友人との別れ
これはゲームの世界なのだから何をしようと構わない。
そう思う反面で上野自身はゲーム内の世界に愛着を覚え、横暴なプレイはできないでいた。画面越しに見ているだけでも沢山なのに、プレイ中であればその凶行は彼の目の前で現実のように繰り広げられた。
上野はこの遊び方を嫌っていたが、羽賀のようなプレイや、更なる爽快感を見いだすために実験的な遊び方をするプレイヤーは多い。単なるシミュレーションに飽きたプレイヤー達がゲーム内での出来事を数値化してスコアアタックに興じることもあった。メーカー非公認のローカルルールがいくつも生まれてはプレイヤーのモチベーションアップに一役買っていた。
これらの遊び方は通常のプレイでは太刀打ちできないと思われるほどの超人を作り上げてしまうこともあった。仮想空間の限界に己の知識と経験とパラメータ調整で以て挑むのだと意気込み、尋常でない金を溜め込んだり、常軌を逸した犯罪に手を染めたり、あまつさえゲーム内で進行する歴史を変えてしまう奴もいた。
それらはチーターとか2周目とか呼ばれ──言葉の本来の意味として適切とは言えないが──他のプレイヤーから疎まれることも多かったが、そういった遊び方をメーカー側が禁止していない以上、チーター達の行動を拒絶し隔離することはできず、上野は専らオフラインで遊んでいた。
プレイヤーは吉野に代わっていた。吉野は羽賀とは違った冒険を求める。医者として患者を何人救えたかの記録をのばしたり、砂漠の王暮を暴いたり、はたまた雪山に巨人の足跡を探しにいったりするのだ。清々しい遊び方ではあるが、こちらもこちらで吉野のフラストレーションを反映させている。
それらは実現不可能な願望だった。現実世界に患者を診る医者はほとんどいないし砂漠も雪山も一般人が踏み込む場所ではなくなっていた。
代わる代わるお互いの"人生"を見せ合ったり、3人で洞窟探索に出かけたり、とてもありふれた大冒険を満喫した。
新世代型コンピュータを以ってしても、楽しい時間はすぐに過ぎるという現実世界の法則は打ち壊せないだろう。あっという間に午前0時を過ぎ、翌日──といっても日付は変わったので今日だ──のことを考えるならそろそろ家に帰って寝るという選択肢を選ばざるを得なくなっていた。羽賀は泊まっていけと言ったが、実習用の資料を自宅に置いてきてしまったから、結局一旦は自宅に帰るということに変わりはなかった。
酔いつぶれて床に張り付いている吉野にわざとらしく躓きながら、羽賀が玄関まで見送りに来た。吉野は床に転がったまま肘から先だけヒラヒラさせている。
「またな」「おう」と簡単なやり取りをして上野は羽賀の部屋を後にした。
外に出てすぐに気付いたことだが、風が冷たい。上着一枚ではそろそろ厳しい季節かもしれない。明日は帰りに服屋に寄ろう。
どれだけ文明が発達しようが四季は巡り来たし、涼やかな音色で鳴く虫たちも滅ぶことはなかった。その物悲し気なこえを聞けば感傷的な気分にもなろうというものだ。友人たちは気のいい奴らで、こんな時代によくぞ巡り合ってくれた。その友人の酌を断ることが出来ようか。飲みすぎた理由を器用に人のせいにして、上野は一人上機嫌だった。
遠回りをして夜風を浴びようと思った。少し歩いたところに海岸がある。