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私は乗り換えの対象外です

作者: 鷹のつめ

「——婚約破棄してやったわ!」


 唐突にルミリア聞いてくれよ、と話しかけてきたかと思えば。

 さも当たり前のように、とんでもない話を自慢げに語る伯爵家令息——ガリウス・ハービィ。

 私が「面白い冗談ですわね」とクスッと笑いながら返すと、彼は不機嫌そうに言葉を吐き捨てる。


「アイツは全く面白くもないしつまらん。あの女にももう飽きた」


「あらあら〜、それは穏やかではありませんね……」


 はぁ——ま〜た婚約破棄の話ですか。

 最近やたらと耳にする機会も増えましたが、私にはなぜそう至ったのか見当がつきません。

 ガリウスが婚約破棄したという女性はクロア・レイエット。

 男爵家令嬢の彼女は才色兼備で何事にもそつがなく、非の打ち所のない優秀な人材であると評判も良い。

 一体何が不満だと言うのか?


「ちなみにクロアのどこをご不快に思われたのですか?」


「ああ、強いて言うならアイツの態度! クロアと共に過ごしている時、必死で俺を避けようとするんだ。それで一緒にいても互いに触れたことも一度もない!」


「——へぇ〜」


「彼女に尋ねても、「そんな事ありませんよ〜」と一回も目を合わせることもなく、どこかはぐらかそうとする感じで怪しいんだよ!」


「——そうなんですね〜」


 熱く語るガリウスとは対照的に、私は感情を失った気のない返事をしていた。

 自分から訊いておいて難だが——もう相手をするのも面倒くさいな。

 ここ最近、顔を合わすと毎度このような感じで自分語りを繰り返し、会話を繋げるために私も愛想を振り撒いていたけど。

 ほんと疲れる。出会わないように毎日気を張るのも。

 いい加減、ウンザリしていた。


「アイツは信用出来ない! きっとクロアは何かを隠しているんだ! だから俺と距離をとって——絶対、乗り換えようとしてたんだっ!」


「クロアに限って、そのようなことは無いと思いますけど……?」


 なるほど。最近話題になっている”乗り換え“ってヤツだ。

 元々、武器を安く買うために行う手法の一つだったのだが、それを男女の婚約においても真似する者が後を絶たず巷を賑わせている。


 一昔前に比べて、婚約自体の効力も弱まり形骸化の一途を辿っていた。

 そのため気に入らなければ、とりあえず乗り換え。

 みたいな手軽な感じで婚約破棄をする者は増えていた。


 でも気持ちは分かる。

 仮にガリウスが私の婚約者であるなら、乗り換えずとも早々に辞退する自信はある。


「いーや、絶対そうだよ。だから俺はクロアとの婚約関係を破棄してやったんだ!」


 自身の正当性ばかりを主張し、聞く耳持たずのその態度に内心でため息をついていると——スゥーっと。

 ガリウスの腕が私の方へと伸びていた。


「——そういえば……ルミリアにはまだいなかったよね?」


「いないとは——一体何の話でしょう?」


「婚約者だよ。まだ相手がいなかったはずだ」


 不敵な笑いを浮かべながら、ガリウスの手が私の肩を抱こうとした寸前、軽やかな身のこなしでするりとかわす。

 余した手とともに一瞬強張った表情を見せていたが、一つ咳払いを入れて気を取り直していた。


「この俺と結婚するつもりはないか?」


「いやですわ〜! 冗談がお上手ですこと!」


「いや割と本気なんだけど」


 いや、私は微塵もその気が無いのだけど。

 神妙な面持ちで迫り寄って来るが、私の心はすでに鉄柵で閉ざされたまま。

 というか、知らないの?


「ルミリアもクロアに負けず劣らずの美人だよ」


 感触が悪いと察してか、不自然に私を褒め始めた——って、良いの?

 さっきまですっごい被害者ぶって、クロアの乗り換えを疑っていたけど。

 しっかりと見定めちゃっていますよね!

 今現在、貴方自身が乗り換えようとしていませんか? どうですか?

 私をクロアの代用品にしないでいただきたい。


「だから俺と婚約して——」


「——ガリウス様」


「なんだい? ようやく決心が——」


「——私、婚約者いますけど」


「——はあ……!?」


 いつまでも変に気を使うのはもうやめて、現実を突きつけてやった。


「またまた、ルミリアこそつまらない冗談が好きだなぁ〜」


 しかし案の定、話を受け入れることなく単なる冷やかしとしか思っていなかった。

 相変わらず自分に都合の良い耳だと感心するわ。 


「仮にルミリアの話が本当だとしてもだ。どうせ爵位もない、俺より身分も低い低俗な人間なんだろう。そんなヤツと婚約しているくらいなら俺の方が——」


「ルクセリア王国の第一王子にして次期国王選定序列一位で有らせられる——ルシウス王太子殿下にございます」


「——はぁ……? ルシウス……そ、そんなことあるわけ…………」


「これが、その証です」


 私は衣服の中にしまっていた首飾りを彼に見せる。

 ルクセリア王国の象徴である竜の紋章に、数々の宝石が散りばめられ燦然と輝きを放つ豪華な装飾品だった。

 王家との婚約を認められた者にのみ渡される代物で、さすがのガリウスも殿下の名前を出した時以上に慌てふためいていた。

 やがて放心状態で固まったガリウスに対して、私はさらなる追い打ちをかける。


「周知の事実だと思っていましたが、まさか存じ上げていなかったとは。私の話を信じる信じないは貴方の勝手ですが、此度の一件ルシウス様にご報告したらどのようなお顔をされるのか非常に楽しみですね」


「そ、そのような事…………た、頼むルミリア! 俺の勘違いだったんだ! 見逃して欲しい」


 苦しい言い訳ばかりを並び立て狼狽えるガリウスを哀れに感じつつ、私はすでに確信に至っていた。



「やはり貴方にクロアは勿体無い」


 気づけば私はそう口にしていた。

 光り輝く宝石を野良犬に買い与えるのは無駄でしかないよ。


「彼女は常々貴方のことを想っておりましたよ」


「はぁ? なぜお前にそんなことが分かる! 俺を散々避け続けて、ろくに会話すらも成り立たない。アイツは俺から乗り換えようとしてたんだ!」


 乗り換えようとしてたのは貴方ではなくて?

 そう思わず突っ込みたくなったが、そこには触れずに憤るガリウスに私は真実を突きつける。


「ならば彼女が貴方と距離を取ろうとした理由、ご覧に入れて差し上げましょう」


 私はガリウスに向けて手をかざす。

 すると——


「——な、なんだ……これは…………!」


 ガリウスは悶え苦しんでいた。

 時間が経つにつれて彼の顔が青ざめていき、崩れるようにその場にしゃがみ込んだ。

 遠い目をして、まるでこの世の終わりでも見ているかのように。


 彼が何を見て感じているのかまでは私には分からない。

 ただガリウスにとって、恐れ慄くような怖い体験をしているのだろうと——


「彼女——クロア・レイエットは精神感応者、と言えばそれがどういう意味かお分かりですよね?」


「——そ、そんなこと……アイツは一言も…………」


「知らないとは言わせません。婚約関係を結ぶ際、互いの情報開示は義務付けられているはずですから」


 ああ。やはり読んでいなかったのですね。

 それなのに表面的な部分だけを見て、彼はクロアを非難していた。


 クロアがガリウスに近づこうとも触れようともしなかった理由。それはこうなってしまうことが最初から分かっていたから。

 触れるだけで対象には、トラウマを植え付けてしまうほどの恐ろしい心象を見せてしまう。

 クロアの制御は以前より改善したとはいえ、まだ完全ではない。


「彼女は触れようとしなかったのではなく、”触れられなかった“のです」


 ガリウスから距離を取っていたのはこのためだった。

 外見に左右され、中身を見ようとしない貴方には分からないでしょうね。


「かくいう私もクロアと同じく精神感応者——そして同じ苦難を共有する者として、彼女は一番の親友です!」


 私はガリウスに向けていた手を下ろした。

 彼が見ていた心象を解いて、私は全てを告げる。


「貴方はクロアのことを知ろうともせず、ただ一方的に捨て去った」


「ち、違う……! そんなつもりは無かったんだ! ルミリアがアイツより可愛いのがいけないんだ! そうだ! 全部お前のせいなんだよッ!」


 あらあら、嬉しいこと言ってくれますね。なんて普段なら思うのかもしれないのだけど。

 そうですね。もうこれは脳の細胞一つ一つを書き換えるぐらいしか、彼の更生余地は無いのかもしれない。

 一心不乱となって、猛抗議するサマはまさに滑稽。

 ふらふらと相手を乗り換える貴方と違って、クロアは一途でしたのに。


「あの子は三年前に貴方の婚約者となった時から、覚悟を決めておりましたのよ。本気で貴方を愛すと——」




 あれから数日が経過。

 失敗に終わったガリウスの乗り換えの噂は瞬く間に広がっていった。

 彼に向けられる視線はより一層厳しいものになっていくのだろうと、そう思うと同情の余地は——無いな。


 乗り換えは良いものばかりでは無いのが実情。

 彼も成功者への羨望から、このような愚行に走ってしまったのかもしれない。

 けれどこれまでに乗り換えに成功した要人のそのほとんどが、悪評が立ち反感を買う結果となっている。

 周囲からの信用を失ってまでやることかと言えば、それは違うのだろう。

 どうしても添い遂げたい相手が存在して、全てを投げうつ覚悟があってこそ実行すべきなのかもね。


「——って、思うのだけど。クロアはどう?」


「私はガリウス様のこと結構気に入っていましたよ。掌握しやすそうで——」


 うわっ、ちょっとだけクロアから黒い何かが立ち昇ったような気がした。

 クロアは微笑みながら「冗談ですわっ」と口にする。

 よっぽど私の表情が間に受けているように、クロアには見えたのか素早い返しだった。


 しかし精神感応者の言うことだ。

 いずれ本当に誰かしらを掌握しかねないと思うと、末恐ろしいとしか言いようがない————それは私も一緒か。


「でももういいのよ。婚約が無くなって、少しは気が楽になったし。今の間は私も自由に過ごしてみようと思うの」


 クロアはカップを手にし、まだ湯気の昇る温かな紅茶を口にする。

 彼女の一息つくその姿は、普段あまり人前では見せない安堵の表情を浮かべていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

サクッと読めるをモットーに書いてみましたが、意外と文字数増えちゃいました。

是非、評価していただけると嬉しいです!

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