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 それから彼が行きつけだという高級レストランに連れて行かれた。


 彼を無視するという選択肢はなかった。面倒な事は、さっさと済ませたい。


 高級レストランは元の世界では頻繁に利用していたが、今は財布事情で足を踏み入れない類の場所だ。


 彼は話を聞かれないために私と知高さんを個室に招いた。


 一人で彼と対峙しようとしたが、心配した知高さんが「僕も一緒に」と、いつもは穏やかな知高さんらしからぬほど強引についてきたのだ。それについて彼は文句は言わなかった。


 個室に入ると、ようやく彼はフードを払った。


 灰色がかった金髪、灰色がかった紫眼、白磁の肌、二十歳前後の超絶美形だ。


 この顔は知っている。この世界の雑誌や新聞でよく見る顔だ。だからこそ人前では顔を隠すようにしていのだと分かった。


「改めて自己紹介する。前世では君の夫だった豊柴志朗、今はディウエス・ミノスだ」


「……ミノス公爵家に婿入りした第二王子か」


 知高さんが呟いた。


「天才ヴァイオリニストの京極知高だよな?」


 彼が知高さんに確認した。元の世界でも、この世界でも知高さんは天才ヴァイオリニストとして有名なのだ。


「元の世界から美音とは知り合いなのか?」


「ええ。元の世界から美音の友人ですよ」


 知高さんが自分を「美音の元恋人だ」と言わないのは、面倒な事態になると思ったからだろう。


 二人の自己紹介が済んだので、私は口を挟んだ。


「それで、こんな所に連れてきて何を話したいの?」


 私にとって最悪な事態、彼が私を殺すという事態は避けられると思う。


 殺すつもりなら、知高さんの同行を拒絶するはずだし、もっと人気(ひとけ)のない場所に連れてくるはずだ。


 ()()()は、彼が疲れ切った様子で油断していたから殺せた。


 今生の彼も私より体格も力も勝る男だ。通常の状態では殺せないのは分かり切っている。


 彼が私を殺すつもりなら私の死は確実だった。


「君こそ、俺に言う事があるんじゃないか?」


 テーブルを挟んで向かいに座った彼が言った。


「じゃあ、確認するけど、私を殺さない?」


「は?」


 私の言葉が予想外だったからか、彼は虚を()かれた顔になった。


「あなたにとっての前世で自分を殺した私を仕返しで殺さないでいてくれる? 今現在無駄にある権力を使って生涯私を苦しめるとかしないでいてくれる?」


「……これからの自分の心配なのか?」


「他の何があるの?」


(おれ)を殺した申し訳なさとか、罪悪感とかないのか?」


「ないよ。そんなの」


 私が即座に言うと、彼は再び絶句した。


 前世の彼を、夫を殺した時、私は全くためらわなかったし冷静だった。そんな私を見て、なぜ後悔や罪悪感を抱いていると思ったのか、そっちのほうが不思議だ。


「私は豊柴の女だよ。人を殺す禁忌を誰よりも刷り込まれている。それでも、殺そうと決意したの。義務よりも自分の心を優先する事にしたの。実際、あんたを殺した時、後悔や罪悪感など微塵もなかった」


 後悔というなら、なぜ、もっと早くこうしなかったのかという、それしかなかった。


「……人を殺した罪悪感に苦しんでいると思っていた。だから、もし君に、もしくは転生した君に会ったなら『君を許す』というつもりだった」


「死んでも、その独りよがりで傲慢なところは直らなかったようね」


 私は声を上げて笑った。


 死んで生まれ変わっても、こいつは何も分かってない。


「え?」


「『許す』って何? 殺した相手が許したところで人を殺した罪は、なかった事にはならないでしょ?」


 それだけ人の命を奪うというのは重い事なのだ。


 それを分かった上で私は殺したのだから。


「あんたの許しなどいらない」


 許されなくていい。


 豊柴美音として生きているうちは、人を殺した罪を背負わなければならない。


 だのに、忘れかけていた。


 それを許さないと言わんばかりに、神様が「彼」を私の前に遣わしたのだろう。


 私が殺した夫の生まれ変わり、「彼」を目にすれば私がこの罪を忘れる事はないのだから。



 













 

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