第三章 新生・同僚編 影の中の光
キャラが一気に4人も・・・私を殺す気か?
黒く重厚な扉が目の前に聳え立っている。
11歳の少女であるリアはもちろん、隣のルーを見ても見上げるような姿勢だ。
王女は来るたびに不満げな顔をしている。
だが、それも無理はない。
そもそもここは子供が出入りするような場所ではないのだから。
ルーが符丁にそって扉を叩いた。
3回、2回、4回。
少しして、小さな覗き窓が開いた。
成長途中であるリアには、それは高すぎた。
中で覗いている者からも、リアの姿は見えなかっただろう。
「誰か?」
野太い声が扉の内側から響く。
それに対して、ルーが取り決めに従って返す。
「雷雲は夜明けを前に去り、世界は黄金色に染まる」
この言葉を合図に、しばらくして扉は軋みながらゆっくりと開き、二人を奥へと誘った。
そこは小部屋となっており、扉を開けたのは、扉よりもなお大きく、屈強な蜥蜴頭人だった。
彼の肩には、柳華楼の関係者を示す『柳の華』の刺繍が施された、赤地に金の縁取りのタスキが掛けられ、腕には同じく銀細工の腕輪が付けられていた。
だが、何よりも目を引いたのは、異様なほどに盛り上がった筋肉――それでいて鋼のように引き締まった体躯だった。
鱗は、まるで青い宝石のように――ターコイズ色に輝き、その表面には金色のマトリックス模様が走っていた。
まるで神々が彫り上げた芸術品の如く、その姿は見る者に畏怖と戦慄を抱かせた。
光を受けるたびに煌めく鱗は、まさに宝石のようだった。
「すごい……キレイで……かっこいい!」
驚嘆し、感動して、感嘆の声が漏れていた。
リアの中には、本物のリザードマンを見た記憶はない。
もちろん、転生者の記憶にもあるはずがない。
あるのは、ゲームやアニメなどに描かれた『絵』の中の姿だけ――あくまで、二次元の空想上の存在だった。
それがいま、目の前にいて、動き、喋ったのだ。
ただそれだけのことが、どうしようもなく胸を打ったのだ。
リアがそっと手を振ると、彼は目を細め、微笑むように口元をゆるめた。
ビタン、と音がして視線を向ければ、尻尾が楽しそうに左右へ揺れている。
子どもも、大人も関係ない。ただひたすらに、心が揺れたのだ。
小部屋の奥にはもうひとつの扉があり、そこには同じ印を身に着けた女性が控えていた。
その姿は金髪ポニーテールで、白衣に緋袴――。
「巫女さんかよ!?」
この世界で初めて触れた故郷の文化だった。
「やはり、俺だけじゃないんだな」
そう思うと、妙に安心感を覚えるのだった。
しかし、驚いたのは巫女装束だけではない。
彼女の眼は黒いレースのアイマスクで隠されていたのだ。
「先輩方――趣味が特殊すぎる!」
あまりの衝撃に、自分がここへ何をしに来たか忘れてしまいそうだった。
リアは鼻息荒く、柳華楼の二人を見て、喜びを抑えきれずにいた。
「リズ?……リズ?」
「生きていてよかった!こんなに素晴らしいものをこの目にできるなんて!」
もうすっかり興奮し、お忍びで来ているということすら忘れていた。
「リズ!」
「え?なに?」
「なんですか!だらしない顔をして!それでも――それでも我が主ですか!」
「だって!あのリザードマン綺麗でかっこいいし!目隠し巫女さんもいるんだよ!」
「リザードマンについては同意しますが、巫女ならば、大聖堂にもいるでしょう?」
「……えぇ?」
驚きのあまり、思わず低い声が出てしまった。
巫女さんはどうやらそれが面白かったらしく、お腹を抱えて笑っている。
……リザードマンには受けなかったようだ。
「あーおかしい!」
巫女さんがアイマスクを付けたまま、こちらを向いてしゃべりだした。
「たしかに私は珍しいよ。その子が言ってるのはきっと『女夢魔)』なのに、聖職者の格好をしてるってことじゃないかな」
なおも可笑しそうに笑い続ける巫女さんのその言葉に、ルーは驚きを隠せなかった。
「女夢魔が……巫女姿?」
「くっくっく……ここは初めて?」
「いや、何度か来たことはあるが……」
「じゃぁ 私らがここにくる前だろうね。私らはイナンナに拾われて来たんだ。あんたらも似たようなものだろう?違うのかい?」
「ボクらはイナンナの……友人、ってとこかな」
「へぇ!あの女に友人がいるとはね!しかもこんな小さな子供ときた!」
「あはははっ 彼女はボクらの大事な友人なんだ。くれぐれもよろしく頼むよ。美人のお姉さん」
「くっくっく、これをしてるのに、顔なんてわからないだろう?」
アイマスクの端を、ちろりとめくってみせながら、彼女はリズの顔を覗き込んだ。
「わかるさ!その瞳を見るまでもない!君は美しいよ!お姉さん!」
「くっ……こいつ」
そういった女夢魔の顔はみるみる赤くなり、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
「用事。あるんだろう?」
野太い声のリザードマンがそう言うと、リズとルーラははっとして本来の用事を思い出した。
しかも、時間が限られているということも。
「いいよ!二人には敵意はない!通っていいよ!」
「こちらも問題ない……そもそも、この二人はイナンナ様の特別な客人だ。検査の必要はない」
どうやら、今の間に警備上の観察がされていたのだろう。
これは後でわかることだが、女夢魔は相手の心を覗くことができ、敵意の有無を確認する。
もちろん、敵意を持つ者ならばこの時点で、それなりに対応がなされるのだ。
そしてもう一人のリザードマンは、蛇が持つピット器官のようなものの、超強力なものを持っているらしく、なかでも彼は群を抜いているらしい。
彼はドアを挟んだ状態でも、相手の隠し持っている武器を発見できるという。
それを聞いたリアは、ただ一言こう言って感動したという。
「異世界って……すげぇ!」
リザードマンに促され、裏口とは思えないほどの豪華さを備えた廊下を進む。
魔法の灯りで照らし出された廊下は、絵画と美術品で彩られていた。
これは、正面から出入りできない要人のためのものだった。
この柳華楼が社交クラブとして建設されてから、ここを使う要人はといえば、リアくらいのものであったが。
階段を上り、楼主の部屋まで来るとそこには、扉の前で待つ楼主『イナンナ』の姿があった。
「お待ちしておりました――リズおぼっちゃま」
深々と頭を下げ挨拶すると、楼主自ら扉を開けて、中へと促した。
部屋の中は、壁一面に書棚が並び、帳簿や名簿がぎっしりと収められている。
調度品の数は控えめながら、全体は上品に整えられていた。
案内されたソファーに腰を下ろすと、秘書が香り高い紅茶を、二人の前にそっと出した。
二人はそれに手を付けず、先に挨拶を交わす。
「急に訪ねてしまって悪かったね」
「とんでもございません。今の私があるのもリズ様のおかげです。いつ何時いらっしゃったとしても大歓迎ですわ」
「イナンナ、お茶が冷めてしまったようだ。取り替えてくれるかい?」
「……かしこまりました。メリッサ、井戸から水を汲み、魔法で浄化。それを弱火で――いい?弱火で、じっくり沸かしたお湯で、紅茶を淹れてきなさい」
メリッサと呼ばれた秘書は、顔色を変えることなくお辞儀をすると、そのまま部屋を出ていった。
しばしの沈黙が流れる。
ここまでが、三人の間で交わされた符丁だった。
一連のやり取りが、本物である証として機能する――それが、この場所のやり方だった。
確認後、三人は肩の力を抜き、ソファーへその身体を預けた。
まだ少し暖かい紅茶に口をつけて「おいしい」と漏らす。
「――ところで」と王女は口を開く。
「うちの騎士団に『セイラン』という若い見習いがいるんだが、見込みがあってね」
イナンナの顔色が変わる。
「はい」
「先日13歳になったんで、ちょっと早いけどね。剣を一振り送っておいたよ」
「……はい」
「泣かないでよ」――王女は、ほんのすこしだけ笑ってみせた。
イナンナは立ち上がり、王女の前で跪くと首を垂れた。
「私などを拾っていただいたばかりか、我が子まで取り立てていただき……そのうえ……騎士に……」最後の言葉は、涙に溶けて消えた。
「ここの楼主がそんな姿を見せるもんじゃないでしょう?」
リアが優しく声をかけ、その手を取って、椅子へいざなった。
「殿下、そろそろ本題へ、お時間が」
「そうね……イナンナ、今日は……セイランの報告だけで終れたらよかったのだけれど、少し相談事があってきたの」
イナンナは涙を拭き、大きくひとつ息をついた。そして次に顔を上げたときには、もう社交クラブの楼主――いや、情報ギルドのマスターの顔に戻っていた。
リアとルーが視線を交わして後、ここ数日でリアの身に起こったことを、ルーが詳細に伝えた。
「委細、承知仕りました。たとえ何者であれ、我らが夜明けを遮ることは叶いませぬ」
この【夜明け】というのは彼女達が使う言葉で、リアの治世を指しているのだという。
リアの記憶によれば、少し恥ずかしいという感情と、期待にこたえなければという思いがあった。
もちろん、今のリアも、同じ思いだった。
簡単に打ち合わせを行い、あとはイナンナへ任せるという、ほぼ丸投げの状態ではあったが、それだけイナンナを信頼しているという表れでもあった。
リズとルーラが馬車で去るのを見届けると、柳華楼の者たちは一斉に動き出した。それぞれが、依頼をこなすための役割を果たすために。
指示を出し終えたイナンナは、楼主の椅子にその身を投げ出すように腰掛ける。
「枢密院ではなく、ここへ持ってくるってことは……王宮の中にも、シルヴァン以外に不審な者がいるということね」
使い込まれた、重厚な作りの机の引き出しから、魔法のお手紙セットを取り出して、封印を解く。
夜までにこの手紙を出せば、明日の昼前には相手の手に届くはずだ。
我らが夜明けを守らなければならない――イナンナは、できれば関わりたくない魔女への手紙を書き進める。
『親愛なる、金色の王女にして玉座の娼婦、白き闇の魔女、金貨300枚の借金持ち、ウル・アスタルテへ。仕事です。至急、柳華楼へ』
手紙はそう記されていた。
銀髪金眼の白ゴスロリ幼女の魔法使いが、転げ込むように楼主の部屋に出現したのは翌日の夕方。晩御飯前のことだった。
「よう!借金チャラにしてくれるんじゃろうな?」
無事死亡しました。 私が。




