ただそういう決まりだっただけ
ヤンデレなのか?
「ごめんなさいね」
くすくすと鈴を鳴らすような声で王女は笑う。
「レスターは貴方のようなものよりもわたくしがいいみたい」
と傍に控えているレスターを見せびらかすように告げている王女に彼女はじっとまっすぐに王女ではなくレスターを見つめる。そして、
「それはないな」
と誇らしげに断言する。
「なっ………!?」
わなわなと怒りに震えている王女を気にせずに、
「私はレスターを愛しているし、レスターは私に利用価値があるうちは私の婚約者だからな」
胸を張って答える彼女を見て、困ったように口の端を動かして。
「訂正してほしいな」
そっと、王女から離れて彼女の髪に触れ、口付ける。
「俺の方がニーチェを愛しているよ」
と高らかに宣言するとニーチェは顔を赤らめながらも。
「そ、そうか。両思いなのは嬉しいな。はっはっ」
と笑っているが少し不安だったのだろうほっとした顔になっているのを見逃さなかった。
「そうだね。両思いだから」
ちゅっ
目尻にそっと口付けて、
「俺の気持ち疑わないでね」
と告げたとたん羞恥で崩れそうになっているニーチェをあわてて利き腕で支える。
「ちょっと!! どういう事!?」
意味が分からないと文句を告げる王女に種明かしのように、
「分からないのですか? 父王を殺そうと企んでいる事をとっくの昔に知っているから探っていたんですよ」
とやっと種明かしが出来ると笑って告げた。
我が国には妙な決まりがある。
王位継承権は幼い時に王と共にとある場所まで向かい辿り着いた者だけ。
「そんな意味の分からない決まりを守っているなどおかしいと思いませんか?」
数日前、王宮の中庭まで来るようにと命じられて、レスターはそんな愚痴を聞かされる。
「わたくしの両親は王と王妃です。兄弟姉妹の中では5番目の娘ですが……。他国ではそんな傍流が後を継ぐなんて話はよほど国に凶事が起きない限りないはずなのに。それがまかり通っているんですよ!!」
お茶会を行うにはいささか暑い日にそんな愚痴を言われ続けてレスターは早く終わりたいと思いつつそれをおくびに出さない。………出したら長引くのを長い腐れ縁で知っていた。
自分の立場が揺るがないと思っているからこそできる傲慢な態度だと思っているが口にしない。
「貴方もそんな訳の分からない小娘の王配として教育されているのは不本意よね」
そこで重要なのはあいまいに笑って答えない事だ。あいまいに笑う事で人は自分の都合のいい答えを勝手に引き出して満足するのだ。
「――ねえ、レスタ-」
まるで猫のようにすり寄って上目遣いをしてくる女性。その際化粧や香水の臭いが鼻に来てきつかったが、それに耐えて、
「何ですか?」
と尋ねる。
………袖の中に隠してあった録音機能の魔道具が発動しているのを確認するのを忘れない。
「あんな小娘が居なくたって、わたくしとレスターでこの国を治めません?」
「――具体的には?」
と、したくもないが耳元で息を吹きかけるように囁いて、それに嬉しげに顔を赤らめる様を冷めた目にならないように気を付けて見つつじっくりとつまらない話を聞かせてもらった。
「レスター。顔色悪いがどうしたんだ?」
やっとの事で解放され、癒しを求めて歩いていたら婚約者が大量の本を持って歩いていた。
「ニーチェ。何度も言っているだろうこんなに本を持つものじゃないって」
そっと危ないからと持っている本の半分を強奪する。
「これも修行の一環だ」
「いくら修行でも視界を遮るほど持っていたら他の人の迷惑になるし、それで落としたら本が悪くなるだろう」
ニーチェは文句を言おうとするがそれを正論で黙らせる。
「だからって……顔色の悪いレスターが持つのは……」
「そんなの、ニーチェに会ったら疲れも吹っ飛んだよ」
にこっ
微笑んで告げると。
「たらし………」
とニーチェが困ったように顔を赤らめて下を向く。その反応が可愛らしいとさっきまでの疲れが吹き飛んだ気がする。いや、実際に吹き飛んだが。
「それはニーチェ限定だから」
君以外たらすつもりはない。そうきっぱりと断言すると、
「本を持つ修行なのか片付ける途中なのか分からないけど、途中まで付き合っていいかな?」
一緒に居る時間が欲しいと伝えると。
「レスターは変な人だ。私よりも身分が上なのに」
「何言っているの。王位継承者な分ニーチェの方が俺より身分が上だからね」
遠慮しないといけないのはこちらだよと告げながら二人で並んで歩く。
ああ。ほんとニーチェは可愛いし奥ゆかしい。威厳を保とうと威厳に満ちた口調から時折素の顔が出てくる様もますます可愛い。
(そんなニーチェに危害を加えようなんて、困ったものだね)
と先ほどの会話を思い出して冷たい笑みを浮かべてしまう。
「レスター」
そんなレスターにニーチェは心配そうに視線を向け、
「レスターちょっとかがんでこっちに近付いて」
「? こう?」
首を傾げつつ本を落とさないように慎重に近づいてかがむと。
ちゅっ
小さな音と共に頬に触れる感触。
「こうやれば疲れが取れるとあったから。試してみた。どうだろう?」
やるにはやったが恥ずかしげに、それでもこっちは全く恥ずかしくないぞという態度で振舞おうとしている様はほんとぉぉぉぉおぉに可愛くて。
どさっ
「貴重な本を落とさないように言ったのはレスターだろう。ダメじゃないか落としたら」
と言われても君の所為だと婚約者の可愛さに悶えるだけで何も言い返せなかった。もしかして、先程の仕返しかもしれないが怒るに怒れなかった。
後で図書室の管理人に丁重に扱えと叱られたが。
「――と言う事がありました」
レスターが報告に行くと実の娘の事なのに、
「ふうん。分を弁えないね~」
と感情を感じさせない口調だった。
「多分、君が王配に選ばれたからだろうね~。公爵子息の君という後ろ盾がなければ何も出来ない継承者だと甘く見ていて~」
愚かだね~。
「傍流で血が薄いからこそ血を濃くするには自分が王配になると立候補してきたのにね~」
そこに政略もなく。
「…………」
王の言葉に感情を顔に出さないように気を付ける。
王と共に王族の子供はある場所に向かう。件の王女はすぐに疲れたから行きたくないとリタイアした。
レスターもまた最後のリタイアをした子供で、残ったのはニーチェだけ。
本当はもっと頑張りたかった。一緒に行動しているうちに心惹かれたニーチェと共に行きたかったと我慢して我慢して無理をして倒れたのだ。
『その頑張りに免じて、褒美を与えてやろう』
王の気まぐれのような言葉。
『ならば王配に』
告げた矢先王の目が大きく見開く。
『君は僕とおんなじだね~。他の者に譲りたくないと言っている~』
これが地なんだろう。砕けた口調でこちらに向かって語り掛け。
『なら、それ相応の覚悟をするんだよ~。女王の王配は特に厳しいから』
王族は多くの子供が求められるゆえに側室がいる。そして、血が薄まらないようにと王族同士の婚姻も進められている。
つまり、王配と言いながらもその価値は低い。特に女王の場合は男は種馬だ。言い方が悪いが。
「まあ、そこはうちの国の面白いところだけど、女王が即位する。または王位継承者に女性が現れると王配、または同じ王位継承者の執着が激しくて、他の男に見向きをさせないようにするんだよね~」
で、子だくさん。
と、そのご本人があっけらかんと告げる。
「愛する妻の子供でも国を揺るがす馬鹿はいらない」
いくらでもお仕置きすればいいよ。
そんな許可を得て。
「じゃあ、逃げ場もない場所で盛大に騒ぎを起こさせてもらいます」
と宣言しての。
「よそはよそ、わが国はわが国ですよ」
にこやかに告げて集めた音声をこの場にいる者全員に聞こえるように再生する。
ちなみに国の改革を知らしめたいとよりにもよって妃殿下の誕生日に事を起こしたので妃殿下に溺愛している陛下の眼差しはより冷たいものになっている。一応とめはしたのだ。この日だけは止めておこうと。
でも、止まらなかった。計画を陛下に伝えたらその日以降ニーチェに会うのを禁止された。お仕置きもあったが、どこぞの姫君の思い込みが加速したのはいい結果だったと言えよう。
………そう思うしかない。
「王位継承者の婚約者は王命で決められているのにそれに異議を唱えると言う事は国家転覆を目論んでいると言う事と同じですね」
「こっ、国家転覆……そんなの直系が継げない方針がおかしいと言っているだけじゃない!!」
それに関して現国王が傍流の王族だと忘れている発言に姫君の兄弟姉妹が眉を顰める。
愚かな方だ。
五番目の姫君である自分以外誰もその事に口出ししなかったのに。
彼女自身は周りの兄弟姉妹が愚かだから気付いていないと思っていたようだが、彼、彼女らは聡明だったからこそ気付いていた。
………何人かは俺を押しのけて王配になろうとしていたが。
「国の方針にはそうなるだけの理由があるのだが、知らなかったのか?」
ニーチェが純粋に疑問に感じて問い掛けるが、それとどめを刺す事になるんだよねと思ったが言わないでおく。
「煩いわねっ。傍系の分際で!!」
「――それは陛下も、代々の王をも侮辱する言葉だとご存じか」
ニーチェはさすがに系図を覚えているからすぐに矛盾点を言える。
「王族に直系はいないのだが」
その通りなのだ。王位継承者に相応しい人材として選ばれる故に直系と言われると分からないのが現状だ。二代三代血が続いた程度。
つまりいない。
そんなこんなでそんな訳の分からない事を盾に言いだす輩が出てくること自体不思議なものだが。
「まあ、原因は分かっている」
もういいかと陛下の言葉に何人かの貴族が捕らえられる。
自分たちの欲のためにそうやって王族の耳にささやく輩は多いのだ。
「……今回は魔物はいないようだな」
陛下の言葉にそう何度も魔物がいたら困りますと思ったが口にしない。
「エーテリオンを使えなかったか」
ニーチェが物騒な事を呟くのが聞こえる。まあ確かに聖剣エーテリオンを見せたらすぐにみんな納得するよね。
そう思ったが、言わないでおく。
「ニーチェごめんね。黙ってて」
ニーチェの傍に向かって、謝罪を告げると。
「いや、気にしていない。――レスターに任せすぎている事が逆に申し訳ないから」
私はこのような事が苦手だからな。
そう言われて、
「少しは疑ってほしいような……」
彼女の事が心配になったが、まあ、ずっと側にいればいいかと考えを改めたのだった。