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迷宮の主vs.従魔+元神様


「チョコは!?私のチョコは!?」


 ニクスは鬼の形相で瓦礫をほじくり返している。どうやらもらったチョコレートを食べ損なったらしい。


「僕の好物ならまだ残っているぞ?」

「うわああああん!私はチョコレートが食べたかったんですよぉ!」


 泣きながらそんなこと言われても……。チョコレートはこの異世界ではそこそこ高級品だし、ポーチに入れたって食べるころにはバキバキに砕けてしまったり、溶けてしまうこともある。ハッキリと言って持ち運びには不向きだ。


 その情熱があるなら宝探しを頑張って欲しいなあ。そう思いつつ見守っていると、ニクスは瓦礫の中から思わぬものを引っ張り上げた。


「……なんですか、これ?」


 ニクスが引っ張り上げたものは、土埃と死霊の肉片に塗れたズタ袋のようなものであった。傍目にはそうとしか思えないだろうが、僕はそれが何なのかを知っている。


「……人ですか?」


 ニクスは訝しげに土埃や肉片を払って、その正体を確かめる。その下から現れたのはこの迷宮の主、ラブレスであった。


「え?……こんな小さな女の子がなんでこんなところに……」

「ぷはっ……死ぬかと思った―――!!」


 言いかけたところでラブレスは息を吹き返した。彼女は僕にタックルして一緒に魔法陣をくぐったまでは良かったのだが、一緒に死霊たちも連れてきてしまい、ここに来るまでにもみくちゃにされてしまったのだ。その上僕がガブリエルの腕で死霊ごと地面にダンクしたものだから死にかけていたらしい。


「おい貴様!……この迷宮の主をよくもこんな目に遭わせてくれたな!」

「半分以上は自分でやったんじゃないか」

「うるさい!もう容赦しないからな。我が魔術の粋を味合わせてやる!」


 ラブレスが手をかざした。


「来い、我が僕たちよ!」


 それまでただの肉塊となり、迷宮の土に還るのを待つだけとなっていた死霊たちが一斉にラブレスへと集まっていく。


「また死霊たちをけしかけるつもりか?」

「ふふん、私を嘗めないでもらおう!迷宮の主は同じ轍を踏まないのだ!」


 死霊が次から次へとラブレスの身体に張り付いていく。それまで僕よりも小さかった彼女の身体は、死霊たちの肉片を身に纏いついにはアンドレアスよりも大きな身体となった。


「ハハハハハ、見よ!これが迷宮の主である私―――ラブレス様の真の姿だ!」


 死霊の鎧を纏った彼女は先ほどまでの幼い容姿など微塵もない「魔獣」と立派に呼ぶことが出来る見た目となった。黒々とした鎧は元々の素材を知らなければ匠の作った逸品と言われても納得してしまいそうなくらいの重厚な作りだ。手にしている槍も盾もよく見なければ死霊だとはとても思えない。だがどうしてだろう。僕は以前どこかでこんな奴を見た気がする。


「よし、ニクス。コイツを倒せばいくらでもチョコレートを買ってやるぞ?」

「本当ですか?約束ですよ!」


 ニクスはすぐに立ち直って刀を抜く。単純で助かる。


「ふふん、今までのようには行かないぞ?貴様たちをこの迷宮の死霊に加えてやろう!」


 ラブレスが槍を構える。さすがにビームは撃たないよな……?


「―――――!」


 死霊の鎧を纏ったラブレスは目にもとまらぬ速さで突撃を仕掛けてきた。辛うじて回避するものの、彼女が通った後は地面がえぐれて見るも無惨なことになっている。死霊を纏っただけでこんなにも身体能力が上がるのかよ。死霊たちはジェットエンジンか何かで出来ているのだろうか。


「私のチョコレートの恨みを味合わせてやりますよ!」


 ニクスもラブレスに劣らぬ速さで駆け出すと、唯一剥き出しになっている顔面目がけて思い切り刀を突き出した。


「フッ、そう来ると思っていたぞ!」


 ラブレスがニヤリと唇を歪めた。彼女の鎧がウジャウジャと蠢き、ニクスの攻撃に合わせて柔軟に形を変える。ラブレスの顔が死霊に覆われ、刀の一撃から素早く身を守った。


「死霊のくせに固いですね!」

「当たり前だ、迷宮の主を嘗めてもらっては困るな!」


 ラブレスが叫ぶと死霊の鎧が再び蠢く。今度は身体から無数の矢が勢いよく打ち出された。


「何でもありですか!?」

「言ってる場合か!」


 僕は咄嗟にニクスの前に躍り出た。


「来い―――」


 死霊たちを呼び寄せる。矢を防ぐための壁を作るためだ。


「……あれ?」


 だが、何度呼び寄せても死霊たちは現れない。まさか。僕の脳裏にものすごく嫌な可能性が浮かんだが、それを必死に打ち消す。そんなわけがない。出てきてくれ死霊たち。必死に念じるが死霊たちは一向に出てくる様子がない。


「ハハハ、残念だったな従魔よ!どうやら私が鎧にしてしまったことでこの迷宮の中の死霊たちを使い切ったらしい。君の分はナシだ」


 ラブレスが高笑いしながら言った。どうやら死霊術はその地ごとに死霊たちが埋もれていなければ使うことが出来ないらしい。くそ、そんな制限があるなんて知りたくなかった。……まあ死霊の大巨人を二度も召喚していれば、この迷宮中の死霊がいなくなっても不思議ではないが。


「大人しく串刺しになれ!」


矢が僕らに迫る。今から逃げても間に合わないだろう。


「チッ……マトック!」


 リザードマンの鱗でできる限りの矢を弾く。だが、いかんせん数が多すぎる。とても全部を防ぐことはできない。


「―――――!」


 鱗を纏っていない肩や腹部に容赦なく矢が突き刺さる。痛みで腕が止まってしまいそうになるが、腕を振り回していなければそれこそ全身が串刺しにされてしまう。


「ククク……いいザマだな従魔よ。そうやっていてもやがて力尽きてしまうぞ?おっと、こちらの矢が尽きることなど期待するなよ?私にはまだまだ余裕があるんだからな」


 コッチの考えも読まれていたか。この迷宮内の死霊が尽きたのならば、ソレを媒介にしたこの矢が尽きるのも時間の問題だ、と思っていたが、あの余裕ぶりから見るにハッタリではないらしい。間違いなくこちらの体力が尽きるのが先だ。何とかしなければ。考えるが現在進行形で血が抜けているためか、考えが上手くまとまらない。


「悠里さん、私が上から行けば……」

「ダメだ、この矢の数じゃあ少し跳び上がったところで蜂の巣にされてしまう」

「でもこのままじゃ悠里さんが……」


 分かっている、そんなことは分かっているんだ。……というかあんな中二病の死霊使いにこのままやられるなんて絶対に嫌だ。どうにかしなければ……だがどうやって?


「悠里さん!」


 ニクスに呼びかけられたその時、僕の胸に一本の矢が突き刺さった。視界がグルリと回って、僕は仰向けに倒れた。



―――――



「ククク……ハッハッハ!!どうだ、従魔よ。私の勝ちだ!」

「悠里さん、しっかりして下さい!」


 ニクスに抱き留められるが、どうやら傷は結構深いらしい。自分の足で立っていられない。だが、同時に僕に良い考えが浮かんだ。僕は重たい身体をどうにか動かしてニクスに耳打ちする。


「ニクス……―――だ」


 彼女はすぐに理解してくれたらしい。そっと僕を横たえてラブレスに向き合う。


「次はお前の番だ。安心しろ、私の死霊たちはまだたんと残っているぞ。いくらでも矢にして飛ばしてやろう」

「……できるものなら!」


 ニクスが駆け出す。


「お望みなら!」


 ラブレスも再び矢を飛ばす。


「おおっと!」


 ニクスは身を隠せるくらいの瓦礫を盾にしてラブレスへと迫る。普通の人間なら到底ありえない作戦だが、ゴ○ラと同等の腕力をもつニクスなら造作も無いことだ。


「くっ……何という馬鹿力だ。だが、その瓦礫もいつまで保つかな?」


 瓦礫に絶え間なく矢が集中する。無数の矢が瓦礫に突き刺さり、最早瓦礫なのか矢の塊なのか判断が難しくなってしまうほどだ。


「ククク……随分としぶといな。いい加減に降参したらどうだ?今なら君を私の仲間にしてやるぞ?」

「いいえ……遠慮しておきますよ」

「そうか。君ならまともな判断が出来ると思ったが……ならばこの手でそこの従魔と同じ場所に送ってやろう!」


 ラブレスが矢を止めて槍を構える。ニクスはその瞬間を見逃さなかった。


「……悠里さん!」


 ニクスはその台詞と同時に瓦礫を宙に放り投げた。


「よし、ありがとうニクス!」


 僕はマトックの腕で瓦礫を受け止める。


「従魔、お前は死んだはずじゃ……」

「この間死んだばかりだからな。まだ当分先の話だよ!」


 瓦礫に突き刺さった無数の矢は全て死霊の血肉で作られたものだ。ということは―――。


「―――さあ、来い『死霊の大巨人』!」


 僕は三度大巨人を召喚した。


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