私の相棒見かけませんでしたか?
「迷宮の主って言うことは……じゃあ、僕らを散々手こずらせてきたのは……お前か!」
僕も剣を抜いて対抗する。ボンヤリと緑色の光を放つ刀身を見て迷宮の主―――ラブレスはしばらく目を瞬かせながらやがて思い出したように叫んだ。
「あ―――っ!その容姿と光る刀身……まさか、お前例の深淵の魔女とかいう奴の従魔だな!」
まさか迷宮の主がこんなに幼い奴だなんて思いもしなかった。だが、思い返してみれば話す度に口調がどこか幼いものになっていっていた気がしないでもない。
「……私の可愛いサイクロプスを殺した恨みはここで晴らさせてもらうからな、覚悟しろ!」
少女が剣を振り上げる。攻撃を躱すのは容易いが、彼女ががむしゃらに剣を振り回す度にテーブルが真っ二つになり、版画が切り裂かれ、胸像に風穴が開けられてしまう。
「ちょ……貴重なお宝を台無しにする気か!」
「うるさい!じゃあさっさと私に斬られろ!」
少女は尚も刃を振るう手を止めない。
「この……悪いけどオイタはそこまでだよ!」
彼女の攻撃を受け流し、バランスが崩れたところで剣をたたき落とす。どうやら迷宮の主は専ら指示を出すばかりで自ら戦うのは得意ではないようだ。先ほどのサイクロプスとの戦いを思えば何だか呆気ないがそろそろ幕切れだ。
「さあ、観念しろよ。遊びは終わりだ」
先ほどとは打って変わって僕が彼女に刃を突きつける。容姿が少女のためか何だか悪いことをしているような気分になってしまうが、借金返済のためには致し方ないことだ、と僕は自分に必死に言い聞かせた。
「ううう……」
少女は打つ手をなくしたのか僕を必死に睨み付けていたが、やがてその瞳から大粒の涙をこぼし始めた。もはや僕が完全にワルモノだな、これ。自分の心がハッキリとぐらつくのが分かってしまう。
深呼吸をして気持ちをどうにか落ち着ける。
落ち着け、落ち着くんだ僕よ。彼女は恐らく心理的な動揺を誘っているんだ。ここで情に流されて刃を下ろしてしまえばそれこそ敵の思う壺だ。仮にも目の前の幼子はこの迷宮を司る主だ。剣を持たなくてもいくらでも僕を攻撃する手段を持っているに違いない。だから警戒を解いてはいけない。この刃を一歩前に進めればこの迷宮のお宝は全て僕のものになるのだ。さあ、煩わしい借金などさっさと返済して念願のスローライフを謳歌しようじゃないか……。
「(グスッ……ウゥ……)」
少女の啜り泣く声が聞こえる。僕は刃を振り上げて―――。
「……泣かなくても良いよ。命までは取らないからさ」
そっと背負っていた鞘にしまった。ちょっと相手が人間の容姿になったくらいで怖じ気づいてしまうなんて、ああ、僕の意気地無し。彼女がミノタウロスかサイクロプスであったならどれだけ気が楽だっただろうか。
「……ほら、これで涙を拭いて」
僕はポケットからハンカチを取り出して手渡す。彼女は俯きながらゆっくりとそれに手を伸ばした。
「グスッ……お前……お人好しなんだな」
彼女の手がハンカチを通り過ぎて僕の手を掴む。
「……こんな作戦に引っかかる奴は初めて出会ったぞ、バ――カ!!」
少女の涙はすでに乾いていた。気づいた時には周囲の岩壁から数え切れない死霊たちが這い出てきて、僕はあっという間にもみくちゃにされてしまった。
―――――
「おーい、お嬢ちゃん。大丈夫か?」
「ウへへ……ダメですよ悠里さん。こんな所じゃ……」
「ダメだね、ヨハン。この子寝ぼけてるわ」
二人組の冒険者の片割れ―――ヘルガはポーチからボールを一個取り出して、それを宙に放った。
「―――――!!」
激しい閃光がサイクロプスの間をくまなく照らし、爆音が部屋中を震わせた。
「あぁ―――!!なんですか、襲撃ですか!?」
さすがのニクスもこれにはすかさず武器を手に取って反応した。
「ああ……やっと起きたね」
ヨハンはホッとしたように息をついた。
「あれ、ここは?……サイクロプスは?」
キョロキョロと辺りを見回すニクスにヘルガが呆れたように言った。
「サイクロプス?私たちがここに来た時には残っていたのはあの魔獣の下半身だけだよ。大方、あんたの相棒がやったんじゃないのかい?」
彼女が指さした先には、腰から下だけが残されたサイクロプスが横たわっている。壁には激しい戦いの跡を物語るように血や肉片が飛び散っている。
「私の相棒……すいません、その相棒はどこでしょうか?」
「はぁ?私たちが知るわけないだろう。ずっと一緒に行動していたんじゃないのかい?」
「ええ。そうだったんですけど……」
私が気を失った後も悠里さんがここで戦っていたのは明白だ。だが、周囲にはそれらしい姿は見えない。私を放って先に帰るわけもないし、ということはまさか……。ニクスの頭にはある可能性が浮かび上がった。
「ひょっとしたら……サイクロプス以外にも魔獣が?」
「分からないが、可能性としてはなくはないだろうね。今はすっかり陽も沈んでしまっているし、魔物たちの行動が活発になる時間だ」
「すぐに助けに行かないと……!」
「待ちなよ。どこに行ったのか、当てはあるのかい?」
ヘルガの言葉にニクスはピタリと動きを止める。そんなものがあれば気も楽なのだが、今は動いてなければ不安にかられてしまう。
「ヘルガさん……何かいい手はありませんか?」
「全く……どいつもこいつも世話の焼ける奴ばかりだね。おい、アンタら。出番じゃないのかい?」
ヘルガが振り返った先には、すっかりとノビてしまっているアンドレアスがいる。
「またやられていたんですか……?」
「僕らがたまたま入った部屋で魔物たちに囲まれていてね。あと一歩遅ければ危なかった所だ。まあ、回復魔法はかけておいたから死ぬことは無いだろう」
サイクロプスにもやられていたのに懲りない男だ。この男が元気に動き回っていたと言うことは恐らく悠里さんが回復させてあげたのだろう。その頑張りはこうしてムダになっているわけだけど。
「出番があるのはこの男じゃないよ。彼女らだ」
ヨハンがあごをしゃくった。その先にはアンドレアスと同じ派手な装飾に身を包んだ二人の女性がいる。彼の仲間のベルとベラだ(短髪がベル、長髪がベラと覚えるまでニクスは彼女らを何度か呼び間違えた)。
「この娘たちはそこの大男のサポート役らしくてね。魔力を探知することができるみたいだよ」
「あくまで簡単なものだけです。宝箱とミミックを見分けたりするぐらい」
ベルが言った。道理で私たちの通り道にはミミックしか残っていなかったわけだ。
「初めから使ってあげるべきだったわね。そうしたらあの子がミミックに飲み込まれることもなかっただろうし……」
そう言ったのはベラだ。ニクスとしては返す言葉もない。
「他に出来ることは?」
「あとは……」
二人は声をそろえた。
「「気絶したアンドレアスを引っ張っていくぐらいなら」」
「……それは大助かりですね」
ニクスはがっくりと肩を落とした。




