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第二章 転生・彼編 理

第12回 ・・・どうぞよろしくお願いします。

 湯気の立ち上る豚汁と、炊き立ての白ごはん。

 ひんやり冷やした冷奴、ほんのり甘辛いきんぴらごぼう、そして塩気のきいたふんわり玉子焼き。


 転生者は感動していた。

 こんなに暖かい朝ごはんは何年ぶりだったろうか。

 全部、彼の好きな献立だった。


 記憶を覗かれたのかもしれない――でも、そこに悪意はなかった。

 むしろ、こんな使い方なら大歓迎だった。


 お腹いっぱい食べて、一息ついた少女は大の字になって空を見上げていた。


「食べてすぐ横になったら、牛になるよぉ」

 そんな言葉も、懐かしい。

 子供の頃、よく親に言われたものだ。


「天女様、有難うございます」

「なぁに……いきなり」


 どこからか、小鳥のさえずりが聞こえる。


「俺、この世界に来てから、いろいろありました」

「そうだね。おにーさんは頑張ったよ」


 風が木々の間を吹き抜けていく。


「人を……殺し……ました」

「理の代行だし、気にしなくていいよ」


 陽の光が、今日は暑くなると告げている。


「多分……これからも」

「いいよ」


 頬を冷たいものが伝う。

「よいしょ」

 ギャル天女がやってきて、そっと少女の頭を抱えたかと思うと、自分の膝へと導いた。

 柔らかな感触と、仄かに香る甘い香り。

 涙が溢れてくる。


「一級天女にして、上級転生審議官――【天命(ツミカ)】の名において、全てを、赦します」


 転生者はおじさんである。

 アラフォーである。

 感受性の高い、泣き虫な漢である。

 泣くことを我慢しない男だった。

 そして今――膝枕の上で、全力で泣ないていた。



「すっきりした?」

「……もう少し、このまま」

 そして、情にもろくて……人並みにスケベでもあった。


「……」

「ああ、その冷たい視線もたまりません! あ痛っ!」

 少女の頭を放り出して立ち上がると、笑いながらいい放った。

「これだから、理の外にいる者は」

 ――だが、その視線には、どこか呆れと……ほんの少し、優しさも滲んでいた。


 風が肌を撫で、髪を弄ぶ。

 滲んだ汗に髪が貼りついていた。


「さっ、そろそろ行こっか。道々【ギフト】の話をするし」


 ギャル天女が指をひょいひょいっと動かすと、川面から静かに水が集まり、空中に球を成す。

 水球は静かに焚火を飲み込みこんだ。

 さらに周囲の土が盛り上がり、焚火の跡を飲み込んで、完全に痕跡を消したのであった。


「伝えなきゃいけないことがあるからね」

 少女は「よいしょ!」と勢いをつけて立ち上がる。

 ――もう少し、この時間が続けばいいのに。

 そんな思いを隠すために、明るく振舞うのだった。


 川沿いをのんびり下りながら、二人とひと柱は黙ったままだった。

 伝えなきゃいけないと言いつつも、それが終わればギャル天女が帰ってしまうのではないか。

 そんな寂しさから、先を促せずにいた。

「……言いたいこと、言うようにしたんじゃないの?」

 転生者からは、宙に浮いて先行するギャル天女の顔を見ることはできない。

 その言葉を、背中を押してくれているんだと解釈した彼は、努めて平静を装って口を開くのだった。

「ギフトの話……お願いします」

 ギャル天女は――振り返ることなく頷いて、その願いを叶えるのだった。

「……じゃ、講義の時間だよ、おにーさん」


「ギフトとは――転生者の【願いの結晶】――だから、おにーさんの【波の支配】は、波を制覇したいという思いを汲んで結実したモノなのね」

「サーフィンって意味でしたけどね」

「多少の齟齬はあるものよ」

「結構適当なんですね?」

「これも理の()のうちだし、舐めんなし――で、ギフトっていうのは成長するモノがあって、おにーさんのはそのタイプね」

「どうすれば成長するんです?」

「色々よ。とにかく使い込むことね。あと、チャレンジすること」

「チャレンジ?」

「そうよ。足踏みばかりしてても足は速くならないでしょう?」

 なるほどと頷く。

「限界まで走り込んで、そしたら限界を超えて走り込んで、その次は、次の限界を越えるのよ」

「根性論ですね」

「限界を超えるんだもの、気持ちは大事よ?特に、この世界ではね」

「剣と魔法の世界ですしね」

「……それはこの世界の一部に過ぎないわけ。あえて言うなら【神冥の(はざま)の世界】――【神話の息づく世界】でも良いわよ。あーしのオススメはこっちだね」

「シンメイノハザマ?」

 この世界にも【神】はいるの。あーしらとは別のね。で、所謂神様と、冥府の神様ってね」

「冥府……地獄ですか?」

「怒られるよ?違うし、全く別物みたいな――冥府は安らぎを。……冥府については、いずれ担当者にでも聞いて。あーしは【冥府】に会うの嫌だし」

「好き嫌いなんだ……」

「地獄は牢獄みたいな――理を穢したものの牢獄……かな?行ったことないからよくわかんないや」


 途中休憩を挟みながら、かなりの距離を歩いた気がする。

 陽も中天を越えた頃に、昼食をとり、再び歩き出す。

 また『美味しい!』と連呼して、ギャル天女を笑わせていた。


「おにーさんの【ギフト】は文字通り、あらゆる【波】を思い通りに出来るのね。音波や電磁波、重力波、衝撃波とかもそうね」

「あー……結構科学的ですね」

「そりゃね。だってまだそれ的な概念のない世界だもの」

「何が出来るんでしょう?電子レンジの代わり……ですかね」

「昨日の夜、森を走ったでしょう?あの時とか周りがはっきりわかってたでしょう?電磁波によるエコーロケーションね」

「おお?」

「同じく短剣の錆を落としたでしょう?電磁波による錆落とし」

「ああ」

「……さては、わかってないな?これはすごいことなんだし。成長していけば、どんだけ離れててもリアルタイムで情報を知れたり、知らせたり。さらにはこうしゅちゅろく……こうしゅしゅりょ……」

「言えないの、可愛いですね」

「んー!!もう!全力でぶっぱすれば、レーザービームみたいな!」

「おお!」

「熟達すれば離れたところで、発生させることも出来るし、衛星兵器かよ!って突っ込むこと間違いなし!」

「うおおお!」

「重力波――といえばぁ?」

「はっ!……まさか、ブラックホール!」

「正解!でも気安く使っちゃダメだからね。惑星レベルで影響出るから!」


 まるでオタク同士の会話のように盛り上がる中で、少女の中のメルニアは、最初こそなんとかついて行こうと頑張っていたが――中盤に差し掛かった頃には、お空の雲をぼんやりと眺めていたのだった。


「俺の貰った【ギフト】強過ぎませんか?」

「ちゃんと理に沿ったものよ。安心して使えば良いわ」

「……はい」

「【ギフト】は【願いの結晶】つまり、それだけ――おっと、守秘義務。コンプラ、コンプラ」

 ふふふと悪戯っぽく笑う。その笑みがあまりにも可愛くて。

「めちゃくちゃ気になりますね」

「答えが出たら、答え合わせはしてあげるし」

「それって――また会えるって……事ですよね」

「おにーさん次第だし?」

「どうすればいいんでしょうか」

「精一杯生きてれば、少なくとも1回は会えるよ」

「寂しいですね、1回だなんて」

「それが【理】の定めるところだし」

「……じゃ、【理の外の者】としてなんとかしますね!」

「バカ言うな」

 そういったギャル天女は、嬉しそうに心から、笑っていた。


「かわいい」「かわいい」


「そろそろ時間も少ないから……メルにゃん、あんたはいずれおにーさんと、ひとつになる。時間はあるからそれまでは精一杯生きて良いから」

「え?!良いんですか?」

「その分おにーさんに協力するんだよ?おにーさんも良いよね」

「はい」


 木々が減りはじめ、遠くに街の輪郭が浮かび上がってきた。

 ――別れの時だ。

 やはり、嫌な予感というのは、よく当たる。


「おにーさん、この先も大変だとは思うけど、頑張って、生きてね」

「はい」

「メルにゃんも、おにーさんを引っ張っていくくらいで、ちょうど良いよ」

「はい!」


「……そうだ、最後にひとつ渡すものあったわ」

 ギャルな姿をした神は、そう言ってくすりと笑った。

「……?」

「後ろ向いて、目を瞑って」

 促されるまま、背を向けて、まぶたを閉じる。

 この儀式めいたやり取りの意味に、気が付かないはずがなかった。

 (これって……もしかして)

 まぶたの裏に差し込む黄金色の光がにじむ。

 次の瞬間、その光に、柔らかな影が重なる。

 彼の、今生における覚悟が――世界の呼吸を追い越した。その一瞬だった。

 目を開く。

 腕を伸ばす。

 細く、しなやかなうなじをとらえる。

 軽やかで、無防備な存在を、迷いなく引き寄せた。


 唇が触れ合ったのは、ほんの一瞬だった。


 それは、理を超えた瞬間でもあった。


 少女と天女の間を、静かな風が吹き抜ける。

 世界は、深く息を吐き、ふたたび目覚めるように、呼吸を始めた。


 人の身に在りて、天上の者の唇を奪いし者。


 【世界】はこの偉業を讃えんと、夜空に新たな星を刻んだ。

 星座は名を変え、物語を宿し、永久に語り継がれる。


 吟遊詩人は叙事詩に歌う。

「境界を超えし者――天の理さえも打ち破り、ついには世界を手に入れたり。されどその者、世界を捨てて、ただ愛を求むるなり」


 そして――転生者は天女の唇を奪ったものとして、理の座にもその名を刻まれし、ひとつの伝説となった。


いかがでしたでしょうか。


面白いと思っていただけたなら、評価のほどよろしくお願いします。


しばらくギャル天女ロスになりそう・・・

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