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暗転


「あら、これはこれは。元神様の出番、ってわけね?」


 彼女は口では驚いたような事を言いながらも、極めて冷静にニクスの一撃を躱す。


「ベルさん、ベラさん!今のうちに悠里さんを!」


 ニクスの声を合図に茂みからベルとベラが姿を現した。二人に抱えられて僕は彼女から距離を取る。だが、彼女はニクスの攻撃を巧みにかわしながらも決して僕から視線を外さない。その目は完全に獲物を狙う猛獣の目だ。


「「ヨハンさん、ヘルガさん!援護を!!」」


 今度は二人の言葉を合図にヨハンとヘルガが姿を現す。ヘルガが僕を抱えたベルとベラを、ヨハンが僕の半身と戦うニクスの援護にそれぞれ入った。


「そっちから来てくれるなんて嬉しいわ。あの子の前で私の格好良いところ見せてあげなくちゃ」


 その「格好良いところ」とは、僕の前でみんなを殺す事を言っているのだろう。何としても阻止しなくてはならないが、この身体ではみんなのお荷物にしかなれない。


「よそ見していて良いんですか!?」


 ニクスが刀を払い上げた。耳障りな金属音が鳴り、僕の半身の得物である槍が宙高くはね上げられた。


「悠里さんには悪いですが、あなたにはここでご退場願います!」


 ニクスは僕の半身の心臓目がけて刃を突き立てた。鋭く突き出された刃は音を置き去りにして彼女の胸へと吸い込まれる……はずであった。


「それはコッチの台詞よ。元神様?」


 驚くべき事に彼女はニクスの神速とも言える突きを片手で受け止めていた。胸元寸前で止められた刃がその余韻に細かく震えている。或いはニクスですら驚きで手が震えたのかもしれない。


「まさか……素手で私の刃を!?」

「こんななまくらぐらい素手で触ったってどうってこと無いわ」


 彼女は刃を握りしめて思い切り引き寄せる。咄嗟のことに反応が遅れたニクスもそのまま引きずられてしまう。


「魔王様の城で戦った時と同じように、もう一回ぶちのめしてあ・げ・る♪」


 その楽しげな表情からは想像がつかないくらい容赦の無い彼女の拳がニクスの顔面に叩き込まれた。援護に入っていたヨハンを巻き込んでニクスの身体が吹き飛ばされていく。


「ヨハンのやつ、だらしないわね!こうなったら……」


 ヘルガが舌打ちしながらポーチから野球ボール大の球を一つ取り出す。慣れた動作で火をつけて、彼女へと投げつける。


「―――――!」


 激しい閃光と爆音が木々を揺らす。目くらましの閃光弾だ。ベルとベラもヘルガの動きを予測していたのか、いつの間にか耳栓でしっかりと防護している。何も知らない僕はに聞こえてくるのは、爆音による耳鳴りだけだ。


「さあ、アンドレアス!出番だよ!!」


 ヘルガが短剣を抜いて叫んだ。


「よっしゃあ!俺に全部任せておけ!」


 茂みからジャラジャラと派手な装飾を輝かせてアンドレアスが姿を見せる。彼はその巨体を十二分に活かして僕の半身を力任せに組み伏せた。


「ハーッハッハ!どうだ、俺が取り押さえたぞ!!」


 彼は勝ち誇ったように叫んだ。ずっと寝てたくせに。


「あら、意外な伏兵ね」


 取り押さえられても尚、彼女は余裕を崩さない。


「全く……どこに行ったかと思えば、よりにもよってこんな奴と独りで戦うなんてどうかしているよ」


 ヒルダは僕の半身が身動きがとれなくなっているにも関わらず、未だに短剣を下ろさない。その言葉からも分かるように、やはり相当ヤバい奴だったようだ。


「参ったね。まさか迷宮探索のつもりが魔王の最側近に出くわすなんて……」


 ヨハンとニクスがよろめきながら戻ってくる。


「この間のヨトゥン侵攻の際にはコイツに散々、煮え湯を飲まされたよ」


 何事にも穏やかだったヨハンの表情に微かな怒りの色が見える。……事情は分からないが、今の戦いぶりを見ていたらおおよその見当はつく。


「私は冒険者ながら王国軍の一兵士として、その戦いに参加していたんだ。魔族は寡兵で、我々は終始有利に事を進めていた。領内に砦を築き上げたところで最早誰もが勝利を疑わなかった。ところがだ。コイツが現れたことで状況は一変した。王国の兵士が数百人単位でやられていき、ついには砦を放棄せざるを得なくなった。私は最後まで戦うつもりだったが、よりにもよって……コイツは私だけを見逃したんだ」


「だって誰かがあなたたちの王様に状況を報告しなくちゃいけないじゃない?斥候の報告よりも生の意見を聞いた方が真実味が湧くでしょう?その役がたまたまあなただったというだけよ」


 彼女はケラケラと笑っている。まるで自分の行いに過ちなどない、と語っているような無邪気な笑みだ。


「ユーリ、あなたも見ていたから知っているでしょう?コイツらに話してあげなさいよ。私の鮮やかな戦いぶりを」


 ……?コイツはなにを言っているんだ?僕がいつそんな戦場に出向いたと言うんだ。僕はそんなものを見た覚えなどないのに。


「思い出して?あなたは見ているはずよ。例えば……私が魔王様のお城でそこの元神様と戦っている時とか?」


 僕は思わずニクスの方を見た。そうだ。僕は夢の中で見ているのだ。彼女がニクスと激しく戦う姿を。そしてニクスという名前も僕がつけてあげたことも。


「あなたは途中でいなくなったから分からないでしょうけど、あの後コイツったら私にぶちのめされて尻尾を巻いて逃げていったのよ?……笑っちゃう」


 ニヤニヤと笑っている彼女は取り押さえられているとは思えない余裕ぶりだ。逆にニクスの方が余裕がなくなってきているのか、すでに刀を高々と持ち上げている。


「もうコイツ殺していいですか?」

「待って、そんなのでも僕の半身なんだ。お願いだから待って」


 顔を真っ赤にしたニクスをヨハンとヘルガが何とか宥める。だが、どうしてその事をコイツが知っているんだ。


「私もあなたの活躍を見ているもの。そうね。……あなたはこの間、一匹の狼男に誑かされていたわね?」


 全身に緊張が走った。そんなことは誰にも話していないはずだ。一体いつ、どこから見ていたというんだ?


「小ずるい奴よね。自分の手を汚さずにあなたを使ってあなたのご主人様を手にかけようとしたんだから」


「……え?」


 何だ、その話は。僕はそんなことまでは聞いていない。


「……っ、それ以上話すと本当に首を落としてやりますよ!?」


 ニクスが刃を振り上げるが彼女は不適に笑って、尚も続ける。


「その様子だと何も知らないみたいね。あなた、あの狼男に操られてこの元神様を一度刺し殺しているのよ?」


 フヒヒ、と堪えきれない笑い声を漏らして彼女は言った。


「コイツが私たちにくれるはずだった『不死身の剣聖』じゃなければ、あなた今頃立派な『人殺し』になっているのよ?良かったわよねぇ、コイツが間違えてくれて!」


 僕がニクスを手にかけた?彼女はもちろんミリッサだってエルナだってそんなこと教えてくれなかった。


 呼吸が、鼓動が速くなる。次々と突きつけられる事実に目眩がしてくる。いつの間にか僕の視界は真っ黒になっていた。


読んでいただきありがとうございます。

暗い話で申し訳ありません……。

ご意見、感想等ありましたら是非ともお願いします。


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