エルナ、冒険者への道
「バーバラさん、見ました?スゴいですよね、あの子!私の半身なんですよ!?」
「ああもう、分かった分かった。だから下手に動くんじゃないよ」
バーバラはうんざりしたようにユーリを引きずる。彼女は嬉々として話しているが、その身体は腰から下がすっかりと無くなってしまっている。正確には炎によって燃え尽きた状態となっており、未だに身体からはプスプスと肉が焼け焦げる匂いが漂っている。
「魔女の捜索は一旦、中止だね。魔王様のところまで戻らないと……」
「そうですね、残念。でも代わりにスゴいものが見られたでしょう!?」
「そうだね、アンタがこんなになるなんて初めて見たよ」
全く、と投げやりにいうバーバラに引きずられながらユーリは考える。
アレがあの子の中に潜んでいた力の正体。私の中にあるデュラハンの能力も魔王様からもらった能力も恐らくアレの前にはまるで歯が立たないだろう。
だが、アレはまだ発展途上の能力だ。あの子もまだまだ制御できていない。もしもあの子があの力を制御することが出来れば―――。
「……しかし、あの子はなんで人間のところで冒険者なんかしているんだい?私たちの所に来ればいくらでも出世できるだろうに」
「それがあの子の良いところらしいですよ?私には打算にしか思えないですけど」
ユーリの言葉にバーバラも鼻を鳴らす。
「そうだよ。人間なんて所詮、打算と裏切りの生き物さ」
確かにその通りだ。彼女は胸の内でそう言葉にする。どうせ人間たちなんてあの子と×××したいだけの生き物なのだ。ああ、ただの冒険者にしておくなんて宝の持ち腐れだ。あの子さえいればこの世界は間違いなく私たちのものになる。
「……いずれ迎えに行かないとね」
「その前にアンタにお迎えが来ないか私は心配だよ」
「とりあえず魔王様のところまで運んでもらうまでは死なないつもりですよ?」
「そうかい。じゃあ、精々持ちこたることだね」
―――――
「なあなあ、ガレスよ」
「どうしたエルナ?」
「ユーリたちはいつになったら帰ってくるんだ?」
「さあな、地下迷宮は広大だろうからな。2~3日はかかるんじゃないのか?俺たちは借金返済のためにこの内職を頑張るって昨日決めたばかりじゃないか」
「そうか。……じゃあ、気長に待つとしよう」
―――――
「なあなあ、ガレスよ」
「どうしたエルナ?」
「ユーリたちはいつになったら帰ってくるんだ?」
「……昨日気長に待つって行ったばかりじゃなかったか?」
「もう待ったぞ。いつだ?」
「さあな……ああ、ところで今日は街の広場に大道芸人がやってくるらしいぞ?」
「……後で見に行く」
―――――
「なあなあ、ガレスよ」
「どうしたエルナ?」
「ユーリたちはいつになったら帰ってくるんだ?」
「そうだな、もうじき一週間になるな……。きっと捌ききれないくらいのお宝を抱えてきてくれるんだろうな。俺たちももう少し頑張ろうじゃないか」
「そうか。……そうだよな。うん、じゃあ僕ももう少し我慢しよう」
「ああ、それがいい。……ところで酒場で給仕を募集しているそうだぞ、エルナ」
―――――
「……ガレスよ」
「ど、どうしたエルナ……?」
「……もう何日になる?」
「ああ、そうだな……もうじき一ヶ月になるか」
「さすがに限界だぞ!どうなっているんだ!?」
「俺にも事情は分からないよ。だが、もしも何かあった場合には冒険者ギルドの方から連絡が来るはずだ。それが無いうちはユーリたちは無事……なはずだ」
「そんなこと信用できるか!アイツを待っている間に僕が酒場でどれだけ冒険者どもにお尻を触られたと思っているんだ!?これ以上我慢できるか!!」
「いちばん触っていたのはミリッサだったな……?」
「行くぞ、ガレス!ついてこい!!」
「おいおいどこに行く気だ!?」
「決まっているだろう。―――冒険者ギルドだ!」
「やめておいた方が良いと思うけどなぁ……」
―――――
「申し訳ありませんが、エルナさんはこのギルドの出入りを禁止させていただいておりますので……」
受付嬢は申し訳なさそうに答えた。
「やーめーろーよぉ―――!!」
エルナの叫びも虚しく、ギルドの係員たちに引きずられていく。それを呆然と見送ってからガレスは受付嬢に向き直る。
「……で、ユーリたちは実際の所、どうなんだ?」
「今回、ベヒモスの森付近で発見された地下迷宮にはユーリさんたちを含めて三組の冒険者の申請がございました。現在の所、その三組のうち帰還した人は誰一人として……」
受付嬢もガレスから目を背けてしまう。仕事といえども彼女も彼らの気持ちが分からないわけがないのだ。
「じゃあ、やはりユーリたちは……」
「いいや、そんなわけがない!ユーリは僕の従魔だぞ、簡単に死んでたまるか!」
窓の外からエルナが必死に顔を覗かせる。係員が未だに彼女を引き剥がそうと奮戦しているが、彼女を押しとどめることは出来ていないようだ。
「だから、僕らがユーリを探しに行くと言っているんだよ!……ええいこの、離せ!僕は誇り高き深淵の魔女だぞ!この……あ、こら足を引っ張るな!」
窓の外では未だに激しい戦いが繰り広げられている。
「その迷宮への立ち入り許可をもらえないか?探しに行くのは俺たちだ、このギルドには迷惑をかけない」
「いえ、そう申されましても……冒険者ではない方に迷宮への立ち入り許可を出すわけには……」
「ならば、冒険者の誰かが申請を出せば良いんだな!?そうだな!?」
エルナが窓越しに叫ぶ。
「ええ……まあ、冒険者の方の申請があれば、ですが……」
「よし、ならば簡単だ!この……(死霊共!)」
彼女が小声で死霊たちを召喚したことをガレスは気づかないフリをした。係員の悲鳴が聞こえる辺り、恐らく窓の外では死霊たちが係員を打ちのめしているのだろう。
ため息をついているとボロボロになったエルナが再び建物の中に入ってきた。すっかりと諦めてしまったのか最早受付嬢も退出を促さない。
「よし聞け、この場にいる冒険者ども!これから我が従魔であるユーリを捜索のために地下迷宮に潜るぞ!勇気あるものは僕についてこい!」
彼女が杖を高々と掲げて叫ぶが、賛同するものは誰一人として現れない。元より冒険者たちの間には発見されたばかりの地下迷宮には、まず実績のある冒険者たちが足を運び、その全容を解明するという暗黙の了解があるのだ。そしてその地下迷宮に挑んだ実績のある三組の冒険者が三組とも帰ってこないとなると、そこに挑もうという気概のあるものはそうそう現れない。
「……どうした?冒険者ともあろうものが揃いも揃って怖じ気づいたというのか!?」
エルナが呼びかけても反応するものはいない。全員が伏し目がちになり、彼女と目を合わせようともしない。
「普段から粋がっているくせに肝心な時になにもできないって言うのか!?お前たち、ユーリに散々世話になっただろう!?例えアイツが忘れても主の僕が忘れていないぞ!」
エルナがわなわなと怒りに震え出す。それでも尚、反応する冒険者はいない。彼らはそろそろと冒険者ギルドを退出しようと出入り口へと歩き出す。
「……テオドア、どこに行く気だ?」
真っ先に出て行こうとした冒険者の一人をエルナの怒りの籠もった視線が貫く。
「……エドワード、ブライアン、アンソニー、ジャレッド、お前たちもだ」
うわごとのような呟きに彼の後ろに続いていた冒険者たちも軒並み立ちすくむ。
「……い、いやあ、俺はちょっとよ、用事を思い出してな」
「……テオドア、お前はこの間の酒の席で酔ったユーリのゆるんだ胸元をジッと見ていたな?」
エルナの言葉に冒険者の一人、テオドアは冷や汗を流す。
「エドワード、お前には病気の妻子などいない。にも関わらず、嘘をついてユーリに魔獣討伐をさせたな?」
「い、いやあ……それはで、出来心で……」
「ブライアン、お前はこの間賭け事で負けた際にユーリに立て替えてもらったらしいな?」
「そ、それは……」
「アンソニー、お前はユーリに何度となく告白しているらしいな?アイツが困っていたぞ」
「ど、どうしてソレを……」
「……ジャレッド、お前はユーリとクエストに出た時、気遣うフリをして……」
「あ―――っ!あ―――っ!!ごめんなさい、言わないで!」
冒険者たちの阿鼻叫喚を横目に、受付嬢はガレスにそっと耳打ちした。
「―――なんでそんなことまで知っているんですか?」
「―――分からん。でも、アイツはユーリの主だからな。何かそういう魔法があるんだろう」
読んでいただきありがとうございます。
コメディと銘打っておきながら前回までシリアスな空気になっておりました。申し訳ありません……。
ここからまたおバカな空気に戻していきたいと思っております。どうかお付き合い下さい。
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