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私のチョコレート


「え?ええ?なんで!?どうして!?」


 殴られたラブレスは訳も分からず同じ言葉を繰り返している。


「お前は私の死霊になったはずだ!なのにどうして反抗できる!?」

「さあね。きっと僕を従魔にした魔女様の魔術の方が強力だったんだろうさ」


 すでに死霊になっている僕は今更死霊にはなれない。死霊認定された時にはショックを受けたものが、まさかこんな場面で役に立つ日が来るなんて誰が想像しただろうか。


「残念だけど僕の身体はすでに深淵の魔女様のものだったって事だね」

「くそ……ならば!」


 ラブレスが再び死霊を呼び出す。だが、今度は僕だって油断していない。このままガブリエルの腕を振り回せば撃退するのは容易いことだろう。でも僕には試してみたいことが一つあった。


「それなら……!」


 僕は死霊たちに向かって手をかざす。真っ直ぐに僕へと向かってきていた死霊たちが一斉に動きを止める。


「な、なんだ!?今度は何をした!!」

「確証はなかったけど……どうやら上書き出来るみたいだな」


 死霊たちが一斉に向きを変える。もちろん彼らの視線の行き着く先にいるのはラブレスだ。


「深淵の魔女様直伝の死霊術だよ。どうか味わってみてくれ」


 死霊たちが叫び声を上げてラブレスへと襲いかかった。逃げ惑う彼女を尻目に僕はホッと息をつく。


 上手くいって良かった。どうやら魔術にもレベルがあるようだ。幸いなことに僕の魔術は彼女のものよりも強力だったらしい。結果として死霊たちの制御を彼女の手から奪い取ることが出来た。


「うわああああん!!ずるいぞ、卑怯だぞ!!」

「コッチの台詞だよ!」


 逃げ回りながら流す涙は今度こそ本物のようだ。溜飲が下がる反面、容姿のせいで見ていると可哀想な気持ちになってきてしまう。またあの涙に騙される前に一度ニクスたちの所へ戻るとするか……。僕はどさくさに紛れてそそくさと魔法陣へと向かう。


「待てえええ!!」


 が、予想外なことにラブレスは死霊たちを引き連れてこちらへと向かってくる。


「一人だけ逃げようなんて許さないぞ!こうなったらお前も道連れだ!」

「なっ……死霊たち、ラブレスを取り押さえろ!」


 僕の声に反応して、死霊たちが彼女目がけて飛びかかる。だが、ラブレスはその小さな身体を巧みに活かして死霊たちの攻撃を次々とすり抜けていく。


「この……すばしっこい奴め!」

「ハハハ、その程度で私を止められると思ったのか!?甘いぞ従魔め、覚悟しろ!」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべてラブレス渾身のタックルが僕の腰に炸裂した。


「☆○□×!」


 思いも寄らない一撃に変な声が出てしまう。小さな身体のくせして重たい一撃だ。堪えきれずにバランスを崩した僕はラブレス共々魔法陣になだれ込んだ。



――――



「ダメです。……全然見つからない」


 ニクスは項垂れて膝をついた。ベラさんからももらった魔獣除けも何の反応も見せないし、この部屋には悠里さんの痕跡らしい痕跡も見えない。どこか別の場所に連れ去られたのだろうか……。嫌な考えばかりが頭の中をグルグルと回ってしまう。


「一度休憩しましょう?少し冷静になれば見つかるものがあるかもしれないし……」

「確かにずっと探しっぱなしだし一度休憩した方が良いかもね」


 ベルとベラに押し切られる形で休憩させられる。だが、こんな事をしている間に悠里さんがどこかで大変な目に遭っているのではないか。そう考えると気持ちは休まらない。


「あの、やっぱり私……」

「これでも食べて休んでいて?こんなもので良かったら、だけど」


 言いかけたところでベラが取り出したのは一枚のチョコレートだ。よほど大事にしまっていたのであろうソレは、ポーチの中に入っていたにも関わらず包装紙にはシワ一つ無いピカピカの新品だ。そしてそれを目にしたニクスの瞳もピカピカに輝いていた。


「チョコレートは嫌い?」

「とんでもない、喜んでいただきます!」


 ニクスは半ばもぎ取るような形でチョコレートに食い付いた。


「……てっきり干し柿とか干し芋が好きだと思っていたわ?」


 余りの食い付きようにベルが失笑する。だが、ニクスは至極真面目な顔で、


「いやいやいや干し柿とか干し芋は悠里さんの趣味ですよ。あの人、ポーチにいつも干し柿とか干し芋を仕込んでいるんですよ。私はチョコレートとか、ケーキが食べたいんですけどねぇ……」


「干し柿とか干し芋はクエスト中には合理的な食べ物とも言えると思うけど……」

「ま、まあ、クエストの最中にケーキが食べられたらさぞ楽しいでしょうね……」


 二人の言葉はすでに耳に届いていないのか、ニクスはチョコレートの包み紙をバリバリと破く。甘い香りが鼻腔をくすぐり、それだけで幸せな気持ちになる。ああ、なんと芳しい香りか!彼女はすっかり悠里の事など忘れて、大口を開いた。


「いただきまー……」


 ニクスがチョコレートを口に入れようとしたその瞬間、彼女の真下―――瓦礫の中から声が響いてきた。


「―――悪かったな。おばあちゃんのおやつが好きで!」


 その言葉と共に瓦礫が弾け飛んだ。死霊たちが間欠泉のように舞い上がる中に一人、自分の身体ほどもある野太い腕を持った少女がいる。


「悠里さん!」

「ニクス、離れていろ!」


 ユーリがその野太い腕―――オークのガブリエルの腕だ―――を勢いよく振り下ろす。死霊の一群がたたき落とされ、ニクスの目の前でベシャリと音を立てて深々と地面を穿った。


「良かった……無事だったんですね!」


 ニクスがヒシとユーリを抱きしめる。ベルとベラも人心地ついたのか大きなため息を漏らした。


 だが、その感動が収まってくるとニクスは徐々に違和感に気がつく。彼女は自分の右手に目をやった。そこには先ほどベラからもらったチョコレートがあるはずなのだ。


「……コは?」

「は?」

「私のチョコレートは……?」


 彼女の右手には何もなかった。あの時口に入れかけていたチョコレートは、ユーリが瓦礫の中から飛び出した拍子に手を離れて散乱する瓦礫の中に紛れてしまったのだった。


「私のチョコレートはどこですかぁあああああ!?」


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