第3話 『お嬢』
「やったか!?」
「おいおい、不動君。 それは禁句じゃないのかい」
上方に指摘され、思わず口を塞ぐ。 『やったか!?』は『やってないフラグ』だからな。
「でもまぁ、杞憂だろ上方。 見ろよ、のびてやがるぜ」
僕は先ほど投げ飛ばした男を指差す。 打ちどころが悪かったのか、ピクリとも動かなくなってしまった。
「頭からいってたからね、不動君も容赦がない」
「おい待て死んでねぇだろうなこいつ」
僕は慌てて男の方へと近寄る。
顔のそばで耳を立てると、微かに息遣いが聞こえてきた。 よかった、死んでない。
「とと、安心してる場合じゃない。 一応こいつは縄か何かで縛っときたいな」
「これ使うかい?」
「おいやめろ靴下を脱ぎだすな」
一部のマニアにとっては相当な価値のあるJKの靴下だが、あいにく僕はそんなものには釣られない(多分)。 それに、靴下なんかで縛ってもすぐに外れてしまうだろう。
「上方、悪いが僕の家から縛れそうなものを取ってきてくれないか? 鍵は開けっ放しのはずだ」
「いいだろう、手錠だな?」
「違う!」
僕の家に手錠なんて物騒なものは存在しない。 あるとすればロープくらいか。
ともかく、上方は縛るものを取りにマンションの7階へと向かってくれた。
手持ち無沙汰になった僕は、改めて周りを見渡す。
(それにしても酷いな...建造物が軒並みダメになってるぞ)
マンションなどの巨大な建物を除き、電柱などの建造物の類はほとんど倒れてしまっていた。 ずっと向こうには火事だろうか、煙が上がっているのが見える。
(いや、悲観してる場合じゃないな。 今は自分のできることを、だ)
僕は倒れている人のもとへと走った。
「大丈夫ですか!?」
幸いなことに大半の人は意識を失っていただけのようで、呼びかけるとすぐに覚醒してくれた。 ただやはり怪我をしている人達もいたので、119番に電話を入れておくことにする。
(けど、ここは現実じゃないんだよな...)
上方のセリフを思い出して、なんとも言えない感傷に浸る。
現実じゃないにしては余りにリアルだ。 まるで本当に地震が起こったかのような光景だった。
(ま、その地震が一人の人間によるものだってのがここが現実じゃないと裏付ける証拠か)
そんな風に柄にもなく黄昏ていると、誰かから声をかけられた。
「ちょっと」
「?」
振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。 こいつは_____。
「お嬢!?」
「その呼び名、やめなさいって言ってるでしょ!!」
そう、目の前に立つ人物の名は『城 春香』。 皆が『お嬢』と呼ぶ彼女は、紛れもなく僕のクラスメートなのである。
「で、何してんのお嬢」
「それはこっちのセリフよ!」
彼女___城 春香は、『お嬢』呼ばわりを快く思っていないようだ。 明らかに機嫌が悪くなっているのがわかる。
そうだ、コイツにも『ここが現実じゃない件』について聞いてみようか。
「なぁ、お嬢。 なんか今日変じゃないか?」
「わ、私? どこかおかしい?」
慌てて自分の格好を確認するお嬢。 可愛らしいけど、今聞きたいのはそういうことじゃないんだ...。
ちなみにお嬢の格好は至って普通。学校指定の制服で身を包み、肩に鞄をかけている。 スカートの丈がちょっとばかし短いのと、髪を金色に染めていることを除けば健全な女子高生だ。
スタイルも良く、少々目つきが悪いながらも整った顔立ちで、学校内の男子からはかなりの人気がある。
「な、何よ。 ジロジロ見ないでくれる?」
「いや、何でもない。 ...それにしても、今朝の地震は大変だったな。 大丈夫だったか?」
質問を変える。 さっき倒れていた人達の中にコイツの姿はなかったはずだが...。
「丁度いいわ、私が聞きたいのもその地震についてよ」
「?」
「不動、あなたさっきそこに倒れてる彼と何をしてたの?」
「見てたのか...!」
チラ、とのびているチャラ男に目をやるお嬢。 不味い、このままだと僕がコイツに暴力を振るったというとんでもない勘違いを...!!
「えぇ、まぁね。 不動、ずいぶんとボコボコにされてたみたいだったけど」
「なんだよ、全部見られてたのか」
思わずほっとしてしまった。 加害者よりは被害者の方が気が楽だからな。
が、そんな僕の安堵も束の間、お嬢は更に疑問を投げかけてきた。
「さっきの地震、そこの彼が右足を踏み出すたびに起こってたわね。 偶然だと思う?」
「・・・」
...勘が良すぎるだろ、コイツ。 勘の良いガキは嫌いだよって言いたいくらい勘が良い。
「えっと...」
口を開くが、言葉がなかなか出てこない。 恐らくお嬢はまだここが現実じゃないということに気付いてないのだろう。
上方の説明をもう少し聞いていたら、お嬢にうまく伝えることができたのだろうか。
(いや、そもそもあいつはなんで『ここ』についてそんなに詳しいんだ...? 推測にしても具体的すぎるし...)
「ちょっと、聞いてるの?」
「はい、聞いてます、お嬢」
「急にニューホライズンみたいな喋り方になるのやめて」
「いや、まぁ僕もできることなら説明してあげたいんだけどさ、まだ僕自身も『ここ』のことをよく分かってないというかなんというか...」
お嬢は訝しげな目で僕を見る。
「『ここ』? 言ってる意味がよくわからないんだけど」
「では、私から説明しようじゃないか」
「上方!」
なにか縛るものが見つかったのだろう、上方が戻ってきた。 ナイスタイミングだ。
「しかし不動君にこんなに可愛らしい友人がいたとはね」
「うるさいなぁ」
「しかし不動君に友人がいたとはね」
「うるさいなぁ!!!」
前言撤回、コイツは戻ってこない方が良かった気がする。
一方、上方の乱入で呆気に取られていたお嬢はようやく我に帰ったようで、僕達の間に(文字通り)割って入ってきた。
「ちょっと不動! 誰よこの美少女!!」
「言われてるぞ、自己紹介したらどうだ」
「『上方 敷紙』だ。 好きな食べ物はうどんだ」
自己紹介で好きな食べ物をうどんって答える奴初めて見たわ。
「そして、不動君とは...」
「不動とは...?」
「恋人同士だ!!!!」
「どりゃあぁ!!!」
僕は上方に向かって今世紀最大のドロップキックを叩き込んだ。
「くっ、不発...!」
「おいおい不動君、いくらなんでも恋人に向かってドロップキックはないだろう?」
「そのふざけた口を今すぐ閉じろ...!」
コイツ、よりにもよってお嬢の前で僕と恋仲だとか抜かしやがって...!
「不動君、ただの冗談でそんなに怒るなよ」
「その冗談を真に受ける奴がここにいるんだよ!!」
「あ、不動の恋人か~なるほどね~」
「それ見たことか!!」
さて、突然だが、お嬢の厄介な特性の1つとして、冗談を言葉通りに素直に受け取ってしまう、というものがある。
そして何よりコイツは口が軽い。 明日には僕が美少女と付き合っているという噂が流れ始めるだろう(そしてクラスメートの男子から極刑に処される)。
「上方ぁ...。 僕はまだ死にたくないんだ...」
「そ、それほどまでに事態は深刻なんだね、少しばかり悪いことをしたかな」
僕の泣きそうな表情を見て動揺したのだろうか、珍しく上方が反省をしているようだ。
「お嬢さん、実は不動君と付き合っているというのは冗談なんだ、ごめんね」
「え~? ほんとかしら?」
「終わりだ...おしまいだ...」
そしてお嬢のもう一つの厄介な特性。
一度信じたことは、それが虚偽だったとしてもよほどのことがない限り認めない。
「お嬢はそんな感じの面倒臭い奴なんだよ」
「ふーん...なるほど、納得だ」
「?」
納得...? 何に納得したんだ?
一瞬脳裏に引っかかったが、その違和感は口にする前に遮られた。
「まぁでも、不動がこんな綺麗な人と付き合ってるわけないか」
「不動君、彼女、あっさりと嘘だと認めたようだが」
「畜生! お前にとって『僕に美人な彼女ができるはずがない』という認識はそんなに重いものなのかよ!」
まぁでも、噂が広められる、もといクラスメートに命が奪われることがなくて良かった。
...代わりに大切な何かを失った気がするが。
「大袈裟ねぇ。 いくらなんでも美人な彼女がいるからって理由でクラスメートを手にかける奴はいないわよ」
いや、いるんだなそれが。 男子高校生のリア充に対する妬みは想像を遥かに絶するものだ。
「まぁいいわ。 そんなことより上方さんだっけ? 説明してくれるのよね?」
「あぁ、こう見えても意外と説明好きなんだよ私は。 ...さて、しかしどこから話したものか」
上方が説明好きなのは意外でもなんでもないけれど、ともかくこの世界について知る時が来たようだ。
彼女は少しの間考える素振りをした後、僕達に向かってこう切り出した。
「『エゴ』。 そうだな、まずは君たちの中に眠っている『エゴ』についての話をしようか」