生者とメルニアという境界は消え、あえて表現するなら『新・転生者』となる。

 だがそれは、まだ先の事であった。



 『どう見ても子供』が自信満々に発言すれば、その道のプロの前で言えばこうなることはわかっていたはずなのに……転生者はその感情を共有しないまま、少しだけ反省をする。


 しかし、魂の融合は確実に転生者にも影響を与えている。


 《そうだね。なめられたままなのは、好きじゃないな。怪我をさせない程度に、やってやろうか》

 《そうこなくっちゃ!》


 焚火の炎に照らされた、少女の黒瑪瑙のような瞳は、見開かれ、まるで決闘に挑む戦士のそれだった。


 次の瞬間、彼女の口から放たれた言葉に、一同は息をのむことになる。

面白いと感じたら、イイネと高評価してくれたら励みになります。


よろしくお願いします。


あ、ついったでお知り合いに広めてくれてもいいのよ?



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