焔神の名に祈るもの
根の国にほど近きは、財の現る場。
天にうら近き貴人が為に降り下ったもの達が住まい始めて幾星霜。時に魔と争い、魔と交わり、そうして彼らは生きてきた。水の恵みを給うに遠く、風の慈悲を拾うに届かぬこの地では、その村にはいくつもの焔が松明として掲げられている。
その中でも尊まれるは、蒼い焔だった。蒼き焔は神のもの。その御手の中よりしか生まれずとされ、魔族にのみそれはかつて分け与えられていた。しかして今は、その分け火がこの村の中央へと祀られている。
それは厳重に厳重に上枝ではいっとう価値の高いとされる金属で囲まれ、その炉にはいくらもの生き物だった痕跡が僅かばかりに遺されていた。
その炉を、村の子供が覗いた。神なる焔を覗く機会は少ない、祭りの際に開かれるか、祭司が生贄を炉に捧ぐ際に覗き込むしかないからだ。必然それを見ることは稀である。
覗く子供は恐る恐る、その手に魔族より渡された通さずの黒金より作られた松明を手に、永久なる炉より神の焔を戴き、外へと戻っていく。村は年に一度の祭りだった。賑わいの溢れる中、子供の手の内のあるそれが現れると、人々はその手を止め、押し黙り焔に祈った。
祭りとは、年に一度。根の国に最も近き場所より僅かばかりに取れる恵の鉱石より精錬するのがこの村の祭りであった。触るといかなときでも冷たく、太陽が如く輝き、揺らめく色をしたそれは永久不変の神の御業としか言えぬものだ。名を火緋ノ金と言うそれが無事採掘され精錬出来ることこそが、この村の存続を根の国に住まう神より許された証なのである。その精錬の為に、蒼き分け与えられた焔が必要なのだった。そうして練り上げられたそれは神に捧ぐ神具となる。
焔はうら高き塔へと運ばれる。
それは精錬所だった。その普段は使われずとも整えられた炉へと焔が入れられる。幼く無垢なものが入れたそれは、先に置かれた人々の遺骸を喰らいながら、据えられるべき場所に据えられたかのように生き生きと燃え始める。塔は竜の上げるような煙を吐き始めた。
祭司であり炉に携わる男が、金属鈴の着いた杖と共に、塔へと入る前に祈り言を謳いあげる。
「いと尊き焔の神よ。死せるものたちの主よ。地底にて富めるもの、ファフニールよ」
金属鈴が鳴り響く。
「此度も施しを与え給うこと、死に絶えたもの達を迎え給うこと、我らは感謝し、祈りを捧げましょう」
響く、響く。焔の爆ぜる音。
「故に示されよ、示されよ、貴方の施したもうた慈悲が、どうか此度も続くかを」
塔へ、塔へ。言葉を皮切りに村の人々が祈る。
そしてまた、訪れ近付く魔族達もまた、その塔を見て異形のみを縮こまらせ、祈り始める。そこに仕えるべき主が慈悲で分け与えたそれがある事を理解しているが故に、彼等はそれに祈る。
塔が火を吹く。巨大な竜にも似た姿で、火を吹く。今年作られるのは、緋色の金属弓。
暫くして祭司の手にはひとつの弓と矢があった。所々を星界樹の枝を用いて作ったそれは、上の枝の人間には許されざるものかもしれなかったが、無事その二つは調和したように一つの姿となっていた。村でまつ人々はその姿を見て、押し黙っていたのも嘘だったかのように喜び、はしゃいだ。神は彼らがここにいることを良しとした証だからだ。
そうしてその武具を携え、祭司はその中を進みながら炉心へと進んでいく。祭りの最後、蒼い焔のあった炉心の祭壇へと捧げた。翌日に祭司が覗く頃には、その姿はもう無いだろう。前年に作り上げた剣もまたそのようにして忽然と消えたのだから。
人々はその日の夜に騒ぎ、歌い、喜び、そして踊った。
近隣で狩っただろう獣を捌き、飼っていた獣さえも今宵ばかりは大盤振る舞いに食うことが出来る。
これから過ごす1年は良しと出たのだ、それを祝わずして何となるのか。人は乾杯の声を上げた。
その姿を、魔族とそして焔だけが見ていた。