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友好の証(強制)


「……仲間もこうして取り返したんだ。今度こそ俺が、いや俺たちがこの迷宮の主をぶっ飛ばしてやる!」


 しばらく休憩した後、アンドレアスは仲間たちと一緒に魔法陣を通って行ってしまった。相変わらずとんでもなく嫌な予感がしたが、僕はニクスを残していくこともできず、彼らを見送ることしかできなかった。


「ひょっとしたらこの部屋にもまだ魔獣が潜んでいるかもしれん。だから……ホレ」


 アンドレアスは立ち去る間際に僕に一つの巾着袋を投げて渡した。お守りくらいの大きさだ。中には薬草でも入っているのだろうか、触るとワシャワシャする。


「魔物除けのお香が入っているんだ。ばあちゃんがくれたんだが、どれだけ効果があるのか正直よく分からん。だからお前にやることにする。友好の証だと思って受け取ってくれ!」


 おい。よくもそんな怪しいものをよこしたな。適当なことを言って押しつけたかっただけじゃないか?


「心配するなよ、お前たちが来るまでには終わらせておいてやるからよ!」


 豪快に笑ってアンドレアスは魔法陣の中に消えていった。その自信は一体どこからやってくるのだろうか……。


 巾着袋からは微かな薬草の香りがする。前世で子供の頃よく通った歯医者の匂いを思い出した。


「魔獣除け、か……」


 魔獣除けと聞いても思い出すのはあの日の嫌な思い出だけだ。首の辺りがムズムズしてしまう。この異世界に来てから最大の汚点ともいえるだろう。出来ることなら忘れてしまいたい。僕が男である事を踏まえれば尚更だ。


「~~~~~っ!」


 思い出すとひどく恥ずかしい気持ちになってしまい、気を紛らすために魔獣除けをワシャワシャする。ニクスには早く目を覚ましてほしいところだ。


「―――あ」


 悶々とした気持ちをぶつけすぎたか、魔獣除けが僕の手をすり抜けて勢いよく飛んで行ってしまう。そのまま無視しても良かったのだが、せっかくの友好の証だ。もらった以上は大切にするべきなのだろう。僕は立ち上がって魔獣除けを探すことにした。



―――――



「……おかしいな」


 僕はしばらく辺りを探し回ってみたが、魔獣除けは一向に見つかる気配がない。このサイクロプスの間はそこそこの広さがあるが、いくらワシャワシャしていたからといってそれほど遠くまで飛んでいくことなどないはずだ。


 壁伝いに部屋中を丁寧に見て回る。こういった場合、大体は隅っこの方に落ちているものだ。会社員の時代に僕が落としたペンやメモ帳はいつの間にか部屋の隅で所在なげにしていたものだ。


「僕の失敗もこんな風になくなってくれないかなぁ……」


 ボヤきながら歩いていると、ふとあるものが僕の目に飛び込んでくる。その場所だけが落ちくぼんだ作りになっているため、傍目には何もないように見えるが、そこにはしっかりと淡い光を放つ魔法陣があるのだ。


「まさか……」


 魔獣除けはこの魔法陣を通ってしまったのだろうか。だとすると非常に面倒だ。またあのジェットコースターに乗らなければならないと考えると気が重い。だが希望もある。この魔法陣が人目を忍ぶようにして作られているということは……。


「ひょっとしてお宝が……?」


 先ほどの憂鬱な気持ちなどどこへやら、僕の心は高揚感で満たされた。この先に巨額の借金が返済できる当てがあるということを考えたらジェットコースターの一度や二度怖くもない。

ニクスはまだ目を覚ます気配がないし、ちょっと下見がてら見に行ってみようか。僕は喜び勇んで魔法陣に飛び乗った。



―――――



「ここは……?」


 辺りを見回す。いくら興奮していてもジェットコースターが得意になったわけではない。僕はまた少し気絶していたようだ。


 だが転移は無事に成功したようだ。この部屋はサイクロプスの間と比べると随分と小さなものだが、部屋自体はまるで貴族の屋敷のように豪奢な作りになっている。岩壁こそ剥き出しになっているものの、仕立ての良い調度品が揃っており、有名画家の作品なのだろうか大きな版画が掛けられ、隅の方にはこれまた有名な彫刻家の作品なのだろうか胸像がおかれている。


「お宝だ……これこそ僕が探し求めていたお宝だ……」


 思わず涙がこぼれてしまう。これだけのお宝があれば借金を返済してもおつりが来そうだ。今から持って帰るのが楽しみだ。ひとまずニクスを起こしてこよう。一人ではこの量は運べそうにない。


 僕はしたり顔で魔法陣の方を振り返った。


「……だ、誰だ!?」


 振り返った先にはちょうど魔法陣を通ってやって来たのであろう、一人の少女が怯えたような顔で立ち尽くしている。身体の大きさや顔つきから察するに僕よりも幼い。年の頃は8歳か9歳か……。


「ど、どうやってここに入ってきた!?ここは私の部屋だぞ!」


 少女は壁に掛けてあった剣を手に取り僕に突きつけた。そこに至って僕は気づく。そういえばこれらの調度品はどれも古びてはいるものの、朽ちてはいない。そしてこの部屋にはいかにも誰かが暮らしているのであろう生活感があるのだ。


「も、もしかして君は……」

「そうだ!私はこの部屋の主にしてこの迷宮の主!『塚人(ワイト)』のラブレス様だぞ!」


 少女はビシリとポーズを決めた。この迷宮の主は魔物で中二病の少女か……。違う意味で手強そうだ。


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