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エゴイスティック・シンドローム  作者: 菖蒲
第1章 最初の夜
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第4話 『説明』

「エゴ...? どういうことだ?」


よく聞く言葉のような気がしないでもないけど、いまいちピンとこない。 それが、今の状況にどう関係しているというのだろうか。


「そういえばお嬢さんにはまだ話していなかったね。 私の推測を聞いてくれるかい?」


「えぇ、どうぞ」


「推測というか、これは殆ど確定している事実なんだが、まず、君達のいるこの世界は現実ではない」


「現実じゃない...?」


訝しげな顔をするお嬢。 当然だ、僕だって『地震の男』を見るまでは荒唐無稽な話だと思っていた。


「...ってそういえば!」


「! ...不動、いきなり大声出さないでくれる?」


お嬢がジト目で睨んでくるが、気にしている場合じゃない。 大事なことを忘れていた。


「上方! 持ってきてくれた縛るもんは何処だ!?」


「おっと、私としたことがすっかり忘れていたよ。 ほら、これでいいだろう?」


「ありが______ってこれ手錠じゃねぇか! どっから出てきたんだよ!」


改めて言うが、僕の家には手錠なんて物騒なものはない。


「やっぱり2人はそういう...?」


「お嬢の疑念が再発してる! くっ、もうなんでもいいわ! 手を縛れればなんでもいいわ!」


やけくそ気味に叫びつつ、僕は未だに気を失っている『地震の男』の手足に手錠をかける。 手錠が2個あったのは助かったがマジでどっから出てきたんだ。


「さて、さっきの続きだが、ここは現実じゃない。 君達の実際の体は今でもベッドの上でぐっすりだ」


「私はベッドより布団派だけど...」


今突っ込むべきはどう考えてもそこじゃないだろ。


「...でも、それが本当だとしたら、ここにいる私はなんなの?」


言われてみれば、確かに気になる。 未だに現実の僕がぐっすり眠っているとするならば、今の僕は一体どういう存在なのか。


お嬢の問いに対し、上方は『いい質問だ』と言わんばかりに上機嫌に答える。


「意識だよ」


「意識...?」


意識...これまた曖昧な言葉だ。 つまり、今の僕は体がない、心だけの存在だとでもいうのか。


「その通りだよ不動君。 意識がこの世界を作り出しているんだ」


「ちょっと待って。 意識が世界を作り出してる、ですって?」


お嬢の声が震えている。


「今いる私は私の意識が作り出したもので、同じように今いる貴方達も貴方達の意識が作り出したもの、ということ...?」


「お嬢さんは飲み込みが早いね」


そう、こういう時、お嬢は強い。 どんなことでも受け入れる彼女の性質は、時にはイレギュラーへの迅速な理解を生み出す。


彼女の整理された言動のおかげで、僕もようやく上方の推測がわかってきた気がする。


「これだけ鮮明なのも納得だ。 夢じゃこうはいかないからな」


「不動、納得するのはまだ早いと思うわよ」


「?」


「今いる私たちの実体が意識だとして、なぜ個人個人に備わってる筈のソレが貴方達のソレと繋がっているのかしら?」


言われてみれば、確かにそうだ。 上方の理論は理解できたけど、みんなの意識が繋がるなんてことがあるんだろうか...?


いや、ちょっと待て。 この問いに対する答えを、僕はもう上方から聞いていたような...。


「集合的無意識、か...」


「いいね不動君、正解だよ」


僕は『集合的無意識』についてはよく知らなかったのだけれど、どうやらお嬢は思い当たることがあったようで、


「集合的無意識...って、ユングの? 人類全体の無意識が具現化したのがこの世界だとでも言うの?」


「お嬢は難しいことを知ってるなぁ」


「何言ってんの、ここ倫理の授業でやったでしょ」


一切身に覚えがない。 授業でやったことをいちいち覚えていられるほど僕は優等生ではないのだ。


「うーん、ユングの言うそれとはちょっとばかし違うかもね」


上方は首を横に振った。


「時を越え、文化の違いを越え、人類に共通して現れる典型的なイメージ。 それがユングの言う集合的無意識だろう?」


「そうなんだ」


「不動は一回黙ってて」


相槌を打っただけで邪険に扱われる世界が、そこにはあった。


「まぁ分からなくてもそう気を落とす必要はないよ、不動君。 人には向き不向きがあるというからね」


こいつ、慰めるふりをして的確に僕の心に傷を残していきやがる...!!


「話を戻そう。 さて、どちらかと言えば、フロイトの防衛機制が分かりやすいのかな。 君たちは、日頃から無意識に自分の身を守っているんだ」


「退行とかそういうやつ? それがこの世界とどう関係があるの?」


「どう説明したものか...。 そうだ、不動君」


唐突に上方から名指しされた。 なんだ、話を理解していないからって説教でもするつもりか!


「そう睨むなよ。 ちょっと聞きたいだけだ。 君、私が手錠を取りに行ってる間に人命救助に勤しんでいただろう?」


「あぁ、流石に放っておくわけにもいかないしな」


手錠にはもう突っ込むまい。


「その時、彼らは何と言っていたかな?」


「...? そうだな、『助かったよ』とか『ありがとう』とか至って普通のことを言っていたぞ」


人に助けてもらって感謝をするのは当たり前のことだ。 さっきから、いったい上方は何を言いたいんだ...?


「そうか。 ...じゃあ質問を変えよう。 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「...いなかった...気がする」


...違和感を感じる。 上方の質問が嫌に引っかかる。 なにか、明らかに異様なことが起こっているのにそれに気付くことのできない気持ち悪さがある。


「そういえば」


お嬢が口を開いた。


「なんか、静かじゃない? とんでもない地震が起こったっていうのに。 私は大震災に遭遇した経験はないけれど、普通はもっと、こう、避難所に避難したりとか、余震に備えたりとか...」


どこからか馴染みのあるサイレンが聞こえる。 僕が呼んだ救急車が来たのだろうか。


「そういえば、さっきスーツ姿で駅に向かっている人たちも何人か見かけたわ」


明らかにおかしい。 建物が倒壊しているのに、いつもと変わらず出勤する馬鹿がどこにいる。


上方はくくく、と笑った。


「わかったかい? そう、みんな何故かイレギュラーの発生に気付いていない。 淡々と、『いつも通り』を実行しようとしているのさ」


「ま、待てよ。 話が見えないぞ」


「まだ気付かないかい? つまり、それこそが無意識だよ。 『いつもの日常』を淡々と繰り返す無意識さ」


上方はまるで世間話をするかのような軽いトーンで、あまりにも受け入れ難い推測を口にした。


「...つまり、『いつもの日常』を繰り返すみんなの無意識の集合体がこの世界ってことなの...?」


「相変わらず受け入れが早いね、君は。 そう、それが私の言う集合的無意識だ。 ま、とはいえ私にも詳しくは分からない。 分かるのは、人類全体が『何か』から自分の身を守るためにこの世界を作り出したってことだけだね」


フロイトの言う防衛機制を個人単位ではなく種族単位でやってるって訳だ、と上方は嘯く。


「ちょっと待てよ。 もしそうだとするならば、僕達はなんで『いつも通り』じゃないんだ。 地震だって認識できてる。 何なら、僕がこの地震男を倒したんだぞ」


「結構いいところ突いてくるじゃないか、不動君。 君のことだから理解を放棄すると思ったが」


「ハッ、それは僕のことを甘く見過ぎだな。 人ってのはな、あまりにも理解し難いことが起こると逆に冷静になるんだぜ」


曲がりなりにもしっかりと話は聞いていた。 難解な物語の考察は苦手な僕だけど、自分の直面している状況の把握くらいはやっておく必要がある。


「うーん、そうだな、これも言っておく必要があったな」


上方はにこっと笑った。


「君たち、引くくらいの自己中だろ?」








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