第2話 暗中模索
楽しんで頂ければ幸いです。
宇宙開発時代、傭兵として身を立てている集団がいた。フリーダムディビジョンと呼ばれる傭兵集団である。しかし彼らはとある討伐任務の最中に、謎のワームホールに艦隊ごと飲み込まれてしまうのだった。
「うっ」
ワームホールに飲み込まれたFD艦隊だったが、その総司令官であるフィルは旗艦、キングオブアーサーの内部で目を覚ました。
「こ、ここは、ブリッジか?」
意識を取り戻したものの、ワームホールに飲み込まれた時の名状し難い、何とも言えない摩訶不思議な感覚と、それによって誘発された頭痛が彼を今もさいなんでいた。
痛む頭に手を当てながらも、彼はブリッジの周囲を見回す。ブリッジのモニター類は今も生きており、光を放っている。そしてその前にある無数のシートの上では兵士たちがぐったりした姿勢で気を失っていた。
「お、オックス。みんなも、気を失っているのか。だが、ここはいったい」
状況が把握できずにいたフィルは手元のモニターに無数のタブを開き、状況確認を始めた。
『艦隊は……。よし、周辺に味方艦13隻を確認。旗艦に、目立った被害も無し。……現在地は、不明だと?』
タブに映った文字は、『Unknow』。つまり不明という意味だ。
『天体観測による位置情報は、ダメか。天体情報がデータベースと一致せず。だが、データログを見る限り、艦隊はワームホールに飲み込まれた直後、どこかへと転移していたようだな。現在地は1G重力下の惑星上空、か。どうやら各艦の緊急時プロトコルが発動し、AIによる自動操縦で空中浮遊を続けているようだ。惑星の大気成分は……。よし、人体に有害な物質はなし。むしろ人類の生存に適しているようだな。となると、どこかのテラフォーミングされた惑星に不時着した、と考えるべきか』
思考を巡らせるフィルだったが、しかしここで彼は、能吏に浮かんだ疑問に眉をひそめた。
『……しかし妙だな。テラフォーミングがなされている惑星のデータはほぼすべて艦隊のデータバンクに保存されているはず。漏れがあった?いや、任務のために惑星のデータは積極的に集めさせている。それにテラフォーミングは国家規模の力がいる。民間が無断で、それも周囲に露見せず惑星をテラフォーミングするなど、論理的に不可能だ』
顎に手を当て、思考を巡らせるフィル。
「う、うぅっ。ここ、は?」
しかしそれを中断させたのが、艦長であるオックスの声だった。
「オックスッ!気が付いたかっ!」
彼が起きたうめき声に気づき、フィルは思考を切り替えると席を離れ艦長シートのもとへと歩み寄る。
「て、提督。ご無事でしたか」
「あぁ。何とかな。船にも目立った損害はない」
「それは何よりですが、ほかの船は?」
「そちらも大丈夫だ。レーダーで周囲を確認したが、全艦無事だ。データリンクによれば、他の船も目立った損害はないそうだ」
「それは、良かった」
オックスはそういうと、シートから離れようとしたが……。
「ん?重力が、ある?」
彼は今、自分が重力下にいる事に気づいた。
「そうだオックス。どうやら我が艦隊は、どこかの惑星に不時着したらしい」
「そうですか。それで、ここは一体?」
「残念ながらそれも分からない状況だ」
「なんですって?」
オックスは、心底驚いた様子で問い返した。惑星に不時着したとは言え、その惑星の名称や惑星が属する宙域が分からなければ、遭難したのと同義だからだ。
「艦隊のデータベースには、各惑星からの天体観測情報があります。それと照らし合わせれば……」
「あぁ。すでに照らし合わせた。しかしそれでも分からなかった」
「そんなまさか。……データベースの情報は適宜更新しています。まさか未開拓惑星ですか?」
惑星のデータが無いのなら、テラフォーミングが行われていない惑星と考えるのが自然だ。しかし、フィルはその言葉にも首を振った。
「大気中の成分などを調べたが、どれも人間の生存に適した物だった。有害な物は今のところ確認されていない。しかし、かといってテラフォーミングもされていないのに、我々人類に適した環境を持つ惑星が、自然発生的に生まれていた可能性など、0に等しい」
「確かに。我々人類の故郷である地球。それに近い環境の惑星は、これまでいくつか見つかっているとは言え、どれもテラフォーミングを行わなければ安全に暮らせる惑星ではありませんでした」
「そうだ。となると、この星が未開拓惑星である可能性は低い。もちろんその可能性が0と言う訳ではないが、今は情報が少ない。この話題についてはあとにしよう。今は各艦の詳細な状況の確認と皆の安否確認が最優先だ」
「わかりました」
その後、二人はブリッジや艦内を回って気絶していた乗組員たちを起こし、すぐさま艦内の状況を確認させはじめた。目を覚ましたオペレーターたちも、他の艦へ通信をつなげ、そちらのオペレーターたちに何度も呼びかけ続けた。
一方そのころ。空母ガルーダ内部にて。
「う、うぅ。……俺、は?」
新兵であるエリックが目を覚ました。強襲揚陸艇に乗っていたはずが、いつの間にか、どこかで横になっていた事に彼は疑問を覚えながら体を起こそうとした、が……。
「いっつっ!」
直後、揺れる視界と頭に響く小さな痛みに、彼は表情を歪める。数秒して、改めて体を起こし周囲を見回すエリック。彼の視界に映ったのは、自分のように気絶していた兵士たちが床に寝かされている姿だった。そして周囲を見回すと、自分の傍に自分のヘルメットと、武器である『EAR-0507』――バッテリー駆動のレーザー式アサルトライフル――が置かれている事に気づいた。彼は戸惑いながらもライフルの状況を確認する。
『損傷は無し。バッテリー容量も100パーセントのまま。異常なしっと』
ライフルが問題ない事を確認し、セーフティをかけ直すエリック。
すると……。
「おっ!目を覚ましたか新兵っ!」
「た、隊長?」
近くにいたコンバットアーマー姿の男が一人、彼に駆け寄ってきた。メットのせいで顔は分からないが、声と左肩が赤い事から、彼が自分の部隊のリーダーである男だとすぐに理解した。
「どうだ?どこか違和感や痛むところは無いか?」
「は、はい。特にこれと言って問題はありません」
「よし。ならばこいつを持って艦内を回ってこいっ」
「え?」
戸惑うエリックに渡されたのは、負傷者に応急処置をするための応急キット、つまり救急箱のような物だ。
「これっ、エイドキット?なぜこんな物を?」
なぜいきなりこれを渡されるのか訳が分からず、彼は疑問符を浮かべながら聞き返した。
「状況は俺にもよくわからんっ。俺もさっき艦内放送で目覚めたばかりだ。ただ分かっているのは、俺たち全員、何かに巻き込まれ船は無事だが船員や兵士たちは全員気絶してしまったようだ。なので、動ける奴、起きた奴は今すぐ艦内を回って仲間の安否確認をしろとの指示だっ。急げっ!どっかで誰が倒れて負傷してるか分からないんだっ!負傷者は見つけたら応急処置っ!自分の手に負えないと判断したら医療班に緊急連絡だっ!分かったなっ!?」
「りょ、了解っ!!」
理解が追い付かない状況の変遷に戸惑いながらも、エリックは受けた命令をこなす為、エイドキットを片手に格納庫を飛び出したのだった。
それから約1時間後。ようやく各艦に登場していたクルーや兵士たちの状況確認が完了した。
「あぁ、あぁ分かった。状況確認が終わったのならまずは皆、警戒態勢のままで居てくれ」
通信で各艦の状況を聞いていたオックス。
「ふぅ。提督、艦隊全14隻の全スタッフの安否確認が取れました。転移後に転倒などして軽度の打ち身になったスタッフがいるようですが、死傷者は0との事です」
「そうか」
彼の報告を聞き、安堵した様子で声を漏らすフィル。
「……現状、分からない事は多いが死傷者を出さずに済んだのは、僥倖と言う他無いな」
「全くです」
彼の言葉に頷き同意するオックス。
「しかし提督、現状の問題は山積みです。現在地は不明。周囲に、我々に敵対的な勢力がいるかも不明。居たとしてもその兵力の数なども不明。これでは暗闇の中を無暗に彷徨うような物です」
現状は、予断を許さない状況だ。分からない事が多すぎて、これから何が起こるのか見当もつかないような状況だ。故にオックスの表情は険しい。
「そうだなオックス。未知と言う事は大変に危険なことだ。『己を知り敵を知らば百戦危うからず』と言う東洋のことわざもある。今の我々に必要な事は、『情報』だ。だがまずは、艦隊に損傷やダメージが無いかを確認する必要がある」
そういうと、フィルはシートを立ち、オペレーターたちの傍へと歩み寄る。
「どうだ?周辺で何か動きはあるか?」
「いいえ。現在各種レーダーを用いて周辺空域と地域を索敵中ですが、これと言って敵兵器のエネルギー反応などはありません。微弱な生命反応は検知できていますが、どれも原生生物程度です。データベースと照合していますが、大半は、地球に過去存在していた動物種との類似性が確認されています」
「そうか。……ん?『大半は』、と言う事は類似性が無いものもいるのか?」
「はい。例えば、こいつらです」
そう言ってオペレーターがキーボードを叩くと彼の前のディスプレイに外部カメラが捉えた映像が映し出された。
「これは……」
ディスプレイに映ったのは、人間よりも小さいながら、しっかりと二足歩行で立ち、棍棒のような物で武装し、腰布のような物を身に着けた緑の体色を持つ生き物だった。
その生き物の姿に、流石のフィルも言葉を失った。
「なんだこいつらは?」
「分かりません。各惑星の原生生物と類似性を調べましたが、該当は無し。唯一、コンピューターはこの生物に対して原始人類程度の知性があると判断しています」
「……こいつらに艦隊を攻撃する力があると思うか?」
「いいえ。見たところ遠距離火器などを持っている様子もありません。現に奴らは艦隊に気づくと一目散に逃げだしています。他にも、この惑星独自の物と思われる原生生物種を複数確認しましたが、どれも一様に逃げるばかりです」
「そうか。……念のため各生物のデータを取っておいてくれ。あとで必要になるかもしれん」
「了解です」
彼の返事を聞くと、フィルは次に別のオペレーターの元へと歩み寄った。
「すまない。周辺地域に艦隊を着陸させられるような平野はあるか?」
「少々お待ちください。周辺地域をスキャンしてみます」
と、彼がオペレーターの女性と話しているとオックスが歩み寄ってくる。
「船を地上に降ろされるのですか?」
「あぁ。いつまでも艦隊の全艦、14隻が空を飛んでいたのでは悪目立ちする。それに周囲の状況確認をするためにも、まずは仮設のベースキャンプを作るべきだろう。今後、周辺地域の情報収集を行うにしても拠点が必要だ」
「分かりました」
と、二人で話をしていると……。
「提督、艦を着陸可能な平野を複数発見しました。完全な平野部ではありませんが、各艦のランディングギアの調整機能を用いれば着陸は可能です。ただ、少し問題が」
「ん?どうした?」
「複数のポイントを発見したのですが、一つ一つは全14隻が着陸できるほどの大きさではないんです。せいぜい、5隻から6隻が限界です。全艦同時に着陸できるほどの大きな平地は、この周囲にはありませんね。全艦が着陸できる場所となると、今ある地点を工兵隊で広げていく必要があります」
「そうか」
報告を聞き、しばし考え込むフィル。やがて……。
「着陸可能な地点の地図データを出してくれ」
「了解」
すぐさまオペレーターがキーボードを叩き、新しいタブがポップアップし、地図データが表示され更にその上に、着地可能な地点を表す光点が置かれる。
「各ポイントとの距離は、長くとも2キロ、短ければ1キロ以下と言った所か」
「どうするフィル?」
「やむを得ないが、艦隊全14隻を3か所に分けて着陸。その後、直ちに警備用の戦闘ドローンを展開し周辺に警戒網を設置させる」
「艦隊を分けてしまうと、兵力の分散が危惧されますが?」
「背に腹は代えられんよ。今は艦隊の詳細な状況確認と周辺の状況確認、安全の確保が最優先だ。幸い、降下地点同士はそれほど離れているわけではない。敵の存在の有無や兵力が分からない以上、現時点では多少のリスクを承知で戦闘を避けるべきだ。だからこそ、リスクを承知で降下するんだ」
「分かりました。それで、艦隊をどのように分けるおつもりですか?」
「まず、ストアとホテルの2隻は大きすぎるので分ける。その2隻を基点に、双方にアマテラス級を3隻ずつとヘッジホッグ級を1隻ずつ、計4隻を護衛に着ける。これで10隻。残りの旗艦であるこの艦と空母ガルーダ。残りのアマテラス2隻。これで全14隻だ。まず、ストアを基点とした5隻をAチーム。ホテルを基点とした5隻をBチーム。そしてこのキングオブアーサーを基点とした4隻をCチームとする」
「了解しました。では、戦闘を考慮して各チームに適した降下場所を選定します」
「あぁ。頼む」
オックスはフィルの言葉を聞くと、選定のため別のオペレーターの元へと向かった。
「提督っ」
「ん?どうした?」
「ガルーダの『マイヤー・スチュアート』艦長から通信です」
「分かった。私のシートのモニターに回してくれ」
「了解っ!」
フィルは一度自分のシートに戻ると、ボタンを押し通信に答えた。するとタブが開いて、くすんだブロンドの髪が特徴的な、女性の顔が映し出された。
『急な通信、申し訳ありません提督』
「気にするなマイヤー。それよりどうした?何かガルーダで問題が発生したのか?」
『いえ。問題と言う訳ではないですが、兵たちの多くが現状を飲み込めていないようです。今は気にせず確認作業を最優先するように言ってあるのですが、不安が広がるのも時間の問題かと……』
「そうだな。……よし、ならば今から全艦に通信をつないで私の口から状況を説明しよう」
『お願いいたします。では』
「あぁ」
そう言って通信を終えると、フィルは席を立ちオペレーターの元へと向かった。
一方、先ほどまでエイドキット片手に艦内を走り回っていたエリックだったが、今はガルーダ艦内にいた兵士とスタッフ全員の安否が確認できたため、とりあえず自分の上司である隊長、『ゲイル・ローガン』の居る格納庫へと戻っていた。戦闘自体は行われていないため、持ち場である格納庫の揚陸艇近くでヘルメットを取った姿でゲイルや部下たちが集まって待機していた。
「ゲイル隊長っ、艦内スタッフの確認作業が終わりましたっ」
「おうっ、ご苦労さん。どうだった?」
「はいっ、倒れて軽度の打撲を負った人が何人かいましたが、それ以外はこれといって問題はありませんでしたっ」
「そうか。そいつは何よりだ」
エリックの言葉に、ゲイルは心底安堵した様子だった。が、一方のエリックはどこか、不安そうな表情を浮かべていた。しばし彼は迷った様子だったが、やがて静かに口を開いた。
「あの、隊長」
「ん?どうした新兵」
「……これから俺たち、どうなるんですか?」
エリックが静かに問いかけると、ゲイルと、更に周囲にいた他の兵士たちも動きを止め、二人の方へと視線を向けた。
「俺たちがどうなるか、か」
「はい。さっき艦内を回ってるときに聞いたんです。艦隊は全艦無事でも、現在地も分からない謎の惑星に不時着したって」
周囲の兵士たちはただ、静かにエリックとゲイルのやり取りを見守っている。
「ここに俺たちに敵対的な存在が居たら、戦闘になるんじゃないかと思うと……」
「不安で不安で仕方がない、か?」
「……はい」
静かに問いかけるゲイルに対し、エリックはバツの悪そうな表情を浮かべながら静かに頷く。新兵とは言え兵士なのは変わりない。なのに不安を口にしている自分が、周囲に対して後ろめたかったからだ。
すると……。
「確かに、お前の言う通りだ新兵」
「え?」
返ってきた言葉はエリックの予想外の物だった。『こんな事ぐらいで怯えるなっ』と叱責されるかとエリックは思っていたからだ。
「現状、俺たちには分からない事が多い。ここがどこで、周囲にどんな敵が居るのかも分からない。これは十分に危機的な状況だ。だが、一つだけ言える事がある」
「それって、何ですか?」
エリックが問いかけると、ゲイルはフッと笑みを浮かべる。
「今のこの状況の中で、すでに俺たちのトップであるフィル提督は動いてる、って事だ」
「それって、提督がもう対応策か何かを考えてるって事ですか?」
「そりゃそうだろ?何といってもこれだけの大艦隊の提督なんだぜ?俺たちの総大将はよっ」
誇らしげな笑みを浮かべるゲイル。
「その提督が、こんな状況で何もしないなんてありえないぜ。おそらく、直に指示か何かが……」
と話していると……。
『各員へ通達。各員へ通達』
艦内放送が鳴り響き、多くの兵士やスタッフたちがスピーカーへと目を向けた。
『これよりフィルバート提督より、全艦、全スタッフ、全兵士へ、現在の状況について提督本人から説明があるとの事。余裕のある方は皆手を止め、可能な限り艦内放送へ耳を傾けてください』
そういうと、スピーカーの向こうでスイッチを押す音が聞こえた。
『諸君、私だ、フィルバートだ』
すると、数秒の間を置きスピーカーからフィルの声が聞こえてきた。
『まずは私の口から現状について簡潔に説明したいと思う。つい先刻まで、我々フリーダムディビジョン艦隊は暗礁宙域で活動していた宙賊と戦闘をしていた。しかし、宙賊は軍より盗んだと思われるミサイル型のディメンションイーターを使用してきた。本来ならばブラックホールを生成するはずだったが、理由は不明ながらもディメンションイーターがさく裂した地点においてワームホールの発生が確認され、我々の艦隊全14隻がワームホールに飲み込まれ、今いるこの惑星に不時着した物と思われる。だが……』
そこで、一度息をつくフィル。そんな彼の言葉の続きを、エリックを始めとした兵士たちは静かに待っていた。
『星々の位置から、現在我々が居る銀河や惑星の位置情報を探るべく天体観測を行った。しかし艦隊のデータベースに、一致する物は無かった。つまり現在我が艦隊は、名前の分からない惑星に漂着したも同然と言う事になる』
これには、流石の兵士たちも驚き、息をのむものが数人ほどいた。エリックもその一人だ。
惑星に漂着したというが、それは例えるのなら大海原で名前も無い無人島に漂着したような物だ。周囲は見渡す限りの海で、たとえ船があってもどの方角に行けば陸地に辿り着けるかなんて分からない。あれと同じような状況なのだ。
『幸いなことに、この惑星自体の大気成分は人間の生存に適した物だ。だがこの惑星について我々はこれと言った情報を得ていないのが現状だ』
と、そこでフィルは一度言葉を区切ってしばし間を置いた。それは、兵士たちが現状を理解するために時間を与えたのだ。
現に、各艦にいた兵士たちはパニックこそ起こしていないが、現状に少なからず不安と戸惑いを見せ、周囲にいた仲間たちとヒソヒソと話をしていた。
『さて』
やがて再び口を開くフィル。すると話をしていた兵士たちが口を閉じ、スピーカーへと視線を戻した。
『次は現在、私が考えている今後の行動方針について話すとしよう。まず第1に必要なのは、言うまでもなく『情報』だ。なので今後の行動を決めるために船の状況や物資の備蓄状況などを確認しつつ、今後の情報収集活動の拠点となる仮設ベースキャンプを地上に設営する。幸いなことに、現在地付近に艦を数隻、着陸可能な地点を複数見つけた。そこで艦隊を3つのチームに分け、3か所の地点に降下。降下ポイントをそれぞれのチームの仮説ベースキャンプとして直ちに防衛ラインの設定を行う。現在、降下地点の選定中だが、それも終われば艦隊は即座に降下ポイントへと降りる事になるだろう。そのため、諸君らには降下後、すぐに動けるように準備をお願いしたい。と、大まかな現在の指示はこれくらいだ』
と、そこまで言うとフィルは一度息をついた。
「提督、放送は以上ですか?」
そう彼に問いかけるのはキングオブアーサーのオペレーターだ。フィルが首を縦に振れば放送は終わるはずだったが……。
「いや、最後にあと一つだけ伝えておく事がある」
彼は静かに言って放送を続行させた。再びマイクを口元へと寄せるフィル。
『それと、最後に皆にこれだけは言っておきたい』
三度響く彼の声に、兵士たちは『なんだ?まだあるのか?』と言いたげな表情でスピーカーを見つめていた。
『現在、我々はあまりよくない状況下にある。現在地は不明。周辺に敵性勢力が潜んでいる可能性もある。敵が居たとして、その戦力も分からないままだ。予断は許されない状況だ。周辺の安全を確保できるまでは、諸君らには気を張らせる数日となってしまう恐れがあるだろう』
それは、傍から見れば不安感を煽るような言葉だった。
『マジ、かよ。どうなるんだ俺たち』
現に放送を聞いていたエリックは、内心戸惑っていた。分からないことだらけの恐怖心と不安感が彼の胃を締め付ける。
『しかしっ、恐れる事は無いっ』
「え?」
しかし次いで聞こえてきた言葉にエリックは俯いていた視線を上げた。
『知っての通り、我が艦隊は一国の旅団規模に相当する兵力を持ち、諸君らの多くはあまたの戦場を駆け抜けてきた精兵だっ。何も恐れる必要はないっ。情報が無いのなら集めればよいっ。安全な場所が無いのなら守備を固めたうえで作ればよいっ。我々には、それを成すための仲間と技術と道具がある。……状況は思わしくない。しかし、私は信じている。我が艦隊の勇敢な兵士たちは、スタッフは……』
誰もかれもが、フィルの言葉に耳を傾けていた。
『『私の家族たち』は、誇り高く強いのだと』
「ッ」
エリックは、フィルの言葉を聞き息をのんだ。次いで、スピーカーから笑みを漏らすような小さな音が響く。
『それでは各自、降下後のベースキャンプ設立と防衛ライン構築のための準備を始めてくれ。ここがどこかも分からないが、我々は今、こうして生きている。生きているのなら、明日をつかみ取る。それだけだ。諸君らの働きに期待する。以上だ』
その言葉を最後に通信は途切れた。すると……。
「さぁて、そんじゃあ準備でも始めますかぁっ!」
「よぉしお前らっ!今すぐ倉庫行って来いっ!セントリーガンと塹壕掘るのに必要な道具とか、使えそうなもんもってこいっ!」
「「「「サーイエッサーッ!!」」」」
エリックの傍にいた兵士たちが、笑みを浮かべながら動き出したのだ。先ほどまでの、不安の混じった緊張感は無い。皆、笑みを浮かべながら動き出したのだ。
「これ、って……」
しかし新兵であったエリックは、さっきまでの沈みかけていた空気が一転した事で、戸惑いを覚えていた。更に周囲がせわしなく動き出す中で、エリックはどうするべきか若干オロオロしながら周囲を見回していた。その時。
「おら新兵っ、何してるっ?」
「げ、ゲイル隊長っ」
「どうした不安そうな顔して?腹でも痛くなったか?」
冗談交じりにそういってエリックへ問いかけるゲイル。
「い、いえ。そんなんじゃっ」
「じゃあどうした?なんで突っ立ってる?」
「そ、それは、えと。……皆、さっきまで不安を感じてた様子だったのに、提督の言葉ですぐにやる気と言うか、余裕を取り戻したみたいで、驚いて……」
「ははっ!なんだそんな事かっ!」
エリックの話を聞くと、ゲイルは声を上げて笑い、自慢げな笑みを浮かべる。
「まっ、新兵のお前にもいずれ分かる時が来るさ。あの人がどれだけデカいか、って事をなっ」
「は、はぁ」
自信ありげなゲイルの言葉に、しかしエリックは半信半疑な様子で生返事を返す。
「それよかっ!おら急ぐぞっ!降下後に仮設ベースキャンプ作りだっ!忙しくなるぞっ!お前はとにかく、倉庫から作業用の器材とか、仲間と引っ張り出してこいっ!」
「りょ、了解っ!」
指示を受け、エリックはすぐに動き出した。
そして、キングオブアーサーの艦橋では……。
「さて、この先私たちを待つ物は一体何なのか。見定めなければならないな」
フィルが、艦橋の淵から見える前方の森林を、山々を、つまり世界を見下ろしながらポツリとつぶやく。 ただ静かに世界を見下ろしながら、彼は思慮を巡らせていた。しかしフィルでさえも一つに事実にはまだ気づかない。『自分たちが異世界に転移しているのだ』と言う事実には。『今は、まだ』。
第2話 END
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