中二病.vs.中二病
「―――さあ、出てこい!」
二人は揃って隠し通路に先にあった扉を蹴破った。だが、部屋の中には何もない。あるのは二つの魔法陣だけだ。
「この部屋にあるのはあの魔法陣だけだな。チッ、お宝でもあれば良かったものを……」
「いい加減にお宝から離れろよ。それで……どうする気だ?」
「どうする、とはどういうことだ?」
「分かるだろう。魔法陣が二つあるんだ。どっちに入るかっていう話だよ」
「そうだな。……ガレスはどっちがいい?」
「俺に判断を任せるなんて珍しいな。そうだな……俺は左がいいと思う」
「よし、じゃあ僕は右に行こう」
「おい待て。別行動をする気か!?」
「心配するな。お宝はちゃんと借金返済に充てるさ」
「そういう問題じゃない。どんな罠が仕掛けられているのか分からない迷宮で単独行動は危険だといっているんだ」
「臆病だなあ、ガレスは。さっきの声を聞いたろう?あれが迷宮の主なんだぞ?あんな奴が大層な罠なんて仕掛けているはずがない!!」
「そう言われると、否定は出来ない……」
「―――おい大男、そこは否定しろよ!あと小娘、お前は絶対ぶっ飛ばすからな!」
「……あんな奴だぞ?少なくともユーリはアイツにはやられていない。断言してもいい」
「となると、尚更事情を聞かなくてはいけないな……よし、早く決めよう。どっちに行く?」
「だからぁー、言っているだろう?僕は一人でも大丈夫だよ。ガレス、君が先に決めろ」
「さっきまでミミックに泣きべそかいていた奴の言うことなんか信用できるかよ。この迷宮の主とかいう奴より信用ならん」
ガレスの言葉がトドメの一撃となった。迷宮の主の言葉にならない絶叫がこの小さな部屋の中に木霊する。どうやら相当に怒っているらしい。そこに至ってようやくガレスは自分が言いすぎたことを少しだけ反省した。エルナはどこ吹く風と平然と聞き流している。
「―――もういい!出でよ、我が僕たちよ!あの世間知らずの小娘とでくのぼうを痛い目に遭わせてやれ!!」
壁から床から天井から次々と死霊たちが現れる。彼らの一匹一匹の能力は決して高くはないが、こうして群れることで数の暴力で相手を打ち倒すのだ(エルナたちは知り得ないことだが、ユーリたちはこの戦法で追い詰められている)。
「―――ハハハ!どうだ、もう謝ったって許してやらないからな!さて。死霊たちにジワジワと追い詰められていく様をここから見学させてもらうことにしようか?」
迷宮の主―――ラブレスは最早、余裕綽々だ。それもそのはず、彼女からすれば二人は「剣士」と「ただの魔術師」のパーティにしか見えないのだ。いかに優れた腕を持っていようともほぼ無尽蔵に湧いて出る死霊たちの前にはいずれ体力が尽きてしまうのがオチだ。彼女の頭の中ではすでにその様が浮かんでいたくらいだ。
だが、二人は欠片ほども動じた様子を見せない。それどころか呆れたようにため息をつく始末だ。
「エルナ。出番じゃないのか?」
ガレスがそう言うと、エルナは押し寄せる死霊たちに向かって杖をかざした。
「死霊ども、お前たちの主はアイツじゃない―――この僕だ!」
杖の先が俄に光り出す。ガレスたちに食らい付こうとしていた死霊たちはたちまち向き直り、エルナの指示通りにピタリと整列する。その姿はさながら調練の行き届いた軍隊のような正確さだ。
「良かったな。相性のいい敵で」
「―――な、なんだ?一体、何をしたんだ!?」
「まさか敵も死霊使いだとは思いもしなかったが……フッ、この深淵の魔女様の敵ではないようだな!!」
エルナがポーズを取ると、それに合わせて死霊たちも一斉に同じポーズを取る。彼らはすでにラブレスの支配を逃れ、エルナの手足同然となっているようだ。
「―――くそ、まさかこんなことが……ん?『深淵の魔女』?」
「そうだ。僕こそは深淵の魔女、エルナだ。同じ死霊使いとして僕の名前を知っておいて損はないぞ?今なら僕の直筆サインをあげよう!」
「―――そうか。お前が深淵の魔女か……」
囁くようなラブレスの声と共に部屋全体を大きな揺れが襲う。ガレスが腰を落としてエルナを支えるが、整列していた死霊たちは堪えきれずに次々と倒れてしまう。
「―――死霊の大巨人を三度も召喚したあの従魔の師匠はお前だなあああああ!?」
割れるような絶叫が鼓膜を揺らしたかと思えば、床を突き破って巨大な顔が現れる。それはエルナやユーリが召喚した死霊の大巨人と同じ、死霊を寄せ集めて作り上げた巨人の顔だ。
「―――お前がアイツに死霊術を教えたんだな!?アイツのせいで私は散々な目に遭ったんだ!この落とし前は師匠である貴様に払ってもらうからなあああああ!!」
「おい、エルナ。コイツが言っている『アイツ』とは多分、ユーリのことだぞ?」
「ああ、それぐらい僕にも分かるさ。しかしコイツの口ぶりからするとユーリはコイツを一度は倒しているな。それならアイツはどこに行ったんだ?」
「分からんが、今はひとまずこのデカい顔を何とかしなければいけないんじゃないか!?」
死霊を寄せ集めて作った巨人は顔だけしか見えていないが、大声を張り上げるだけで死霊たちはもちろんエルナやガレスさえも吹き飛ばしてしまう。
「―――ハハハ、どうだ!深淵の魔女よ。私の可愛い大巨人の威力はどうだ?お前の従魔が何度も召喚していたから私もやってみたんだ。なかなか悪くないだろう?」
「どいつもこいつも可愛げが無いものばかり出しやがって!」
ガレスが飛びかかるが、巨人が一吹きするだけであっさりと壁に打ち付けられてしまう。
「―――可愛くないとは失礼な奴だな。よく見ろ。とっても可愛いだろう?」
「……悪いが俺には分からない世界だな」
「―――まあ、人間程度には私のセンスは分からないか。無理に理解してもらおうとは思わないよ?君たちはここで死ぬのだからな」
巨人の顔がグルリと回ってガレスの方へと向けられる。
「―――まずはでくの坊。貴様からだ!」
「いいや、僕には分かる。分かるぞ!」
エルナが巨人の前に立つ。
「美しいフォルムだ。寄せ集められた死霊たちのおぞましい表情、大きな目、全てを吹き飛ばす咆哮。どれをとっても素晴らしい!」
彼女は巨人をペタペタと触ってウンウンと一人で頷いている。ああ……ここにもヤバい奴がいたか。ガレスはがっくりと項垂れた。
「―――おお、深淵の魔女よ。貴様にはこの素晴らしさが分かるか!そうだろうそうだろう!貴様も死霊術の使い手として私を敬うがいい!そうすれば特別に命だけは助けてやる」
「いや、それほどではない」
エルナはキッパリと言いきった。
「―――は?」
「確かにフォルムは美しい。死霊の大巨人としては十分合格点と言えるだろう。だが、まだまだ甘い。ユーリの真似をしただけではこの僕の足下にも及ばないな!」
エルナが杖の先を地面に打ち付けた。大きな揺れが再び部屋中を襲う。
「おい……まさか……」
「迷宮の主よ、見るがいい!これが僕の、深淵の魔女の『死霊の大巨人』だ!!」
ガレスがエルナを抱えて魔法陣に飛び込んだ瞬間、部屋の床を突き破ってもう一匹の巨人が顔を見せた。部屋は崩れ落ちた。




