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翌日、王宮にある《異世界人対策課》と呼ばれる場所に知高さんと一緒に行った。
この世界で生きるために、この世界での戸籍を作る必要があるからだ。
今まで、この世界に現われた異世界人は私や知高さんと同じ魔力のない人間で元の世界に戻る事ができなかった。
異世界転移や異世界転生という現象があっても、この世界の人間にも魔力はなく、やってきて異世界人を元の世界に戻す事などできない。
それでいて来た時と同じように突然消える事もあるのだという。その人間がどうなったのは誰も知らない。
まさに神の悪戯によって異世界転移という現象を体験させられているのだ。
知高さんが言っていた通り、元の世界で犯した私の罪を知っても《異世界人対策課》の人達は、それについては言及してこなかった。
ただ一年間、私に監視をつけさせてもらうと言われた。
私が元の世界で罪を犯したからではなく転移してきた異世界人を一年間監視するのは慣例だからだそうだ。
まあ、監視されているのは慣れているし、私が文句言っても慣例ならば無視されるだろうからと了承した。
私を監視するのは二人。
一人はペレウス・アエアクス。二十歳。アエアクス公爵家の次男だ。長身痩躯で端正な顔立ち。金髪だが私や知高さんと同じ黒い瞳だ。異世界人の母親譲りだという。
家を継ぐ長男ではないので、どこかで働く必要があった彼が《異世界人対策課》に就職したのは母親と同じ境遇の人達を助けたかったからだという。
ペレウスは、この世界に転移してきた知高さんを一年監視していたという。監視人と監視対象者とはいえ互いに公正で穏やかな人柄な二人は、すぐに打ち解けたらしい。今では互いを友人だと思っているようだ。
「トモの友人でも、あなたがこの世界に害を及ぼす人間かどうか公正に判断させていただきます」
異世界人であるペレウスにはトモタカ(知高)は発音はしにくいらしく知高さんを「トモ」と愛称で呼んでいるのだ。
「構いません。私や知高さんの事は気にせず、あなたのお仕事をなさってください」
もう一人の監視人は、モブンナ・モーンス男爵令嬢だ。彼女は私と同じ十八歳。貴族の子女が通う学園を卒業後《異世界人対策課》で働く新人だ。栗色の髪と青い瞳で小柄で華奢な、私とは真逆な印象の可愛らしい女性だ。
モブンナの最初の監視対象者も知高さんだったという。知高さんの時と同じく今回もペレウスと組んで私を監視するのだ。
初対面だが険しい目を向けられた。
私は絶世の美人だったお母様に酷似している。けれど、いつもにこにこと微笑んでいたというお母様と違って私は喜怒哀楽があまり表情に出ない。そのせいか、まず同性に好かれた事がない。基本、他人に興味ない私は、それを気にした事はないが。
モブンナが私に険しい目を向ける理由は、私の外見による印象だけではないのは、すぐに気づいた。
知高さんに向ける目だ。いかにも恋する女性のものなのだ。
知高さんと同郷の知り合いで、今現在彼が気にかけている私をこころよく思っていないのだ。仕事である以上、私情は挟まないと思いたいが、露骨に嫌悪の視線を向けられているので、それも期待できそうにない。
一年の監視で、この世界に害を及ぼすような人間だと判断されれば監獄に閉じ込められてしまう。この世界の人間を守るためだから、それも仕方ないと思うが。
ただでさえ、私は殺人という罪を犯しているのだ。《異世界人対策課》の人達の私に対する心証は最悪だろう。
すぐに監獄に放り込まれなかったのは、転移前の世界での罪をこの世界では裁けないからだろう。
監視されるとはいえ、この世界で一年間生きていけるだけの住居やお金は与えられる。
その間に、この世界での生活の基盤を築かなければならないが。
幸いな事に、現在知高さんが暮らしている部屋の隣が空いていたので、そこで暮らせるようになった。モブンナは露骨に嫌そうだったが上司の決定には逆らえなかったようだ。
監視とはいっても、私が想像したような二十四時間、影で張り付かれる訳ではない。ただ毎日、監視人二人と最低一時間会話する事。その際に、困った事などを相談できるそうだ。
それを聞いて拍子抜けした。
いや、私の感覚が一般の人間とは違うのだろう。
何せ、元の世界で二十四時間、盗聴器や発信機を仕掛けられた生活をしていたので。
仕事についても知高さんが現在所属している楽団を紹介してくれ、とんとん拍子で働けるようになった。この世界にもヴァイオリンだけでなくアルパもあったのだ。
元の世界では知高さんは私と同じようにソロで活動していたが、この世界では無名なので、まずは楽団に所属しようと思ったようだ。
異世界であっても、再びアルパに触れられる。
アルピスタとして活動できる。
それだけで充分幸せだった。
私を嫌っているのが丸わかりのモブンナと一日一回会わなければならないが、もう一人の監視人であるペレウスと私を心配して常に同席してくれる知高さんも一緒なので露骨に悪意ある言動はされないので、さして苦痛は感じない。基本、他人はどうでもいいし、何より、夫に軟禁され強姦されていた日々に比べれば、モブンナの私に対する悪意など大した事ではない。
幸せな日々に、すっかり元の世界、夫を殺した事など忘れかけていた。
それを神様は許さなかったのだろう。
罪を忘れるなと言わんばかりに、「彼」が私の前に現わたのだ。
夫の生まれ変わりが――。