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 この世界に転移してから半年経ち、ここでの生活にも慣れた。


 楽団での仕事の帰り道、知高さんと共に歩いていたら名を呼ばれた。


「美音」と。


 聞き覚えのない声に怪訝に思って振りむいた。


 そこにいたのは、フードを深く被っていて顔は見えないが、均整の取れた長身からして男性だ。


「あなたは誰だ? 美音の知り合いか?」


 知高さんが庇うように私の前に出ると、その男性に言った。


 けれど、その男性は知高さんが目に入らないようで信じられないと言いたげに呟いている。


「なぜ、君がいる? 美音は、あの人ではなかったのか?」


「行きましょう。知高さん。妙な人に係りたくないわ」


 私は知高さんの袖を引いた。


 私と知高さんの離れる様子に慌てたようで男性は早口で叫んだ。


「俺だ! 美音! 志朗(しろう)だ!」


 聞き覚えのない声だが耳に心地よい低音の美声だ。音楽家らしくオペラ歌手としてやっていけそうだなと場違いな感想を抱いた。


「誰?」


 本当に分からなかった。純粋に疑問に思っている私に彼は絶句している。


「……自分が殺した夫の名前も忘れたのか?」


 気を取り直して呆れた様子で言ってくる彼に私は鼻で笑った。


「忘れるも何も、あの男が選んだ夫の名前など記憶したくないもの。最初から憶えてないわ」


 呼びかけも、「お前」、「あんた」、「おい」で済ませていたし。


 それに対して夫は文句を言っていたが無視した。なぜ、自分を軟禁し強姦する男の名を呼んで喜ばせてやらなければならない?


「美音の夫?」


 驚いた知高さんと違い、私はいたって冷静だ。驚きすぎると人間、傍から見れば冷静に見えるというやつではない。不思議と動揺しなかったのだ。


 それだけ夫を殺した事が私の中では遠い過去になっているのだ。


 私の自由と生き甲斐と尊厳を奪った夫を嫌悪した事もあったが、幸せな今、夫などどうでもよくなってきているのだろう。


 好意の反対は無関心とは、よく言ったものだ。


「この世界には異世界からの転移者だけでなく転生者も多いと聞いたから、あなたは私が殺した夫の生まれ変わりというやつからしら?」


「……ああ」


 全く動揺していない私に、かえって彼は戸惑った様子だ。






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