十話 タロットカードとキセル
大体2000字ほどですので休憩時間にでもお読みください。
中年男は気だるそうに「一万九万ならどうだ。」と言ってきた。
あちらは私のことを少しの交渉で満足するただの観光客だと思ってるらしい。
しかし私はそんな交渉もどきの戯言などするつもりはない。
きっちり万オスマンコインでこのタロットカードを買うのだ。
「一万九千なんてぼりすぎですね。八千オスマンコインです」
こうは言うが八千で間違っても八千オスマンコインで買えるなんて思ってはいない。
ここで粘って徐々に値を下げていくのだ。
「一万五千だ」
一気に下げてきた。
元々二万というのは金持ちの観光客向けの値段だったのかもしれない。
「九千」
「一万五千」
そう思ってたら今度は値段を下げなくなった。
これ以上粘って値を下げようとしても全く下がらなかった。
それどころか粘ってくる私が鬱陶しくなったのか「二万だ」と言ってきた。
これで交渉は最初からやり直しである。
私は店主にまた来ますと言って明日またやり直すとした。
帰りに旅の物資を買って帰るとすでに暗くなっていた。
私たちの猫の額ほどの部屋には何本かの蝋燭の明かりによってぼんやりと照らされている。
その明かりから私が見ることのできたのはどこから持ってきたのか干し草の上に腰掛けりんごを齧っているフローラと帰りが遅いことに苛立っているアンナだった。
フローラはただの町娘かと思っていたら意外にも豪胆で苛立っているアンナと困惑している私という状況を面白がっているようだ。
案の定私はアンナから遅く帰ったことを咎められ、その後何もされてないかとても心配された。
その上ベッドが小さいから仕方なくはあるのだがほぼ抱き抱えられるような形で添い寝までされる羽目となった。
まったく、これでは恋人ではなく親子のようではないか。
◇
翌日、軽い朝食を摂ったら早速昨日の商人のもとへ向かった。
今日こそはあの商人からタロットカードを買ってやるのだ。
「一万五千だ。」
店主の中年男は私を一瞥するなり言い放った。
昨日の最後には「二万だ」と言われたから交渉は振り出しに戻ることを覚悟していたが、その答えは天佑のようなものだった。
すぐさま私は返した。
「九千」
「一万四千だ。」
「九千五百」
「一万三千五百」
「一万オスマンコインでどうです?」
ついに目標としていた金額まで来てしまった。
しかしこの中年男は一万オスマンコインでは絶対に売らないだろう。
「一万二千だ」
やはりまだ売る気は無いようだ。
私は一万オスマンコインで買うことを諦め、一万千オスマンコインで買うことを決めた。
「一万五百なら買いましょう」
「いいや一万千五百だ」
中年男は手を払うような動作をして言った。
私はここだ!と思ってポケットから一万千オスマンコインを取り出し商人に渡した。
商人は「やれやれ」とでも言うかのように首を振って、代金を取り代わりにタロットカードを私に渡した。
これで交渉は終わりである。
目標としていた一万オスマンコインで買うことはできなかったがそれでも私には一種の達成感のようなものを感じていた。
遅くならないように宿へ戻るとアンナが市で買ってきたものを齧りながら待っていた。
フローラはまだ帰っていないようだ。今日は市内の聖堂なんかを見ているらしい。
私は早速買ったタロットカードをアンナに見せた。
昔が旅先で必ずガラクタを買うことはアンナは知っていて毎度のごとく叱られるが今回のタロットカードには興味を示した。
アンナによればタロットカードの紋様が旧文明の魔導機を動かすために必要な紋章に似ているのだという。
これが大きめの機械のための紋様だったら私の大好物なのだが、生憎この紋様は自立して動く雑巾などのような生活に必要な小型の魔導機の紋様である。
興味がないことはないのだが、生活用の魔導機の紋様は私には複雑かつ紋章のパーツの組み合わせが膨大な量に上るためどちらかというと苦手である。
私には単純で組み合わせも限定されているものの旧文明の技術の結晶であり洗練された機能美を持つ軍用の紋章の研究が性に合っている。
しかし愛するアンナのためならと思えばタロットカードとの睨めっこに気合いも入ると言うもの。
途中からやってきたフローラも加わり夜が深まり朝になるまで睨めっこは続いた。
結局分かったのは旧文明の遺物の中でも割と一般的で大量に発見されるために高級ではあるが現代の技術で制作ができるようになった魔導キセルと言う魔導機の紋章であることだった。
どうやら特別仕様のキセルについてきた特典のタロットカードらしい。
特典にタロットカードを入れるとは奇怪な人もいるものだ。
ともかく、なんとか紋章を構築し魔力制御と呼ばれる魔法でキセルを甦らせることができ私たち三人は旧文明のキセルという偶然の来客にしばしの楽しい時間を過ごしたのであった。
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