第二章 転生・同僚編 枯れゆく者
第13回です。
オウラ・・・おうらり・・・ チラ オルラ・アウレリア・ルクスヴィカ・コローインフィーリンネ回です。
よろしくお願いします。
俺の名前は、オルラ・アウレリア・ルクスヴィカ・コローインフィーリンネ。
俺の名前は、オルラ・アウレリア・ルクスヴィカ・コローインフィーリンネ。
王宮の中で目を覚ました転生者は、今生の自身の名前を覚えようと必死だった。
目を覚ました娘を、両親が心配そうな顔で見守る中、とにかく名前だけでもと、心の中で呪文のように唱えているのだった。
側から見れば、心ここに在らずで、ブツブツと何事かを呟いている、怪しい事この上ない。
いつの間にか声に出ていたらしい。
王も、我が娘でなければ、衛兵を呼んだかも知れなかった。
「典医……大丈夫なのか?何やら様子が……」
「未知の【毒】、あるいは【呪い】の可能性もあります。しばらくは厳重な経過監察が必要かと考えます」
「――やはりか」
「あなた……リアは大丈夫なのでしょうか」
本人には聞こえないように気を付けているようだが、転生者にはまる聞こえであった。
どうやらこの身体……この子は、何者かによって『殺された』らしい。
……かわいそうに。
転生者は、そう思うにとどめた。
たしかに、少女の思いは引き継いだ。
それは――【家族への思い】。
だからこそ、もう一度殺されるわけにはいかなかった。
これ以上首を突っ込んだところで、どうにもできない。そう――まるで他人事のようにとらえていた。――いや、そう思いたかったのだ。
なぜならこれは――【自分が標的】であるということを意味しているのだ。
出来れば、関わりたくない。
笑顔でいれば、無害だとアピールすれば、きっと何もない。
平和なはずだ。
そう思い込もうとしていた。
現実を見るよりも、そんな妄想に浸っている方が楽だからだ。
一度は受け入れたつもりでいる【転生】。
現実というよりは、どちらかといえば妄想よりだ。
だったら――。
これも妄想であればいい。
だが、ふと、自分の――少女の手を見る。
にぎにぎと、当たり前のごとく、思い通りに動く手だ。
小さく、柔らかい、子供の手。
こんな小さな子を、殺すなんて……とその小さな手を握りしめた。
沸き起こる怒りを、今はまだ、どこにも向けることはできなかった。
「とにかく、警備の数を増やそう。術士も増員できないか【塔】に掛け合ってみるとしよう」
【塔】――魔法や呪い、古代遺跡などを研究しているいかにも怪しげな者たち。
というのが、この身体の持つ記憶だった。
転生者は知る由もないが、通常通りの融合は既に完了していた。
記憶があやふやなのは元々、詳しくないからだ。
とはいえ、そんなことはさておき――転生者は心を躍らせていた。
やはり【魔法】が実在するのか!
この体には申し訳ないが……やっぱり、転生してよかった!そう思わずにはいられなかった。
「典医、典医……今度は何やら笑い始めたぞ!これは本当に大丈夫なのか!」
「あなた……妾、少し怖うございます」
「な、なにせ未知の毒か呪いですから!」
そんな周囲の様子に気づかないまま、思わずニヤついてしまう転生者であった。
この後、この体を再び精密検査――とは言え、医者は離れたところからの指示と、魔術的な検査であったが実施され、自身の軽率な行動を反省したのだった。
検査の結果は、至って健康。
毒の痕跡も、呪いの残滓も全く発見されなかった。
王女が口にしたはず品からは、確かに毒と呪いも検出されたというのに。
医者も魔術師も首を傾げる中、当の王女――転生者はというと、早くも王宮内を探索に繰り出すという、信じがたいほどの元気ぶりであった。
王と王妃をはじめ「あの物静かだった王女が……?」と訝しんだが、しかしそれでも、無事である事を喜んでいた。
その夜。
いつもよりも、明るく大きな満月が観測された。
それは、強い風の吹く夜の事だった。
城内・城下を問わず、警備は倍増され、呪除けの護符や封術、結界が幾重にも張り巡らされていた。
凄腕の暗殺者も、大陸一の呪術師すら手も足も出ぬほどの――それはまさに、鉄壁の防衛陣だった。
そんな中、王女の寝室にひとつの影が――いや、光が現れた。
何の前触れもなく、まるで最初からそこにあったかのように。
見た目は“できる女”そのもの、ぴっちりスーツでビシッと決めた天女が、そこにいた。
「やれやれ……先輩のところでトラブルって聞いて、笑っていたらこっちまで飛び火するとは――これも理のうちなのかしら」
何もない空中から、書類を取り出して目を通す。
「あら?この子……ああ、私に好意を抱いてくれた――日本で、爆死?転生神様のお仕事じゃないんだねぇ」
天女は、暗闇の中、自身から発する光を利用して転生者――少女の寝顔を照らして、のぞき込んだ。
「なるほどね……そういう事なのね。なら、しょうがないか」
少女に手をかざしながら、書類に目を通していく。
「各種、耐性スキル正常――あらぁ?毒と呪が急激に上昇?」
ぺらりと書類をめくり、目を落とすと、そこには【毒殺】【呪殺】と記されていた。
「ふむふむ――その瞬間に、この子の魂が入ったから、耐性スキルが働いた感じかな。リアちゃんか、可哀そうだけど、運がよかったね。おかげで完全死じゃなかったよ」
天女は優しい微笑みで、少女の髪をなでた。
再び書類に目を落とし、作業を再開すると、またすぐに行き詰まる。
「……豊穣?この海洋国家で?……うーん?これも理の一部なのかしら」
小首をかしげ、指先で唇をなぞる姿は艶やかで、発光する身体と相まって、もし誰かが見ていれば――間違いなく天女と呼んだだろう。
「リアちゃんの、血統による発現?なるほど、初代皇帝の直系か。それで、ギフト持ちなのね。転生先としてはかなり【あたり】ね。ふふふっアリガトって言ってよね」
「先輩の真似ぇ」といいながら一人ウケている天女は、微妙に似ていない、だが気に入っているモノマネをするのだった。
「私があげた【ギフト】は、ちゃんと起動してるのかなぁ?【愛される】と【癒】は――まだかぁ。発現条件、満たして――ない?……うーん、まぁ、大丈夫でしょう」
ぴっちりスーツの天女は、スーツのしわを気にしながら、一息つくためにベッドに腰掛けると、改めて部屋の中を見まわした。
「お姫様だねぇ。前世とのマンションと比べたら、全然こっちの宮殿の方がいいでしょう?」
「ふふ、あの【善き人】がこんなにも愛らしい姿になるなんて――まったく、憎たらしい」
それは、憎悪ではない。
ちょっとした嫉妬である。
リアの頬を軽くつまんで、その可愛らしさに嫉妬したのだ。
彼女たち天女に幼少期など、あったのか――記憶は遥か彼方のものになり、もはや覚えていなかった。
そんななかで、目の前の少女は幼さゆえの純真無垢と、そして将来を約束された美貌の持ち主であった。
人知を超えた【麗しさ】の天女とは違う、未完成の美。
高々数十年という、儚さゆえの美。
永遠を生きる天女の【変わらぬ麗しさ】とは違う。
少女には、変わりゆくゆえの美が――枯れゆく定めの美が、今、この刹那の美が、あったのだ。
だからこそ「憎たらしい」なのだった。
どれほど願っても、決して手に入れることができないもの。
【定命】
理の輪の中にありて、理を護り、理を実行せし者。
世界の均衡を、図り、測り、諮り、そして――時に謀る者。
彼女の願いが何であれ――今宵もまた理に従って、魂を導くのであった。
たとえそれが、理の外の者であったとしても。
書類をそっと閉じ、最後にもう一度、リアの寝顔をのぞき込む。
その時、ふと先輩から聞いた話を思い出した。
それが羨ましかったわけではない。ただ少し――気になっただけだ。
そう、だから、おでこにキスしたことに、それ以上の意味などなかった。
けれどそれは、天女にとって深く、ほどきがたい【絆】を結ぶ行為であった。
天女は光の粒となってその姿を消した。
寝室に残されたのは、仄かに甘い香り――それが彼女の“在りし証”だった。
第13回でした。
オウラ・アウレリア・・・チラ オルラ・アウレリア・ルクスヴィカ・コローインフィーリンネ回でした。
よろしくお願いします。




