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婚約破棄された令嬢は護衛騎士と結ばれる

作者: 天恋 水蓮


小説を書くのは初めてです。

書きたいという思いだけで書いてみました。


「メリア・アマランス!君との婚約を破棄する!そして、ここにいる、ランカ・ラセット男爵令嬢と婚約する!」


 学園の卒業パーティーに入場して早々、婚約破棄を告げられたのは、腰まである長い薄い金色のふんわりとした髪に、赤みがかった紫色の瞳の女。ー私、メリア・アマランス。

 そして、卒業パーティーというお祝いの場で声高々に婚約破棄を告げたのは、金色の髪にセルリアンブルーの瞳の男性。この男性は、国の第一王子であり、私の婚約者のダフニル・セルアン殿下。

 それから、殿下の隣に立っているのは、鎖骨くらいまであるピンク色の髪に、茶色の瞳の少女。先程、殿下に婚約を告げられた男爵令嬢のランカ・ラセットさん。

 ランカさんは殿下の腕を掴み、何故か怯えた目で私のことを見ている。


 卒業パーティーの前日、殿下にいきなり今日のパーティーのエスコートは出来なくなったと告げられた。

婚約者にエスコートされずに、一人で入場するなど、ふざけているのかとも思ったが、今までの殿下の行いからしてあの男爵令嬢をエスコートすると予想はついていた。

エスコートをしてもらえないことから、卒業パーティーが終わったあとに婚約破棄を告げられると思っていた。

 いや、本当はずっと前からどこかの節目で婚約は破棄になるのではないかと思っていた。

 だって、学園でランカさんと殿下が一緒にいる姿を何度も見たことがあるから。私とはお昼を共にすることなんて一度も無かったのに、ランカさんとは一緒にお弁当を食べていたこともあったから。

そして、私が婚約者のいる男性と一緒にいるのは良くないとランカさんに苦言を呈しても聞く耳を持たなかった。挙句の果てに二人きりで勉強会をしていたという話も聞いたことがある。

 そこに何があるのか分からないほど私は愚かでは無い。

 

 殿下に婚約破棄を告げられて悲しいかと聞かれたら、全く悲しくない。

 この婚約は六歳の時に決まったものだが、私が公爵家の娘だからという理由だけで殿下の、この国の第一王子の婚約者になった。そう、これは政略結婚だ。

そこに愛なんてものは存在していないし、殿下に恋焦がれるなんてこともなかった。

だからだろうか。私は殿下と仲が良くなかった。

週に一度義務的に行われる定期的なお茶会は、王妃様の提案で無ければすぐに無くなっていただろう。誕生日に贈って貰ったプレゼントは私のことを何も考えない流行りに乗っただけの物で、心が全くこもっていなかった。それを少し虚しく感じたこともある。

 それでも今まで耐えていたのは、いずれはこの人を支え、国を一緒に支える王妃になることが決まっていたからだ。いくら私が王子の婚約者は嫌だと言ったところで、もう既に決まっていることを変えることはできないし、公爵令嬢である私から婚約破棄を言い渡すことはできない。だからそれらが悲しいことだったとしても耐えて頑張ってきた。

 でもまさか、卒業パーティーという場で大々的に婚約破棄を告げられることは想定できていなかった。普通ならば、婚約破棄もこんな公な場ではなく、お城に呼ばれ国王陛下の許可がおりてから行われる。しかし、殿下は手続きも何もなしに婚約破棄を告げてきた。殿下がここまで非常識な人だとは思っていなかったのだ。想定なんて出来るはずがない。


 王妃教育を今日までこなしてきた私は笑顔という名の仮面を被るのは得意。王宮で、社交の場で、弱味なんて見せてしまったらそこから、狙われてしまうから。

私は笑顔の仮面が崩れることが無いように、ほんの少しの恐怖が出てこないように一度小さく深呼吸をする。少し震えている足は叱責し、前だけを、殿下だけを見据え凛と立つ。そして、王妃様に武器だとプレゼントしてもらった扇子を携え、ニッコリと微笑んだ。


「婚約破棄の理由を伺ってもよろしいでしょうか?」


「胸に良く手を当ててよく思い出してみろ!」


胸に手を当ててみたが、ドクドクと自分の心臓が少し早く脈打っていることしか分からない。


「思い当たる節はありませんわ。」


「とぼけるな!お前はここにいるランカのことをいじめただろう!!」


 そう言って殿下はランカさんのことを抱き寄せる。

まだ婚約破棄の手続きもしていなければ、ランカさんとの婚約も決まってないのに、もう既に名前呼びをした上に抱きしめるとは呆れる。


「私、とっても怖かったんです。」


ランカさんもランカさんで気にした様子もなく、涙目になりながらぶるぶると震えて訴えてくる。

しかし、虐めた覚えなど私には全くない。


「虐めなどしておりませんわ。何か勘違いをしているのではなくて?」


「嘘をつくな!ランカに全て聞いたんだ!お前の悪行をな。」


フンっと笑っている殿下の方がよっぽど悪役に見えるがそれは飲み込んだ。

 

悪行と言われて少し考えてみたが、やっていないのだ。やっぱり覚えがない。


私は殿下から視線をずらし、隣にいるランカさんを見る。そして、扇子を優雅に開き口元に当てる。


「悪行を働いたという事実もありませんわ。ラセット男爵令嬢。貴方は何か勘違いなさっているのではなくって?」


「酷い!あんなことしてきたのに……。」


そう言うとランカさんは遂にボロボロと泣き出してしまった。

 

「あぁ、ランカ可哀想に……。メリア・アマランス!今ここでお前の悪事を暴いてやる!」


そう言って殿下は私の悪行を語り出した。

 

「お前はランカに、強い物言いをしたそうだな。俺とランカが一緒に居ることに嫉妬し、俺に近づくなと言ったり、社交の場で俺とダンスをするなとも言ったそうだな。しかも、令嬢らしからぬ言葉遣いで罵倒までした。そして、嫉妬に狂ったお前は、ランカの教科書を隠したり、破って捨てた!さらに、ランカに水をかけたり、ランカのことを階段から突き落とし怪我をさせた!!」


「俺はそんな女と結婚する気などない!よって、今ここでお前との婚約を破棄し、ランカ・ラセット男爵令嬢と婚約する!そして、メリア貴様は罰として修道院に行ってもらう!そこで自分の罪を見つめ直せ!」


 婚約を宣言した瞬間ランカさんの表情は明るくなり、殿下により一層抱きついた。

そんなランカさんを殿下は嬉しそうに抱きしめている。

 そして、もう話は終わったとばかりに二人だけの世界に入ろうとしている。しかし、まだ話は終わっていない。これでは何もしてない私が悪になってしまう。

 学園内での殿下とランカさん、お二人の交流は許容範囲内だった。もう殿下との関係を修復することなど諦めていたこともあったから。いや、最初から私達の関係は愛のない政略的な婚約で、そもそも修復すべきことなんて無いのだが……。まぁ、そんなこともあり、二人が仲良くなろうが私にはどうでもよかった。

 婚約破棄にでも何でもすればいいとはいえ、私が冤罪になるのは許容範囲内では無い。許し難いことだ。


「殿下、婚約破棄については受け入れます。しかし、先程仰った虐めたるものを(わたくし)は行っておりません。確かに、ラセット男爵令嬢には婚約者のいる男性と距離が近いのは良くない、二人きりになるのは良くないと注意を致しました。ダンスの件に関してもそうです。婚約者でもないのに二回以上踊ろうとなさったから注意致しました。注意に対して物言いがキツくなってしまい、不快に思わせてしまったのなら謝ります。ですが、虐めは全てラセット男爵令嬢の勘違いもしくは虚偽でしょう。」


 確かに私は殿下に興味なんて無かった。学園内では殿下が誰と交流をしようが殿下の自由だ。婚約者だからと言ってとやかく口出しもしたくなかった。しかし、婚約者でもない男女の距離が近いというのも、二人きりになるのも頂けない。だから、時期王妃として、婚約者として注意した。ダンスに関してもそうだ。二回以上踊れるのは婚約者のみ、それを殿下もわかっているはずなのに、二回も踊った。それなのに、自分のことは棚に持ち上げてランカさんの言葉だけを鵜呑みにして断罪しようとしてくる。そんな殿下に頭が痛くなってくる。


それでもなお殿下は続ける。これ以上は愚行を晒すだけだというのにも関わらず。


「虚偽な訳あるか!お前に怪我をさせられたと本人が言っているんだ!勘違いなどある訳が無いだろう!」


「そうですか。ですが、階段から突き落とすなんてことはしておりません。そんな事実はありませんので、ラセット男爵令嬢の虚偽だと思ったのですが…。それに、先程嫉妬したと仰いましたが。(わたくし)、殿下のことを愛しておりませんので嫉妬などしておりませんわ。」


 そう告げると会場はざわめき殿下は目を見開いて固まってしまったし、ランカさんは驚いた顔をしている。

 あのような、一言も会話をすることがない義務的なお茶会で誰が愛しているというのか。婚約者の責務として一度だけランカさんとの距離が近いと苦言を呈しただけで、愛されていると思っていたのか。その程度で愛されていたと思うなんて、……なんておめでたい頭なのだろう。


「そこまでだ。」


 私の弁明が終わったところで、威厳のある声がパーティー会場に響き渡る。この国の王。国王陛下と王妃様が会場に入場してきた。


「父上!聞いてください!このメリア・アマランスは、ランカ・ラセット男爵令嬢のことを虐めていたのです!婚約破棄をし修道院送りという然るべき罰を受けて頂きたい!」


 国王陛下は殿下のことを一瞥すると深い息を吐き出し、愚か者を見るかのような目でで殿下のことを見た。

 

「貴様がそこまで愚かな者だとは思わなかった。アマランス公爵令嬢がそんなことするはずがないだろう。」


「ち、父上!しかし、こいつは……!」


「黙れ。これ以上、愚行を犯すことは許さぬ。」


「ラセット男爵令嬢。貴様は本当にアマランス公爵令嬢に虐められたのか?」


「は、はい。」


「そうか。だが、王族の護衛はアマランス公爵令嬢が虐めを行っている所を見ていないと言っているが。」


王族の護衛と聞いた瞬間殿下は青ざめた顔をした。しかし、ランカさんはそれでも続ける。


「で、ですが、私はメリア様に虐められたのです!誰も居ないところでだったのでみんな気付かなかっただけです!」

 

「はぁ。これ以上は話にならん。」


「王家の騎士は優秀だ。そんな王家の護衛は常にアマランス令嬢の影の護衛で傍にいた。その護衛の言葉がどれほどの者か、ダフニル貴様が分からないことはなかろう。」


 私が学園生活を送るにあたって国王陛下が私に護衛をつけてくれていた。護衛はとても優秀で、私の学園生活の邪魔にならないようにと、気配を消しいつも影から護衛をしてくれていた。アマランス公爵家の護衛騎士もすぐ傍に控えていたが、それでも学園にいる間、王家がわざわざつけてくれた護衛だった。

 そんな王族直属の護衛が私が虐めを行っていないと言ってくれたのだ。これで私がランカさんを虐めていたという事実は無かったと分かってくれただろう。


国王陛下は先程よりも低い声を出し、ダフニル殿下のことを睨みつけた。

 

「ダフニル。それでもアマランス公爵令嬢がそこの男爵を虐めたと断言出来るか?」


「い、いいえ。」


さっきまで悪役にも負け劣らない顔をして勝ち誇っていた殿下は今やがくがくと震えている。


「男爵令嬢だけの言葉を鵜呑みにし、証拠も無いのに愚かな真似をしおって。貴様の沙汰は後で下す。それまでは謹慎だ。男爵令嬢。貴様もだ。コイツらを連れて行け。」


殿下とランカさんは、騎士に連れていかれ退出した。


「皆の者。愚息が失礼した。このような事になって申し訳ない。皆は残りの時間を楽しんでくれ。そして、アマランス公爵令嬢、本当に申し訳なかった。もうこれ以上あんな愚息と優秀なアマランス公爵令嬢が一緒に居ることは無い。よって、ダフニルの言う通りにはなってしまうが婚約は破棄にするとしよう。」


「メリア。本当にごめんなさい。貴方は妃教育も頑張ってくれていたし、当然何も悪くないわ。婚約破棄をしても貴方の顔に、それからアマランス公爵家に泥を塗るような真似はしないから安心してちょうだい。」


「婚約破棄に関しての書類は明日届けさせよう。今日はもう疲れただろう。屋敷に戻ってゆっくりするといい。」


「国王陛下、王妃様、お心遣い感謝致します。それでは(わたくし)はこれで失礼いたします。皆様も御機嫌よう。」


私は優雅に一礼をして退出した。



 退出して少しすると、漆黒の髪に、青みがかった灰色の瞳をした男性。アマランス公爵家で雇われている護衛騎士。ジオラス・ダスキーが立っていた。


 ジオラスは、私の専属の護衛騎士だ。公爵邸にいる時はもちろん、学園にいる間もずっと傍で守っていてくれていた。

 ジオラスは、護衛騎士だが今日の卒業パーティーの会場には入れない。だから屋敷で私の帰りを待っていて欲しいと言ったが心配だからと、会場の外で待っていてくれたのだ。


 ジオラスは私に気が付くとすぐにこっちに来てくれた。

 

「お疲れ様です。お嬢様。まだ卒業パーティー中では無いですか?それに、少し足が震えていらっしゃいますし、大丈夫ですか?俺の手で良かったらお捕まり下さい。」


「ありがとう、ジオ。」


私は差し出されたジオの手の上に自分の手を乗せた。


「それにしても、ジオはよく私の足が震えている事に気がづいたわね。誰にも気づかれないようにしていたのに。」


「他の人は気づきませんよ、お嬢様は完璧ですので。俺はお嬢様と何年も一緒に居るので分かります。」


歩きながらジオと話をする。ジオとは幼い頃から一緒にいるため、気心が知れている。一緒にいるだけでさっきまで怖かったのが嘘だったかのように感じる。


 公爵家の馬車が見えて、ジオが扉を開けてくれた。私はジオの手に支えられながら馬車に乗り込み、ジオも私の後に続いて乗り込み、私の前に座った。


 私が何も話さないのをジオは何も聞かないでいてくれた。正直、今日はいろいろとあったからその優しさがとても嬉しく感じた。

無言のまま私達を乗せた馬車はゆっくりと公爵邸へと向かっていった。



 屋敷に戻ると予定よりも早く帰ってきたことにお父様もお母様も驚いていた。私のことを見て何かあったことには気がついていただろう。でも、何も聞かないで今日はもう休みなさいと言ってくれた。私はその言葉に甘え休むことにした。でも、ジオには、ジオだけには今日あったことを話しておこうと思った。


 ジオはダスキー子爵家の三男で、ダスキー子爵家は騎士を輩出する家として有名だ。

私が六歳の時、殿下の婚約者になってすぐにジオは護衛騎士になってくれた。ジオは九歳で歳は三つほどしか違わないのに、騎士としてしっかりとしていて、剣を振る姿は凛としてかっこよかったのを今でも覚えている。

 今でも、強く優しくかっこいいのだが。

 そんなずっと一緒にいてくれジオだからこそ一番に話そうと思った。殿下との仲もずっと心配してくれていたから。

 料理長にちょっとした軽食を用意してもらい、侍女にお茶の用意をして貰ってから、私は部屋にジオを呼んだ。

ジオはパーティー会場の外で待っていたから何も食べていないのだ。ジオの好きな物をたくさん用意した。


「失礼いたします、お嬢様。お疲れでは無かったのですか?」


「大丈夫よ。ジオそこに座ってくれる?あと、今は二人だけだから口調は崩して大丈夫よ。どうしてもジオには今日中に話しておきたいことがあるの。」


私はお茶を注ぎジオに軽食と一緒に進める。

 護衛騎士になってすぐは、お嬢様である私と護衛が一緒に食事を共にすることなんて出来ないと言っていたが、私が頼み込んだ結果、二人の時は口調を崩し、ご飯も一緒に食べてくれるようになった。


「私、今日の卒業パーティーでダフニル殿下から婚約破棄を告げられたわ。」


 ジオは飲んでいたティーカップを落としそうになった。私から告げられたことが余程、衝撃的だったのだろう。

私はそのまま、今日何があったのかを説明した。

小さい声で「あの野郎……。」と言った気がしたが、聞かなかったことにして、話を続けた。

 ランカさんにやってもいない罪をでっち上げられたことも、殿下にやってもいない罪で修道院送りにされそうになったことも全て話した。


「国王陛下と王妃様も殿下のしたことに対して謝ってくれたし、こんなことになった以上、婚約者でいるのも嫌だろうと配慮して、婚約破棄に関しての書類は明日家に届けてくれることになっているわ。だから、それが受理されたら私は晴れて、殿下の婚約者では無くなる。」

 

 そこまで話すとジオは私にハンカチを差し出してくれた。いつの間にか涙が零れていた。

婚約破棄が悲しかったんじゃない。王妃になれないのが嫌だったんじゃない。


「殿下から婚約破棄を告げられた時は別に構わないと思ったわ。殿下に恋をしていた訳でもないし、これから先も愛し愛される仲になれるだなんて思っていないから。でも、やってもいない虐めをやったと言われた時は怖かった……。いくらやっていないと思っても、殿下は私を悪に仕立てあげようとした。殿下が話せば話すほど、みんなが私に疑いの目を向けてくるの。……それがとても怖かった。」


 そこまで話すともう涙が止まらなかった。気丈に振舞っていたが本当は怖かった。みんなの視線が怖くて、一人で立っている場所は味方が居なくて脆そうで、気を抜くと崩れてしまいそうだった。


「お嬢様、少し失礼します。」


 いつの間にか隣に居たジオが私の手を握ってくれた。外では気丈に振舞っても、本当の私は強くなんてない。今までも、悲しいことがあって泣いてしまう時はあった。その度にジオは手を握ってくれた。ジオに手を握ってもらうとだんだんと気持ちが落ち着いてくるから不思議だ。


「ジオ、ありがとう。もう大丈夫よ。」


「お嬢様。明日、貴方に言いたいことがあります。」


「今でも大丈夫だけれど、明日の方がいいの?」


「明日がいいです。」


「そう。わかったわ。」


「ありがとうございます。それではお嬢様、今日はもうお休み下さい。」


「そうね。さすがに色々あって疲れたから休むわ。今日は待っていてくれて、話を聞いてくれてありがとう。ジオもゆっくり休んでね。」


「はい。紅茶と軽食ありがとうございました。それではおやすみなさい。」


そう言うとジオは一礼して退出した。

私も今日はもうゆっくり休もうとベットに入り眠りについた。



 翌日、朝食の席でお父様とお母様に卒業パーティーで起こったことを話した。良かれと思って決めた婚約でそんな風になるなんてと謝ってくれたが、お父様もお母様も悪くない。王族から申し込まれた婚約を公爵家が断れる訳が無いのだから。

 

 お昼過ぎ。国王陛下から婚約破棄の書類を使者が持ってきた。

婚約破棄の書類にはもう既に殿下の名前が書いてあって、国王陛下のサインも書いてあった。

国王陛下のサインが入っているということは、私が名前を書いた時点で婚約が解消されたことになる。

 そこまでしてくれた国王陛下に心の中で感謝をし、私は婚約破棄の書類にメリア・アマランスと記した。

 

 これで私は、殿下の婚約者では無くなった。


 公爵家の娘である以上、どこかの貴族との結婚は避けて通れないだろう。お父様とお母様もまずは心を休ませるのが大切と言ってくれた。そして、メリアの幸せを一番に願っていると言ってくれた。だから、これからの事はまた追々考えることにする。


 

 婚約破棄の書類を使者に渡してから、私はジオに連れられ花が美しく咲き乱れるガゼボに来ていた。

 ジオがベンチにハンカチを置いてくれた。私はそこに腰掛けて花を眺める。


 ここに来るとあの日のことを思い出す。

 

「ねぇ、ジオ。ジオが私の護衛騎士になってすぐのこと覚えてる?」


「もちろん、覚えてますよ。ここでお嬢様が一人で泣いていたことも。」


 ジオがまだ私の護衛騎士になったばかりの頃。私も殿下の婚約者となったばかりで、王妃教育のために毎日、王城に通っていた。王妃教育はとても大変で、今までの生活とはまるで違う世界だった。


 私はその日も妃教育のために王城に行った。でも、その日はミスが多く思うように授業が進まなかった。

 そういう日もあると先生は言ってくれたが、思うように進まないのが辛くて悔しくて、家に戻ってすぐ私は一人になりガゼボで泣いていた。

 そこに、私が居なくなったと焦って探しにジオが来た。泣いている私に驚いた顔をしていたが、ジオは私の手を握ってくれた。


「あの時のジオの言葉とても嬉しかったわ。私のことを何があっても護ると言ってくれて。」 


 全然、泣き止まない私にジオは私の目の前に剣を置き跪いて、護るという誓いをしてくれた。

 そう、今ジオがやっているような……。


「ジオ?いきなりどうしたの?」


ジオはあの日と同じように、剣を私の目の前に置き、片膝を付き跪いている。


「以前、俺はお嬢様に公爵家にいる時も、殿下の婚約者という立場で誰かに鋭い言葉を投げかけられても、誰かに狙われたとしても、その心も体も必ず護ると誓いました。しかし、殿下との婚約を解消された今、お嬢様に別の誓いを立てたいのです。」


 私は黙ってジオの言葉を待った。

 

「お嬢様、貴女に出会ったあの日からお嬢様のことを…メリア様のことをお慕いしておりました。メリア様と身分が違い過ぎるのは分かっています。ですが、この先のメリア様の人生を貴女の護衛騎士という立場ではなく、もっと近い存在として貴女のそばに居たい。貴女が泣いている時は、抱きしめて差し上げたい。貴女が笑っている時は俺も貴女の隣で笑い合いたいのです。どうかその権利を俺にくれませんか?」


 漆黒の髪が風に靡く。青く澄んだ灰色の瞳から目がそらせない。


 ジオと居るといつも心が穏やかだった。大変な妃教育を頑張れたのは、いつもジオが応援してくれたから。悲しいことがあった時はジオが手を握ってくれた。殿下との仲が良くないと言った時は心配してくれた。殿下の心が私に向かなくてもジオがいてくれるならそれでいいと思った。

 私は自分自身の気持ちに気づいていなかっただけ。きっと、殿下の婚約者だからと気づかないようにしていただけ。

 本当は、私もずっと前からジオと同じ気持ちだった。


「ねぇジオ。私ね、ジオと居る時が一番楽しいの。ジオと一緒にいる時間が一番、幸せだと感じていたの。でも、私は殿下の婚約者だからと見ない振りをした。だけど、もう誤魔化さない。だって、私もジオが大好きだから。」


 その瞬間、ジオに抱きしめられた。私もずっとジオにこうして貰いたかった。半歩後ろではなく隣に居て欲しかった。


「ありがとうございます。でも、本当に俺でいいんですか?メリア様なら他にも…」


 その先は聞きたくなくて、人差し指をジオの口に当てる。


「他の人はダメ。ジオラスがいいの。私が好きになったのは、私の護衛騎士のジオラス・ダスキーなの。だから、ジオじゃなきゃ嫌なの。」


 ジオは私の体から少し体を離し、今まで見たことがない素敵な笑顔をする。笑っているジオはいつもの何倍も素敵だった。

  

 「メリア様。貴女のことは私が必ず幸せにします。なので、一緒に幸せになりましょう。」


 だから私も、満面の笑みで答える。


「ええ!もちろん!」


 そう言うとジオは泣きそうな顔で笑う。

 そして、ジオの顔がだんだん私の顔に近づいてくる。私はそっと目を閉じると、唇にジオのそれが優しく触れた。


「ジ、ジオ……。」


「嫌でしたか?」


 私はきっと耳も顔も真っ赤になっているだろう。


「わかってるくせに意地悪だわ。」


「すみません。お嬢様がとても可愛らしかったので。」


 そんなことをされたことがなければ、そんな言葉を貰ったこともない。

 私はますます真っ赤になっているであろう顔を隠したくて俯こうとしたが、ジオの手に遮られてしまった。


「ジオ!」


「お嬢様の顔をもっと見ていたいので。」


「もう……。」


 そんなことを言われてしまっては、顔を隠すことはできない。赤い顔を見られるのは恥ずかしいけれど、私もジオの顔を見ていたいというのは同じだから。


「ジオ。私達もう恋人よね……?」


「そう思っていましたが、浮かれていたのは俺だけでしたか?」


シュンとした顔はまるで、捨てられた子犬のようで少し可愛いなと思った。


「恋人よ。でも、ジオがお嬢様呼びをするから……。」


「それはすみません。メリア様。」


「違うわ、ジオ。メリアよ。様もいらないし敬語もいらないわ。」


 ジオは迷った顔をした。長年、お嬢様と呼んでいたし、恋人になったとはいえ、まだ護衛騎士だから葛藤しているのだろう。


「ここには私達二人しかいないわ。」


そう言うとジオは参ったという顔をした。

  

「メリア。」


 好きな人から呼び捨てで呼ばれるのは少しくすぐったいが心地よい。


「ふふっ。なあにジオ?」


 自分で呼ばせたのに少しからかってみる。

 ジオはふっと目元を和らげた。


「メリア、大好き。俺の事を選んでくれてありがとう。」


「私の方こそありがとう。ジオ、大好きよ!」


 そう言うと、今度はさっきよりも長く唇が触れ合った。


 

 殿下と婚約者の時は、この先を思っては不安になった。

でも、ジオとなら悲しいことがあっても、辛いことがあっても乗り越えていけるという自信がある。

 いつもはお嬢様と護衛騎士という立場があったけれど、今の私たちには無い。だから、これから先はジオと並んで歩いていく。

 まだ見ぬ二人の幸せな人生に想いを馳せながら。


最後まで閲覧ありがとうございました!

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