屋台好き幼馴染と隣のカイト。その4
少し歩けば見えてくる宿、〈蛙荘〉。
茶色の門を潜り短い石畳を通ると見えてくる、黄緑色の木材外壁が異彩を放つ3階建ての建物。
それよりもさらに目を引くのは、黄色の屋根と看板。太陽の光が当たると反射してとても眩しい。
「たけまるさんも、武器修理に行ってたんですか?」
石畳の上を進みドアをタッチ。
ガラスは汚れも曇りもなく透明度を維持。清潔さを持って客を出迎えている。
接触を感知したドアが左右に開いてゆく。
「そうだよ。よく分かったな」
「正面で敵を引き付けてくれてましたから」
甲羅は硬すぎ体も硬め、顎の力も強い。
そんな全身に防具を身に纏ってるようなカチカチのやつから攻撃を受ければ、こちらの着けている防具を破壊されかねない。
現にオレ達の防具はボロボロ。修理に出すどころか、新しく買い替えた方が早い状態。
打ち上げが終わったら買いに行く予定だ。
それに武器を噛まれたりなんてしたら、恐らくへし折られてしまう。
あれだけの巨体の亀。顎の力は推して知るべし。
それほどの相手を一人正面で相手し、他に注意が向かないように抑えてくれていた。
どれだけ攻撃を受けないように立ち回ろうと、無傷でのクリアはそうそうない。先輩プレイヤーとはいえ、多少の攻撃は受けたはずである。
なのでたけまるさんも、武器や防具の修理依頼を出しに行ったのだろうと思った。
「も、ってことは、シュート達も修理出してきたのか?」
「はい」「そうです」
「あの亀硬かったよな。おかげで刃がちょっとかけたんだよ」
「ちょっとで済んだんですか。僕達のはボロボロですよ」
「防具買い替えないとです」
下に敷かれた赤いカーペットの上を歩き、いくつもの丸いテーブルやソファの間を通り抜ける。
宿屋には色んなタイプがあるが、ここは少し上品な感じ。入ってすぐ食べる所がある、漫画で出るようなお決まりの宿ではない。
入った所にあるのは、少し広いホールと受付カウンター。食べる所と上へ行く階段は左通路、風呂と娯楽施設は右通路と分かれている。
他にも売店とかもあるらしいけど、行ったことはない。
「防具な。僕も腕の新調しようかな」
そう言うたけまるさんの防具は傷だらけ。今回の戦闘で付いたものか、今までの戦闘で付いたものかは分からないが、まだまだ着る者を守ってくれそうな感じはする。
一体何の素材を使っているのか。
「いらっしゃいませ。蛙荘へようこそ」
カウンターへ着くと、受付スタッフが決まり文句で挨拶。
朝出る時とは違うスタッフさんだ。
「215号室のたけまるです。鍵をお願いします」
「確認致しますので少々お待ちください」
受付スタッフは視線を手元に落とし、カタカタとキーボードで何かを入力する。
マウスを動かしホイールを動かし、斜めに向いた画面を見ること少し。手を止めるとたけまるさんへ一礼、カウンター奥の扉の中へと歩いて行った。
確認が済んだのだろう。
程なくして戻ってきたスタッフさんの手には鍵が一つ。それをたけまるさんへ差し出した。
「お帰りなさいませ、たけまる様。こちらお部屋の鍵でございます」
「ありがとうございます」
鍵を受け取ったたけまるさんは右へずれる。
足を一歩前へ出し、空いた空間、受付スタッフの目の前へ。
「シュートとカイトです。208号室の鍵をお願いします」
風呂に入ることを目的としているのに、なぜ鍵が必要なのか。
それは、部屋の鍵でロッカーを開け閉めできるように作られているから。
脱衣所には衣類や持ち物等を入れられるロッカーが複数あるのだが、それらにはそれぞれ番号が振られており、自分が泊まっている部屋の番号と同じものでないと開け閉めができないようになっている。
防犯対策バッチリのこのロッカーは、一部屋につき2つ使用可能。用意されているそれは、そこそこの大きさである。
もうちょっとランクのいい宿だと、部屋に風呂があるらしいんだけどな。
ただここみたいに戻ってきてすぐに入れる一階にある風呂と、疲れた体で階段を上って部屋にいかないと入れない風呂だと、どっちが便利なのか。
少なくともゲームの中では、なんでも入る魔法の袋がある。
風呂に入るのに必要なあれやこれも、それに全て入れておけば何の準備もしなくて大丈夫。突然の弾丸旅行も問題ない。
そう考えると、知らない人と一緒に入るのが嫌じゃなければ、一階に風呂があった方が便利なのかもな。
解決。
「只今確認致しますので、少々お待ちください」
受付スタッフは先程と同じくカタカタとキーボードで文字を打って画面を確認し、奥の扉へと歩いて行った。
「もうすぐ37分か。ギリかな」
「ギリギリだね」
受付正面の壁にかけられている時計が示す時刻は、13時37分。
湯船に肩までゆっくりと浸かる時間はなさそうだ。
「お帰りなさいませ、シュート様、カイト様。こちらお部屋の鍵でございます」
戻ってきたスタッフさんから鍵を受け取ると、たけまるさんとシュートと共に右の通路へ。
「そう言えば2人はクラン入ってたりする?」
「はい、入ってます」「3人とも入ってますね」
「そうかぁ、そりゃ残念」
少しだけ残念そうな顔をするたけまるさん。
クランに入ってたら残念なこと⋯⋯もしかして勧誘?
「どうかしたんですか?」
「いや、今緑とクラン作ろうとしててさ、シュート達も良ければと思って。ま、もう既に入ってるみたいだし、今の話は忘れてくれ」
やはり当たりか。お誘いはとても嬉しいが、今のところクランを抜けるつもりはない。
オレ、シュート、ミミアが現在加入しているのは、初心者応援クラン〈新芽庭園〉。シュート達の義兄さんであるホルマリンさんが立ち上げたクランである。
初心者23名+ホルマリンさんの計24名在籍のそこそこクラン。入るは自由出るも自由だが、あの義兄さんがシュート達を他所にやる姿は想像できない。それだけ愛がある。
別にクランへのこだわりはないが、シュート達が他に行かないならオレも行かなくていいかなとは思っている。
一緒のクランにいた方が楽しいだろうし。
たけまるさんは男性用の風呂の入口、2つある内の水着なしの方へと入って行く。
暖簾を潜ればすぐに脱衣所。ロッカーがずらりと並んでいる。
「お誘いはとても嬉しいです」
「ありがとうございます」
「入りたくなったらいつでも声掛けてくれ。歓迎するよ」
「はい」「はい」
ロッカーの鍵穴に部屋の鍵を挿して回す。
カチッという音を合図に鍵が開いたことを確認すると、ロッカーの扉に手をかけ開く。扉は完全に開き切るまでの間、ギイィという僅かな音を立てていた。
「ちなみになんていうクランに入ってるんだ?」
「新芽庭園って所です」
「あれ、それってホルマリンさんのとこじゃない?」
「あ、はいそうです」
「兄さん⋯ホルマリンのこと知ってるんですか?」
「ああもちろん。フレンドだからね。知ってるも何もってやつだよ」
義兄さんとたけまるさんが知り合い、しかもフレンドとは。
世間って狭いな。
防具と服を脱いで魔法の袋の中へ入れ、そのままあるアイテムを想像しながら手を外へ。
手に掴んだそれは、最近買ったばかりの新品バスアイテム。パッケージ裏の粘着をビリビリ剥がして、袋からオレンジ色の少しざらついたボディタオルを取り出す。
袋はいらないので、魔法の袋の中へ。ボディタオル片手にロッカーに鍵をかける。
「そうなんですね」
「僕がこのゲームを始めた時に色々とお世話になった人なんだよ」
鍵は部屋番号が書かれた長方形のプラスチックがストラップよろしく付いているだけで、腕にとめておけるような輪っかも何もない。
ボディタオルと一緒に手で持って運ぶのみ。邪魔くさいがなくしたら大変だ。
浴室へ続く扉を開け、暖かい熱気を感じるそこへ足を踏み入れる。
「会ったのはβ版の時でな。それからの付き合いだ。クランを立ち上げたことは知ってたけど、まさかシュート達がそこのメンバーだとはな。しかも兄なんだろ?」
世間は狭いよなー。そう言いながらたけまるさんはシャワーヘッドを手に取る。
オレもバスチェアに座り、銀色のそこを押してお湯を出す。
ちょうど良い温度のお湯を頭と体にかけ軽く埃を落としたら、適量のシャンプーを手に取り髪を洗う。
短髪だから一回で済むのは楽。髪の長い人とか大変そうだ。とてもじゃないが伸ばす気にはなれない。
シャンプーが終わればコンディショナー。
面倒臭くてやらないって人が友達にもいるが、あるならやった方がいいとオレは思う。髪は大事じゃんか。
ボサボサパッサパサの栄養なしの髪は見てて可哀想だ。
会話しながら体も洗い汚れを落とす。
手を止めゆったりと話している時間などない。素早く風呂を終える。
浴室から脱衣所へ戻ると、入口脇にあるワゴンからタオルを1枚手に取り髪と体に付いた水分をなくす。
タオルがロールケーキみたいに巻かれていて、1枚より1個と言った方が似合う見た目。
腹が減ってるからそう見えんのか?と思うが、広げれば⋯うん、普通のタオル。そりゃそうだ。
フワフワのタオルは肌に優しく気持ちいいが、持ち帰ることはできない。
そこそこいい値段しそうなこのタオル。売店で売ってっかな。値段次第では買いたい肌触り。
水気が取れたらそのタオルは、使用済みタオル回収ワゴンの中へ。
ロッカーに戻り鍵を開けたら、急いで新しい服を着て髪を乾かす。
「カイト終わったか?」
「今終わった」
コンセントからプラグを抜き、折り畳んだドライヤーをグルグル巻きに。
使う前の最初の状態に戻して洗面台の上に置いたら、荷物を持ってたけまるさんとシュートと共に脱衣所の外へ。
ただの通路だが、歩く度に触れる涼しい空気が体の熱を取ってくれてとても良い。
「外出するので鍵の預りお願いします」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」
通路を進み受付カウンターへ。スタッフさんに鍵を預ける。
宿の外に行く時は鍵を預けなければならないので、ちゃんと受付スタッフに手渡し。外出時に持って行ってしまうと、後で違約金を支払わなければならなくなるから。それが例え間違って外に持っていったものだとしても。
宿に泊まる時に説明されるので、宿泊期間中宿の外に出る時は皆確認するとは思うけど。
多分複製等をされないようにするためなんだろう。
宿を出て短い石畳の上を歩き、茶色の門を潜る。
「歩いても充分間に合うな」
「ですね」
「風呂急いで入ってよかった」
宿を出る前に確認した時計の針は、13時55分を示していた。
ここから集合場所の探索者ギルドまでは近い。
すぐそこを左に曲がれば着く。
「たけまるさんとサキドリ緑さんのクランができたら、遊びに行ってもいいですか?」
「あ、オレも行きたいです」
「もちろんいいぞ。ただまだクランハウスが決まってないから、そこからだけどな」
目的地に向かって歩いていると、視界の端に何かを捉えた。
鮮やかな何かがチラチラと。虫か?気になってそちらを向く。
「何だあれ⋯妖精?」
「妖精?どうし⋯何あれ」
「おお、あんなに集まってるの見た事ないな。真ん中にいるのはプレイヤーか」
視線の先目に映るのは、道の端で恐らく妖精と思われる存在に囲まれる一人のプレイヤー。なかなかに奇妙な光景だ。
「少なくとも3、4体はいますよね」
「だな。どうやったらあんな風になるんだか」
「プレイヤー名は⋯妖精姫めりるさんか。お姫様って感じですね」
ボリュームのある広がったドレスは歩きにくそうだが、見た目は華やか。それこそ乙ゲーに出てくる姫が着てそうなもの。
興味本位で一回触った乙ゲーにああいうのが出てた。
そんなドレスを着たお姫様的人物の周りに妖精的存在。そこだけすごくファンタジー。
森や城の中だったらよりそう見えたことだろう。
「どっかで見た名前なんだよな。話したことはないんだけど」
「有名な人なんですか?」
「あれだけ目立ってればそうじゃない?」
「どっかの掲示板だった気がする。妖精だか精霊だかのコメントばっかしてたような⋯」
左に曲がって見えてくる探索者ギルド。
結局たけまるさんはどこで見たのかを思い出すことはなかった。知り合いでもないならそんなもんだ。
待ち合わせ時間の前に到着。予想した通りやっぱりギリギリだったが、それでも何とか間に合った。
そこにミミア達の姿はないが、時間的にそろそろ来るだろう。
「まだ緑達は来てないみたいだな」
「そうですね。時間的にもう来る頃だとは思いますけど」
「あ、たけまるさん。フレンド申請出してもいいですか?」
もうそろそろかなと待っていると、シュートが口を開く。
ありがたい。フレンド申請したいなとは思っていたけど、どこでそれを話そうか迷ってたんだ。
本当はクランの話が出たあの時が一番いいタイミングだったんだろうけど、時間がなくて急いでいたからできなかった。
「ん?ああ、そう言えばしてなかったな。いいよ」
「オレもお願いします」
「もちろん」
こちらからフレンド申請を飛ばすと、たけまるさんが目の前の空間をタッチ。
少ししてフレンドリストに名前が加わった。
「ありがとうございます」「よろしくお願いします」
「よろしく。お、用事は済んだか?」
なぜ今になってまた用事が済んだのかを聞くのかと疑問が浮かんだが、たけまるさんを見ればオレ達に向けて放った言葉ではないことに気がついた。
声をかけた先そちらを向けば、こちらに向かって歩いてくるミミア達の姿。時間ピッタリの到着だ。
しかしなんだ。ミミアいつの間に仲良くなったんだ?
肩に乗ってるのヴェステルさんだよな?
シュートの方を見ると目が合った。同じことを思ったらしい。
顔を見合せるのをやめ、視線をこちらへと来るミミアへ戻した。
〘宿屋〙
お金を払うことで安全な寝床を確保でき、風呂で体を洗う食事をして腹を満たす等色々できる。
宿のタイプは様々。提供されるサービスや施設が多いほど宿泊料金が上がり、上品な見た目の宿になっていく。
心や体を休めに行く場所。
どんなに安い宿でも、寝る所と食べる所はある。
雑魚寝できる所もなくパン一個も出ないそんな所は宿ではない。宿をかたる違法な商売だ。兵士に告げれば逮捕してくれるぞ。
〘家具アイテム:ボディタオル〙
柔らか・ほとほど・硬めと基本3種類展開された、体を洗う時に用いるタオル。
ボディソープ等をつけて泡立て体を綺麗にする。
ゴシゴシと洗うのは肌的に良くないが、泡だけで優しく洗うよりも洗った感を一番感じやすいため、人気の商品である。
一番多く買われるのは柔らかめタイプ。
洗った感を感じつつも、肌をできるだけ傷つけたくないという矛盾が生んだ人気。
ボディタオルの中には、一撫するだけで肌がボロボロになる凶器もどきがあるので注意されたし。




