間に合ってます!
「……でも、ヒントならあるかも」
ベラがそう言って懐から一つのお守りを取り出した。ニクスは知らないがそれはアンドレアスがユーリに渡したものと同じ魔獣除けの薬草が入った巾着だ。
「アンドレアスがくれたの。『おばあちゃんからもらったお守りだ』って」
ニクスはそれを手に取る。なるほどただの薬草入りの巾着袋のようだ。鼻をつくような匂いがあるが、ベラドンナのような毒草でもなさそうだ。
「コレがヒントですか?」
「そう。アンドレアスは気づいていなかったみたいだけど、ちゃんと効果があるの」
ベラは自分の鼻を指さして言った。
「その中に入っている薬草は確か……アグ……アグラ……アグ何とかという薬草で魔獣除けの効果があるのよ」
そこはちゃんと覚えておいて欲しかったなぁ。そう思いつつもニクスは続きを促す。
「でも魔獣除けは魔獣が避けてくれるんじゃないの。魔獣が近づくと薬草の匂いが強くなるのよ。私たちはそれで魔獣の接近を予知して薬草の匂いが弱くなる方角まで逃げるの。だから『魔獣除け』っていうのよ」
どうやら「魔獣除け」は「魔獣避け」らしい。要するに「教えてあげるから自分たちで気づけ」ということだ。優しいんだか優しくないんだか。
「この迷宮は魔力で満ちているからあまり役には立たないかもしれないけど、強力な魔獣ならより強い匂いを発するから、ひょっとしたら分かるかもしれないわ」
なるほど。何もないよりかは随分とマシだ。ニクスはお守りをワシャワシャとして匂いを再度確認する。その中で彼女にはある疑問が浮かび上がった。
「コレの効果を知っているなら、アンドレアスさんはああならずに済んだのでは……?」
ニクスの言葉にベルもベラも視線をそらす。
「「アンドレアスは……何も考えずに突っ込んじゃうから……」」
「ああ、なるほど……」
三人の間に妙に気まずい空気が流れた。
―――――
「……まあ、こうして一緒に迷宮に潜った仲だ。僕らの方でも探してみよう。物であれ人であれ、冒険には相棒が必要だからね」
「その男をその辺に置いておけば魔獣が釣られて出てくるんじゃないのかい?」
「なるほど。……この辺ですか?」
「いいえ、ベル。この辺の方がきっと人目につきやすいわよ?」
ヘルガに言われてベルとベラは早くもアンドレアスを囮に使おうとしている。……あなた方は止める側では?
「それに……君たちが聞いたこの迷宮の主とやらにも警戒が必要そうだな」
どうやらヨハンたちはこの迷宮の主の声を聞いてはいないらしい。ちなみにベルとベラは「そんなものを聞く前にアンドレアスが罠にかかってしまって助けようとしたら自分たちも罠にはまった」らしい。あれ?この人たち悠里さんのこと笑えないのでは……?
「私たちもひょっとしたら巧みに誘導されているかもしれないねえ……」
ヘルガがそう言うが、主の声を聞いた身としてはそんな頭は持ち合わせていないと思う。
「まあ、警戒は必要だろうね。死霊を操るんだろう?いかにも魔獣らしい外道の魔術だよ。ろくなもんじゃない」
ヨハンが吐き捨てるように言うが、その外道の魔術を使う人がウチには二人もいます。私はどうしたら良いのでしょうか。
「とりあえず……ニクスさん、でしたっけ?私たちはこの部屋の中を探しましょう。何かあるかもしれないから」
「そ、そうですね……そうしましょう」
魔獣除けの匂いを確認しながら辺りを確認する。もしもこの部屋の隅で冷たくなっている悠里さんを見たらどうしようか……。ありもしないと分かっていながらもそんな考えが頭を掠める。
「悠里さーん、どこですかー?もうわがまま言いませんからー、干し柿でも干し芋でも食べますからー、出てきて下さーい」
そう言いながら辺りをうろつくニクスの背を見てベルはそっとベラに囁いた。
「……ねえ、ベラ。……干し柿か干し芋か持っていないの?」
「ごめんなさい、ベル。私、チョコレートしか持っていないわ。……というか干し柿なんか今時誰も持ち歩いていないわよ」
「……まあ、そうよね」
彼女たちの囁きなど聞こえるはずもなく、ニクスの呼び声がサイクロプスの間に悲しく響いた。
―――――
「見てみろ、小娘。君の仲間が君を探しているぞ?」
ラブレスが満足げに腕を組んで見ているのは、サイクロプスの間の映像だ。原理は分からないが、彼女はこの部屋から迷宮内の様子を監視できるらしい。岩壁にサイクロプスの間を歩き回るニクスとベルとベラ、そして部屋の中央でノビてしまっているアンドレアスの様子が映し出されている。
「ククク……もどかしいだろう?君がいくら叫んだところで彼女たちに君の声は聞こえないんだからな!」
高笑いする彼女を僕は這いつくばる形で見上げている。彼女の策略―――嘘泣きにまんまと騙された僕は、大量の死霊たちにのしかかられて身動きが全くとれなくなっていた。我ながら情けない話だ。コッチが泣きたくなってくる。
「そっちこそ。のんきに見ているけどこんな事をしている間にニクスたちがこの部屋を探し当ててしまうぞ?」
「心配いらないよ。仮に彼女らがこの部屋を探し当てたとしても、その時には君はもう私と同じ『塚人』になっているのだからな!」
彼女が剣をこちらに向ける。
「私の大切なサイクロプスを殺した罪を償ってもらうぞ。君はこの迷宮内でしか生きることの出来ない死霊―――『塚人』となって、悠久の時を私と過ごすのだ!」
彼女が呪文の詠唱を始める。恐らく僕を塚人にするための呪文なのだろう。
「ククク……怖いだろう?恐ろしいだろう?さあ、泣いて許しを請え!このラブレス様を崇め奉るのだ!そうすれば助けてやらないこともないぞ……?」
「ほんとうですかー、いやー、すごいなー、ぼくみたいなぼうけんしゃじゃあらぶれすさまにはかなわないやー、いよっだいとうりょうー」
「丸っきり棒読みじゃないか!もういい、お前も今日から死霊の仲間入りだからな!」
まばゆい光が僕に降り注ぐ。目を開けていられない。何が起こっているのかサッパリ分からない。
やがて光が消え、元の視界を取り戻すと同時にラブレスは再び高笑いした。
「ククク……アハハハハー!!どうだ、君はもう人間じゃなくなったぞ!もう死霊の仲間入りだ。街にも戻れず、かつての仲間からも見放され、あてもなく迷宮を彷徨う塚人になったのだ!」
どこか変わったのだろうか、実感がないため分からない。だが、一つだけ分かることがある。
「さあ、我が同胞よ。君は私の命令には逆らえない。まずはあのサイクロプスの間にいる冒険者共を始末してくるのだ!」
死霊たちによる拘束を解かれてようやく自由になる。ずっとのしかかられていたため身体中が凝り固まってしまっているみたいだ。念入りに身体をほぐしてから、僕は右腕を野太いオークのガブリエルの腕に変異させた。
「よし。じゃあ……」
僕は思いきり息を吸い込んだ。
「……よくも騙してくれたなあああああ!!」
そして、握りしめた拳をラブレスにお見舞いした。
僕はとっくに死霊になっているのだ。




