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なるべく主観を交えないで事実だけを口にした。自分の身に起こった出来事だ。完全に主観を取り除く事はできないだろうけれど。
知高さんは私の話をただ黙って聞いてくれた。途中で自分の意見を言って遮る事はせず、嫌悪に顔を歪ませる事もなく静かに耳を傾けていた。
私が話し終えると、部屋は再び沈黙が支配した。
知高さんの顔を見るのが怖かった。
私はアルパ、知高さんはヴァイオリンという違いはあるが、同じ音楽を志す者として彼のヴァオリニストとしての才能を敬愛している。
聡明で優しく、けれど自分に厳しくて公正な彼を人として好ましく思っている。
そんな彼に恋し「性的接触は一切なしで、結婚が決まるまで恋人として付き合ってください」と告白した。
私の家は特殊で、そんな私と係われば迷惑をかけると分かっていたのに。
私の我儘で彼を振り回していたのに別れを告げた時「恋人でなくなっても一生の友人でいたい」と言ってくれた。
そんな彼だが、さすがに殺人という人としての禁忌を犯した私を友人としてさえ到底受け入れる事はできないだろう。
それでも黙っているという選択肢はなかった。
黙っていても私がした事はなかった事にはならないし、何より、知高さんは私がした事を察しているだろうからだ。
知高さんのヴァイオリニストらしい、すらりとした長い指を持つ大きな手が私の頭に触れようとして止まった。
「……触れてもいいか?」
私が男性との触れ合いに恐怖を抱いているのだろうと気遣ってくれているのだろう。
他の男性であれば確かに恐怖を抱いただろうが知高さんであれば平気だ。私は頷いた。
「よく頑張ったね」
恐る恐るという感じで知高さんは私の頭に触れると優しく撫でた。予想通り、男性である彼に触れられてもパニックになる事はなかった。事前に言ってくれたからだろうし、何より、相手が知高さんだからだろう。
「両親には当事者全ての話を聞いてから判断すべきだと言われて育ったし、その通りだと思う。だから、君のその苦しみや憎しみに同調する事はできない」
知高さんらしい言い方だと思うし、私も別段同調してほしい訳ではない。
私の憎しみも苦しみも私だけのものだ。誰も代わりに背負う事などできないのだから。
「……ただ、僕は君の元恋人で今は友人だと思っている。だから、完全な第三者として見ている事もできないし、したくもない」
「知高さん」
私を恋人にした過去を後悔して嫌悪して離れて行くだろうと予想していた。私の全てを肯定できなくても完全な第三者ではいたくないと言ってくれるだけで充分だ。
「君の全てを肯定できない。そんな僕だけど君の心に寄りそわせてほしい」
世界中の人達が私を非難しても自分だけはそうしない。
私の苦しみや憎しみに同調できなくても、その思いの先を見届けたいのだと。
「君が罪を犯したとしても、今ここで君が生きていて、こうして再会できて嬉しいんだ」
「……私も、あなたとこうして再会できて嬉しく思っているわ」
こんな私を知られたくなかった。
それでも、知高さんと再会できて嬉しくも思っているのだ。