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第三章 新生・同僚編 仮面

陰謀とかよくわからない・・・

 甘い香りがする。

 誰のものか、どうしても思い出せない。

 けれど、その香りに触れた瞬間、心の奥が甘くざらついて、あるはずのない感触がおでこに、ふと蘇った。

 まるで……いつかの夢を、再び見ているかのようだった。


 そして眩しさが、世界を満たしていく。

 少女は、ゆっくりと顔をゆがめた。


 リアの意識が、ゆっくりと眠りの淵から浮上していく。

 途中で、心と身体がわずかにズレているような感覚があった。

 それは、ほんの短い――けれど確かな、揺らぎだった。



 ……誰かが呼んでいる? それとも、音楽?


 耳に優しい声が聞こえる。 

 いつもの声だ。

 いつもお世話をしてくれる侍女の……名前は何だっけ?

 そうだ、名前は『ルー』――『ルミナ・アストリア・ソレイユ』だったはずだ。


「ルー?まだ眠いよ……」

「殿下、お気持ちは分かります。ですが、昨夜、夜更かしされたのでしょう?自業自得ですよ?」


 揺さぶられ、沈み始めた意識が再び、睡眠の淵から浮かび上がってくる。

「……夜更かし?」

「何か香水を使われたのでしょう?――まだ香りが残っておりますよ」

「えぇ?よく覚えてないなぁ……」

「こんなに上質な香り……王族の方々でも滅多に使えるものではありません。という事は、殿下ご自身がご利用になられたと考えるのが自然でしょう」

「……そうなのかな?……そう、かも……」


 ――正直、覚えていない。

 ただ昨夜、誰かと一緒だった……気がするけど……。


「昨日、誰かが……ここに居たって事は?」


 ちらりとルーの顔を覗いてみる。

 そこにあったのは普段の優しい笑顔ではなかった。

 真剣な、それでいて非常に厳しい、護衛の顔だった。


「殿下、もしそれが本当だとしたら……警備体制の見直しが必要ですね。いつ頃の話か、お分かりになりますか?」

 最後には、心配を和らげるように微笑みが戻る。

 その変化に、リアは少しだけ胸があたたかくなった。


 なるほどねぇ――と、転生者は彼女の表情の作り方に密かに感心していた。

 まさに、子供に対して、安心感を抱かせるためのものだったからだ。

 いくら、リアの身分が高いとはいえ、まだ子供なのだ。

 萎縮させてしまっては、聞き出せるものも聞き出せないだろう。

 だからこそ、安心させる笑顔を作ったのだ――と、転生者は考えた。


 とはいえ、肝心のリア本人には、やはり記憶がなかった。

 どこかで嗅いだ香りが、確かにしている。

 だがそれがどこでのものか、思い出せないでいた。


 押し黙るリアを見て、不安を感じていると思ったのだろう。

「殿下、ご安心ください。殿下の身は必ずやこのルーがお守りします」

 両手を握って、力強く、けれど優しく――筆頭侍女の誓いだった。

「今度こそ――たとえこの身に代えましても」

「ありがとう。でも……無理しないで。わたしにとって、ルーは大事な人だから」

 主人の言葉に涙を浮かべ、その両手に自然に力がこもる。


「……いたい」

 はっと手を放すルー。

「も、申し訳ございません!」


 慌てる彼女に笑顔で答えて、リアは言葉を続ける。

「それに、ルーが怪我でもしたら、カイルとセレネに怒られちゃうもの」

「弟たちの事まで、気にかけてくださり有難うございます」

 そういって、深く頭を下げたあと、きっぱりとした口調でルーは続けた。

「ですが、そのような心得違いをするような弟ならば、私が鉄拳制裁してやりますよ!」

「ふふふ、ルーったら怖いお姉さんね」


 二人の笑い声が寝室を満たす。

 それは窓から差し込む朝の光よりも――リアの心を、あたたかく、優しく照らしてくれたのだった。



 朝食後の事。

「ねぇ……これ、意味あるの?」

 典医に加えて、宮廷魔術師もこの場にはいた。

 彼らはリアの経過観察に来ているのだ。

 さらに、父王と王妃まで。

「殿下、皆さまは殿下を心配されて、こうして集まってくださっているのです。【効果】があるかは私にはわかりかねますが、意味がない事ではありませんよ」

 そう侍女が嗜めると、その言葉に便乗するかのように口を開いた。

「そうだぞ。お前は我らの宝なのだ。この国を背負う運命(さがめ)とはいえ、まずは我らの愛する娘なのだ。親としては、心配して当然であろう?」


「申し訳ございません。心得違いをしておりました」深々と頭を下げる。

 確かに言われてみればその通りなのだ。

 転生者には子供はいなかった。

 だが、もしいたなら、その子が無残にも殺されそうになっていたなら?

 ――その幼き命が奪われようとしていたならば、きっと心配で、胸が張り裂けそうになるに違いなかった。

 これが、家族というものかと俯き、小さく息をついた。

 いつの間にか、涙がこぼれていた。

 転生者は、おじさんである。

 どうにも涙もろくなる年頃なのであった。


「あなた、またリアの様子が……」

「う、うむ。死にかけたのだ、こういうこともあると聞いておる。そうだったよな、シルヴァンよ」

「左様にございます、陛下。此度のような大事を乗り越えた今、殿下にいささかの変化が見られるのも無理からぬことでございましょう。オルラ様におかれましては、次代を担うお方でございます。それゆえ万が一に備え、御内面のご様子にも心を留め、慎重に見守ることが、王家――ひいては国家の安寧の為に肝要かと存じます」


 シルヴァンと呼ばれたのは、黒髪に白いものが混じり始めた男で、年のころは40代半ば。

 魔術師らしく細身ではあったが、宮廷に出仕するものとして身なりは整えられていた。

 リアの記憶によれば、彼は彼女の魔法の先生だった。

 だが、その印象は、決して良いものではない。

 リアの記憶――今や、転生者自身の記憶となったそれでは……時折その瞳の奥に――背筋が粟立つような、暗く冷たい闇が潜んでいるように感じていた。

 それがなんであるのかを日本で、三十数年生きて、数多の視線を受けてきた転生者には、理解できた。


 【憎悪】


 そう――あれは、憎悪だ。

 彼のその感情が、どこから来ているのかは分からなかった。

 リアの魔法の実力は、控えめに言っても優秀な方だ。

 ならば、【生徒のリア】に対するものとは思えない。

 あの視線は、いつ、どこで、誰に向けられたものか?

 【どのリア】に注がれた憎しみだったのか?

 あの瞳、あれはきっと、害をなす眼だ。

 子供相手なら、隠すことも、ごまかすことも出来ただろう。

 しかし――今のリアは違う。

 リアはその柔らかな笑顔の裏で、その男を、『シルヴァン』を要注意人物と記憶に深く刻み込んだ。


「リア?……リア?大丈夫ですか?」

 気が付けば、母上が話しかけておられた。

「はい、大丈夫です。すこし……眠いだけですから」

「無理をしてはいけませんよ?」

「大丈夫です、母上。リアはすぐにでも護身術の稽古が出来そうなくらい、元気です」


 シルヴァンが一歩前に出て、丁寧に一礼する。


「ご回復の兆し、何よりでございます、オルラ殿下。……突然の出来事でしたが、こうしてご無事なお姿を拝見でき、安堵いたしました」


 王女はそれを、柔らかな笑顔で受け止めた。


「ありがとうございます、シルヴァン先生。ルーから聞きました、先生があの場にいてくださったと。おかげで今このようにして、お会いできるのだと思うと……感謝しかございません」


 その瞬間、シルヴァンの表情がほんのわずかに、しかし確かに――揺れた。

 すぐに戻った笑顔は、完璧な宮廷人のそれだった。


 ――リアはその裏に隠されたものを見逃さなかった。

 彼の瞳の奥にある闇は、まだそこにあった。

「先生もお疲れでしょう。どうかご無理なさいませぬように……皆さまも」

 王女の瞳が、静かにその場の全員を見渡す。

 表情はあくまで微笑を保ったまま――。

 その声は穏やかで、優しさに溢れたものだった。

 けれど――彼女に長年仕えてきたルーは、そこに込められた本当の意味に気づいたようだった。


 穏やかな声を発したリアに、ルーはそっと伏し目がちにうなずいた。

 その仕草に――王女は気づいた。

 彼女はわかっている。王女の言葉に、何が込められていたのかを。


「有難うございます。ですが、御身の尊さを思えば私ごとき者の事など些事でございます。我ら宮廷魔術師一同、命を賭してでも殿下をお守りいたします」


 シルヴァンは王女の言葉に、かすかな違和感が胸をよぎった。

 声の調子、眼差し、言葉の選び方――どれも、以前とは本質的に……何かが違う。

 だが、その思考は長く続けることはなかった。

 所詮は子供。王族とはいえ、相手はまだ少女なのだ。

 そう結論づけた彼は、違和感を意識の底へ沈めたのだった。


 対する王女は、穏やかな微笑を浮かべたまま、彼の顔をその視界に収め続けていた。

 何も言わず、しかし油断せず。その視線は、確かに何かを測っているようだった。


 やがてこの場にいた皆は、王女の無事を確認し、安堵の表情を浮かべながら、次々と退室していった。

 シルヴァンもまた、儀礼的な一礼を残し、その列のひとりとして静かに退室した。

 重々しい扉が閉ざされると、寝室には王女に仕える侍女たちだけが残された。

「……皆、下がっていいわ。少し眠るから」

 王女の柔らかな声に、侍女たちは一斉に美しい礼を取って退いた。

 そして、最後に残ったのは――ルーひとり。


「ルー、ちょっと付き合ってほしいところがあるの。一緒に来てくれるかしら」

 そう言うと王女は一人で、クローゼットを開けて奥から、変装用の衣装を取り出した。

 ――いつものように、届け出なしの外出。その相棒たる共犯者に、王女はさらなる『罪』を重ねる誘いをかけ、その小さな手を差し出した。


 リアは、覚えている。

 かつて何度となく、こうやって城下へ無断外出したことを。


「もちろんです、我が主君(マイロード)。――リズが行くところなら、どこへでも!」

 早くも変装時の名である『リズ』と呼んで、自身はその名乗り――『ルーラ』になりきって、元気よく返事を返したのだった。


 行き先は『柳華楼』、月明かりの下に咲く華の館。

 元宮廷女官にして裏の盟友・イナンナ。

 そこで何が語られるか、ルーも既に察していた。


 けれど、そこへ向かうには、賑わいの陰に潜む通りを抜けねばならない。

 王女の友であり、侍女であり、王女付き近衛女官である自分にとって、それは油断のならぬ道程だった。


「イナンナ……今回も、大変なお仕事になりますよ」


 心の中でそっとつぶやきながら、ルーは主の着替えに手を添えたのだった。




基本触れてこなかったから・・・じゃぁなんで書き始めたし・・・


王女なら必然・・・;;

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