邂逅
「おや?なんだい、もう見つかったのかい?」
転移石ももらったしそろそろ帰ろうかという所でヨハンとヘルガがラブレスの部屋へと通じる魔法陣から姿を現した。
「せっかく探してあげていたのに」
どうやら二人も僕の事を探してくれていたらしい。お礼を言えば「まあ、宝探しのついでだよ」とヘルガは素っ気ない口調で言った。
「その魔法陣はコイツの部屋に通じているんですよね。どんなお宝があったんですか?」
ニクスが興味津々で尋ねるが、二人はがっくりと肩を落として項垂れた。
「大外れだよ。この迷宮の主の部屋にはお宝らしいお宝なんて一つも無かったさ」
「「ええ!?」」
思わず発した僕とニクスの声はピッタリとシンクロした。
あの部屋にはいかにも高級そうな調度品や版画なんかが所狭しと並べられていたはずだ。それがお宝ではないというのだろうか。
「……従魔よ。お前もしかして、私の部屋の家具が高値で売れると本気で思っていたのか?」
壁に寄りかかったままのラブレスがニヤリと笑った。
「……こんな迷宮にある調度品だ。街に持って帰って売ればさぞ高値がつくだろう、とそう思っていたわけだ?」
思わせぶりな彼女の言葉に内心、苛立ってくる。コッチはソレが目当てでこんな迷宮に足を踏み入れたというのに。
「ホラ、よく見てみな」
ヘルガがそう言ってあの部屋の物であろう花瓶を一つこちらに手渡す。見たところ何の変哲も無い花瓶だ。仕立ての良さそうな装飾が施されており、部屋に置けば空気がグッと華やぐことだろう……。
「コレの何がダメなんだ?」
「分からないのかい?ホラ、こことか……ここもだね」
ヘルガが指摘した部分には、何か不自然な膨らみがある。コレが花瓶の形を歪にしてしまっていると言われれば気がつくが、これだけでは納得は出来かねる。
「ああ、それは……花瓶を作る時に混ざってしまったんだろうな」
ラブレスがボソリと呟く。
「混ざるって……何が?」
「この迷宮で命を落とした魔物や冒険者たちの血肉とかだな」
やっぱり聞くんじゃなかった。何だってこんな仕立ての良さそうな花瓶にそんなものが混じってしまうんだ。ひょっとして呪いのアイテムなのか?
「この迷宮の土で適当にこねて作っているからたまに混じってしまうんだ。まあ、ご愛敬ってところだ」
これのどこがご愛敬なんだ。こんなものを部屋に置いたら最後、呪われてしまうに違いない。……ん?「適当にこねて作っている」?
「ま、まさか……」
「ククク……ようやく気づいたのか。そうだ、あの部屋の家具は全て……この私、ラブレスが自作したものだ!!」
ラブレスは壁により掛かった状態でビシリとポーズを決めた。ということは、この花瓶はもちろん、テーブルも胸像も版画も全てコイツのお手製と言うことか。……なんで迷宮の主なんかやっているんだろう?
「……私は基本的にこの迷宮からは出られないんだ。だから冒険者たちが探索に来ないと何もやることがなくてね。気づいたらたくさん作っていたんだ」
「そうだね。それが答えだ。そこの迷宮の主の言うとおり、あの部屋にあった調度品は全て彼女の趣味の品だ。持って帰っても……まあ、一部の愛好家には売れるだろうが、ほとんどは一銭にもならないだろう」
ヨハンが困ったように頭をかいた。
「この迷宮はこの部屋が最奥みたいだし、これ以上の収穫は望めそうにないかもね」
ただでさえ力が入らない身体からさらに力が抜けていくような心地がした。ニクスに支えてもらわなければ最早立つことすら出来なかっただろう。
「ハハハ、お前たちは勇み足でこの迷宮に踏み込んだが結局は無駄骨に終わったということだ。残念だったな……ああ、やめて殴らないでぇ―――!!」
無言のニクスの拳が鈍い音と共にラブレスの顔面に決まった。
―――――
「……まあ、とりあえず帰りましょうか」
「うん。……もう帰る」
もうこんな所になんかいたくもない。早くベッドで横になりたい。
「せっかくだから転移石使ってみましょうよ。もう夜も更けちゃっているみたいですし、馬車で移動するのも危険でしょうから」
見た目にはただの石ころにしか見えないコレが今回の探索で唯一僕らが獲得したお宝だ。売るにしても事前にその効果を確認するのも悪くないだろう。僕は石を軽く握った。
「行ったことのある場所を頭に思い浮かべる、で良いんだよな?」
そう尋ねると、ラブレスは無言で頷く。多分頬が腫れて上手く言葉が出せないのだろう。誰かさんのパンチが強すぎて。
「よし……」
僕は屋敷の姿を頭に思い浮かべる。途端に握った石から強い光が発せられた。この光が恐らく僕らを屋敷まで送り届けてくれるのだろう。魔法陣のようなジェットコースターでないことを祈るばかりだ。
「お?随分と良いものを持っているじゃないか」
「転移石なんて貴重な品、どこで手に入れたんだい?滅多にお目にかかれるものじゃないよ」
ヨハンとヘルガがしげしげとのぞき込んでくる。彼らは何食わぬ顔で光の中に入り込んできた。やはり熟練の冒険者はそういったところも抜け目ない。
「あ、転移するんだったら私たちも一緒に送ってくれない?」
「アンドレアスを引きずるのも疲れたし」
ベルとベラもアンドレアスを引きずって一緒に光の中に入ってくる。……なんだろう、嫌な予感がするが……。
「おい、一度に転移できるのは二~三人が限度―――――」
ラブレスの言葉を聞きかけたところで僕の視界は光で埋め尽くされてしまった。
―――――
「……なあ、ニクス。ここはどこだ?」
「そうですね……恐らく『ベヒモスの森』の中だと思いますよ?」
やっぱり嫌な予感が当たってしまった。どうやら転移は失敗したらしい。最後に聞きかけたラブレスの言葉によると、一度に転移できるのは二~三人が限度だったようだ。今の僕らはざっと数えただけでも七人はいる。許容限度を明らかに超えてしまっていることは言うまでも無い。
「……今夜はここで野宿か」
「……仕方ありませんね」
ニクスが立ち上がって野営の支度を始める。
「まあ、迷宮から出られただけでもヨシとしようじゃないか」
「そうね。これだけの人数がいれば交代で多少は休めるでしょうし」
ヨハンやヘルガもそれに従ってそそくさと準備を始める。
「ごめんなさいね。アンドレアスが邪魔して……」
「アンドレアスだけでも迷宮に置いてくるべきだったかもしれないわね?」
ベルとベラは未だにノビているアンドレアスを見て言った。それでも許容限度は超えたままだが、多少はマシになったかもしれない、と思わず考えてしまう。
全く、巨額の借金の督促が来てから散々だ。僕は重たい身体を横たえて夜空を見上げた。空には多くの星が輝いている。夜空を見上げるなんて前世での最期を迎えた時以来だ。あの時のような眩しいヘッドライトが見えないことが唯一の救いだろうか。
「……ん?」
のんきに夜空を見上げていると、鮮やかな星たちに微かに靄がかかっている。それは焦げ臭い匂いを伴ってゆっくりと流れているのが分かる。
誰かが近くで火をたいている。そう気がつくのに時間はかからなかった。僕はゆっくりと身体を起こして煙の出所を追う。同業者だろうか。はたまた魔獣だろうか。わずかに流れてくる煙を頼りに少しずつ進んでいく。
やがて草木を掻き分けていくうちに、パチパチと薪が弾ける音と共に赤々とした光が見えてくる。やはりたき火をしているものがいる。僕は様子を窺うべく、木々の隙間からそっとのぞき見た。
たき火を囲んでいるのは二人だ。一人はすでに寝に入っているようで、起きているのは一人だけだ。見たところ皮革のものだろうか鎧を纏っている。恐らく冒険者だろう。僕はホッと息をついてみんなの所に戻ろうとした。
「―――あら、ようやく来たのね?」
僕の動きはピタリと止まった。気づかれていたことに驚いたのもその理由の一つだが、声の主は僕が来ることを予測していたことに恐怖すら感じて身体が縮こまってしまったのだ。
「怖がらなくたって大丈夫よ?あなたが来るのをずっと待っていたもの」
声の主がこちらに近づいてくる。まともな相手ではないことは想像に難くない。ここは一度逃げなければ。そう思っていても身体が思うように動かない。
伸びてきた腕が僕をしっかりと捕らえる。半ば投げ出されるような形で僕はたき火の前に引きずり出された。
「くそ……乱暴な奴だな」
何とか体勢を整えて、声の正体へと視線を向ける。
僕は言葉を失った。目の前にいたのは、僕と同じ亜麻色の髪と透けるくらいの白い肌を持つ女性である。僕は彼女を知っている。そして彼女も僕を知っている。
なぜなら彼女は僕自身―――離ればなれになった僕の半身であったのだ。
「フフ、ようやく逢えたわね?私の半身……ユーリ?」




