11(ディウエス視点)
「母上」
「会ってください」という電話をしても手紙を出しても無視されるのは分かり切っていたので俺は王宮に突撃した。
母の散歩コースである王宮の中庭で待ち伏せしていた。高貴な身分の女性ほど敷地内でも人を引き連れて歩くのだが母は一人だ。今の俺には都合がいいが。
母、パセファニー・エリュシオン・エリジウムは、プラチナブロンド、紫眼、白磁の肌、中背で華奢ながらグラマラスな肢体、孫がいる今でさえ、そう思えないほど若々しい絶世の美女だ。
母は俺に一瞥をくれると、そのまま無視して通り過ぎようとした。
「貴女にお聞きしいたい事があります。答えてくださらないなら、ずっと付きまといますよ」
俺の本気を感じ取ったのか、露骨に煩わしそうだが母は俺に向き直った。
聞く体勢になってくれた母に、俺は単刀直入に訊いた。いつまでも本題に入らないと母が行ってしまうからだ。
「なぜ、俺に対して、あんな態度だったのですか?」
「なぜ今になって、それを訊くの?」
口調は素っ気ないが高く澄んだ綺麗な声で母は尋ね返してきた。
確かに、訊く機会ならば、いくらでもあった。だが、俺は母が前世の妻の転生だからだと思い込んで訊くまでもないと思っていたのだ。
「前世の妻に会ったからです」
俺がそう言った時の母の反応は思ってもいないものだった。目を瞠り唇を震わせて、ようやく紡いだ科白は――。
「……美音に会ったの?」
「美音を知っているのですか!?」
俺は「前世の妻に会った」として言っていないのに、母は、はっきりと「美音」という名を口にした。美音と、前世の俺の妻と母は何らかの関りがあるのだ。
「前世の私の娘よ」
意外とあっさりと母は答えた。
「……前世の娘? 美音が貴女の?」
母が、前世の彼女が、普通に美音の「母親」であったのなら、俺に対してあんな態度だったのは納得できるが。
「美音の母親は、美音を産んで亡くなったと聞いていますが?」
美音を産んで亡くなって、今生の俺の母、パセファニーに生まれ変わったのなら、俺が美音にした仕打ちを知らないはずだ。ただ美音を産んだというだけの母親が、なぜ、俺が美音にしたおおよその言動を俺に対して再現できたんだ?
俺の言葉にしなかった疑問に気づいたのか、母は淡々と説明した。とても信じられない話だったが。
「前世の私、芙美花は、美音を産んで亡くなって、すぐに今生の私、パセファニーに生まれ変わったのではないの。幽霊として美音の傍にいたわ。だから、お前が美音にした事を全て見ていた。……幽霊だから触れる事もできなくて見ているだけで美音を助ける事はできなかったけれど」
最後の言葉を言った時の口調は、俺への怒りというよりは、美音を助けられなかった自分への怒りや悔しさがにじんでいるようだった。
「前世のお前を殺した後、自殺しようとした美音が突然消えて驚いたけど、今思えば、この世界に転移したのね。あの後、私自身、気がついたら今生の母のお腹の中にいたわ」
とても信じられない話だが、母が嘘を言っていないのも分かる。異世界転移や異世界転生という現実とは思えない事象が、この世界では起こり、俺や母、そして美音は、その当事者だ。現実離れした事実を聞かされても嘘だと断言できないのだ。
「信じなくていい。それでも、私にとっては、あの幽霊であった日々は真実だわ」
だから、前世の娘を苦しめたお前に復讐したのだと。
「分かっているわ。いくら前世の娘を苦しめた男でも今は私の息子。母として決して許されない事を我が子にしている事は。美音に殺された事で、ある意味、報いを受けたのだとしても、どうしても、お前を許せなかった。それ以上に、あの時、あの子を助けられなかった私自身が、どうしても許せなくて、今生で前世の憂さを晴らしたわ」
そう語る母の美しい顔は苦渋に満ちたものだった。母もまた息子を愛せない事に苦しんでいたのだ。
いくら前世の愛する娘を苦しめた男でも、今生では息子になった俺に復讐すべきではないと頭では分かっていても、母の気持ちは、前世で何もできなかった自分への怒りや悔しさはおさまらなかったのだろう。
「貴女を恨む気はない」
怪訝そうな顔をする母に俺は言った。
「貴女が俺をああ育てなければ、俺は前世での美音への仕打ちが、どれだけ人としてひどい事か自覚できなかった。だから、むしろ感謝している」
「……感謝、ね」
母は鼻で笑った。顔は似ていないのに、その表情は不思議と美音と重なった。
「私がお前にした事など、お前が美音にした事に比べれば生温いわよ。だって、私は最後の肉親の情けで尊厳を奪う事だけはしなかったもの」
「……そうですね」
母の言う通りだ。俺を離宮に幽閉し、人格を全否定するような発言はしても、人としての尊厳を奪うような真似だけは決してしてこなかった。
元帝国皇女であり、現在王妃、しかも、父王は勉強だけできる無能なので、この国を実質牛耳っているのは母だ。その母が幽閉同然にしている息子に何をしようと誰も何も言えないのに。
「ところで、美音に会ったから、私がお前に、なぜあんな仕打ちをしてきたか知りたいと言ったわね。どういう意味かしら?」
「……貴女が美音だと思っていたんです」
「は?」
母にとっては俺の答えは想定外だったのだろう。一瞬だけ呆けた顔をした後、心底馬鹿にしたような眼差しをもらってしまった。
「……美音を愛していたんでしょう? いくら私と美音が前世で母子だからって間違える? 所詮、その程度なのね。お前の美音への想いは」
反論できない。
前世で彼女達が母娘で、どこか似た所があろうと、愛しているのなら間違えるなどありえないだろう。




