第二章 転生・彼編 選択
このお話は二人のおっさんが異世界転生するお話しです。
けっして、ギャル天女が可愛いだけのお話しではありません。
が、そう見えたならあなたは同志だ。
よろしくお願いします。
「メルにゃん、一生頭あがんないやつだこれ」
彼は苦笑いを浮かべながらも、深い同情を覚えていた。
この幼く【ただ生きる】――そんな当たり前のことさえ、許されなかった少女に。
それがどれほど奪われがたく、重い願いだったか。
彼女の経験を、自身のものとしている今の彼だからこそ――
その重さが、胸を締め付けるように伝わってくるのだった。
魂の融合。
それは記憶や感情の融合である。
静かに、そして急速に、深く、そして浅く。
水面に落としたインクが、混ざっていくかの如く。
やがて、それは分かちがたい【ひとつ】となるのだ。
それがあったからこそ、転生者は先の復讐劇を是とし、実行できたのだ。
もし、ただの日本人のままであったなら、一人たりとも殺すことは出来ずにいただろう。
今、彼が三十人からの人を殺めたにもかかわらず平然としていられるのは――間違いなくメラニアの魂による影響に他ならなかった。
だが、そんな彼がメルニアに同情とは?
それは、完全に融合を果たしていないからだ。
メラニアの魂は、未だ多くが彼の中で独立した存在としてとどまっている。
人を殺めた事を【メルニアの影響】だと割り切っておかないと――。
そうでなければ、彼の心はきっと、壊れてしまっていただろう。
だからこそ、今はまだ、必要なことであった。
気がつけば、少女の中の転生者と、ギャル天女の『目』が合っていた。
――この身体の目ではない。
転生者の魂の目とでも言うべきか。
心の中を奥の奥までをも見通されていような、そんな感覚だった。
「おにーさんはおにーさんで、まさか秒でメルにゃんと一緒に殺戮を繰り広げるとは思わなかったよね」
「……夢現――でしたからね」
「……だよねぇ」
ギャル天女の心中を推し量る事など出来はしなかった。
その顔にも声にも、いっさいの感情が現れていない。
「まぁでも?メルにゃんはおにーさんで、おにーさんはメルにゃんだからね?そこんとこ、よろしくね?」
言ってることはわかる。
しかし、理解が及ぶかと言えば、否。
「その……融合って、つまりどんな感じなんでしょう?具体的なことが分からなくて」
「目が覚めた時の感覚、覚えてる?……あれが進むの。で、二人の境目がなくなる感じ」
小首をかしげるギャル天女。
まるで基礎知識のない者にどうやって説明しようかとでも言いたげな……そんなポーズだった。
「具体的にってなると……説明の序盤で寿命がくるわよ?おにーさん」
何が可笑しかったのか、ギャル天女は楽し気に微笑んでいた。
しかし、だからと言って冗談ではなさそうだった。
焚き火が、ぱちっと音を立てて爆ぜた。
川のせせらぎが、まるで思い出したかのように、ふいに耳へと届いてくる。
転生者は、思い出す。
ここが河原で焚き火のそばだということを。
「そう言えば……さっきメルにゃんに言いかけてたことって?」
空気を換えたかった。
あるいはとにかく、話の標的を逸らしたかったのかもしれない。
――そう話を振ってみたのだった。
「メルにゃんの今後についてね――このままここにいても良いし――」
少女の胸を、とんっとつく。
「あーしと一緒に来てもいいしね」
その指を空へ向けながら、ギャル天女は微笑んだ。
その微笑みは、見るものに不思議と安らぎをもたらす、慈愛に満ちたものだった。
同じ身体に同居する少女の魂が、どれほど沈んでいるかを、転生者には手に取るようにわかっている。
そして、転生者の見聞きしていることが、彼女へすべて伝わっていることも。
だから、あえて問うことはない。
彼女の返事をただ待てばいいのだ。
それはギャル天女もわかっていた。
そもそも地上の人間と時間の感覚が違うのだ。
数年待たされたところで、天女にとってはどうと言うことはない。
だが、だからと言ってギャル天女――天女様にこれ以上迷惑をかけられないと言う思い。
そんな思いからメルニアは何か返答をしようとした。
――しかしながら、判断できるような選択肢でもなかった。
その困惑を、魂を一部とはいえ共有する転生者にはわかっていた。
だからこそメルニアに代わって質問を投げかける。
「天女様……その、ここに残ると言うのは、将来的に融合されて消えるということですか?それと、天女様と一緒に行った場合、その後はどうなるのでしょう?」
ここまで言って、ふと自分自身のことも気になった。
融合し終えなかった場合、自分はどうなるのか――。
だが、それは今は後回しだ。
優先すべきは、あくまでメルニアのことだった。
「残るなら、いずれ融合されて――これまでのメルにゃんは消えるでしょうね。でもそれは、メルにゃんという独立した意識の話で、メルにゃんはおにーさんになるから、変わる、と言った方がいいかな」
「……変わる、ですか」
天女は、大きくゆっくりと頷いた。
「あーしと一緒に行く場合は、天女候補っしょ!人の身でありながら、世界を滅亡させかけた実績。ほっておくのは勿体無いわぁ」
「あの……罰則とか、その……お咎めなし、ですか?」
恐る恐る――少女の声からは、畏れと恐怖、そして戸惑いが滲んでいた。
「大丈夫っしょ!確実に世界は滅ぶけど、優秀な天女を1人採用できたらぜんぜんプラスよ!出来ればこっちを選んで欲しいなぁ」
「……え?」
「だってぇ、メルにゃん連れて行くってことは、あーしがここを離れるって事だからね?休日出勤を切り上げて帰れるチャンスだしね!そりゃもう速攻で帰るよね!」
二人は改めて目の前の存在が【人】では無いと実感した。
あまりにも感性が違いすぎる。
しかし、だからと言って理不尽の塊というわけでもない。
神でありながら、会話は成立し、提案もなされ、選択も与えられているのだから。
どう接するのが正解か――。
結局のところ、ただ失礼の無いようにするしか思いつかなかった。
「で、どうする?必要なら全然待つし?」
「……残ります。なので、世界の事は――お願いします」
それを聞いたギャル天女は大げさなほど驚いて見せた。
それが本心なのか、それとも演技なのか――神のみぞ知るところである。
「ええ!?天女だよ?神のひと柱だよ?なのにこんな――こんな世界でやっていくっての?」
「はい。父上も母上も、この世界におりますし」
そういって、少し照れくさそうに頬を緩めたメルニアに、ギャル天女は、にっこり笑ってこう言い放った。
「じゃぁ【処分】してあげるからさ?一緒にいこう?」
「……え?」
――【処分】?
その一言に、二人は耳を疑った。
しかし、二人の間で確認がとられた。
間違いではない。
確かにそう言ったのだ。
それが何を意味するのか、確かめるのが恐ろしい。
それはきっと最悪なことだ。
想像するだけで、全身に冷たい汗がにじんでくる。
ギャル天女はそんな彼らの内心を当然のように読み取っている――。
にもかかわらず、今回は何も言葉を継がなかった。
あの時のように、優しく誤解を解くこともない。
これは、彼女の口から言えないことなのだ。
天女は、理の中にいる。
彼女の、一挙一動、挙措進退、そのすべてが、理の中にある。
彼女は待つ。
二人が答えを口にする――その瞬間を。
だが……ギャル天女は願う。
理の中から。
ただただ、二人が――最善をつかみ取ることを。
理の外にいる者たちが、それでもなお、自らの手で、最善をつかみ取ることを。
誰に知られることもなく――彼女はただ一人、願っていた。
どうですか?ギャル天女。
いいですよね。
私は好きです。
お読みくださり有難うございます。