今度こそ僕のターン!
「すまねぇ。助かったよ」
派手な装飾をジャラジャラと鳴らしながらアンドレアスは言った。
「どうしてこんな所に?」
「分からねえ。気がついたらここで縛られていたんだ。『俺は』順調に進んでいるつもりだったんだがなぁ。『俺は』」
「強調したってダメだからな!」
「アンドレアスさんのお仲間は?」
ニクスが辺りをキョロキョロと見回す。確かにこの部屋にはアンドレアスしかいなかった。コイツの取り巻きの二人はどこに行った?
「それも分からねえ。一緒に行動していたんだが、どこに行ったか……」
アンドレアスがボリボリと頭をかく。彼の状況から鑑みると、恐らく仲間の二人もこの迷宮の主に拉致されているとみて良いだろう。だが、コイツを見つけられたのも怪我の功名みたいなものだし、下手に通路を探そうと壁を壊して回ったら迷宮は崩落させてしまうかもしれない。どうにも難しそうだ。
「……悠里さん、アレ」
考えあぐねていたところでニクスが僕の服の袖を引っ張る。
彼女が指さしたのはこの部屋の隅っこであった。そこには微かな光を放つ魔法陣が二つ書かれているのが見える。
「この部屋の出入り口は私たちが通ってきた所にしかありません。恐らくアレは転移用の魔法陣だと思います」
なるほど。迷宮であればそういったものもあるか。ゲームでもお決まりの移動手段だしな。
「ということは……」
「ええ。どちらかが例の迷宮の主の間に繋がっているはずですよ」
「本当か!?」
ニクスの言葉にアンドレアスが素早く反応する。彼は立ち上がると勇み足で転移用の魔法陣へと向かっていく。
「それなら話は早いぜ。その迷宮の主とやらをぶっ飛ばして俺の仲間の居場所を吐かせれば良いって訳だ!」
「ちょ、ちょっと待てよ。二つあるって事はどちらかが罠って可能性が……」
「考える前にまず一歩踏み出してみなきゃ分からないだろうが。へっ、大丈夫さ。もうヘマはしないからよ!」
アンドレアスは僕らの制止を振り切って魔法陣の一つに足を踏み入れた。その瞬間、彼の姿はまるで煙のようにフッと消え去ってしまった。
「悠里さん……どうします?」
「行かなくちゃいけないだろう。……行きたくないけど」
僕らも躊躇いながらも彼と同じ魔法陣に足を踏み入れた。魔法陣が微かにその光を強める。
「―――!?」
まるでジェットコースターにでも乗っているかのような浮遊感が最初にあり、それから急降下するような感覚が一気に襲いかかってきた。転移の魔法がこんな絶叫マシンだなんて聞いてない。マンガやゲームの中では何の苦もなく移動していたのに。心の中で悪態をつきながらこみ上げる吐き気を必死に堪える。
数秒か数分か数時間か。時間の感覚も曖昧になっていた僕を正気に戻してくれたのはニクスの言葉であった。
「……さん。……りさん。……悠里さん!!」
「あ、ああ。ニクスか……全くヒドい目に遭ったな」
ゆっくりと身体を起こす。どうやら転移しただけで僕は気絶していたらしい。……前世でもジェットコースターに最後に乗ったのは小学生の頃だったからな。仕方がない。
「何一人でブツブツ言っているんですか?」
「独り言だよ、放っておけ。それよりアンドレアスは?」
「ええ、それなんですが……」
ニクスが指を指す先には、すでにボロ雑巾のようになって倒れ伏しているアンドレアスの姿が見える。……だから言ったのに。
「やはり罠だったみたいです。ここは単眼の魔獣……サイクロプスの部屋のようです」
倒れたアンドレアスの先に見えるのは、死霊の大巨人にも匹敵する巨体とゴツゴツとした鎧の様な筋肉を纏った一つ目の魔獣―――サイクロプスであった。
「―――ウハハハ!まんまと引っかかったな小娘ども!さあ、サイクロプスよ。この生意気な小娘どもを踏み潰してしまえ!」
迷宮の主が勝ち誇ったように笑い声を上げる。さっきはあんなに焦っていたくせに。
「■■■■!」
サイクロプスがその巨体に違わぬ雄叫びを張り上げる。空気がビリビリと震えて、肌を切り裂くような風が吹き付ける。
おふざけの時間もここまでのようだ。本気で挑まなければいけない相手らしい。
「……こんな大きな魔獣と戦うのは久しぶりだな」
「燃えてきますよね。私の日本刀もうずいていますよ!」
剣を構えて、一気に駆け出す。作戦はミミックの時と同じだ。僕が右からニクスが左からそれぞれ回り込む。魔獣は身体が大きな分だけ、動きも鈍重だ。当たればひとたまりもないが、当たらなければ何の問題もない。
「ニクス、行くぞ!」
「はい、行きますよ!?」
二人で揃ってサイクロプスの足を切りつける。致命傷を与えるためには首や心臓を狙わなければならないが、そうするには少しでも僕らの手の届く範囲まで近づいてもらわなければならない。ニクスも分かっていたみたいだ。
「■■■■■■!」
サイクロプスがわずかによろめいたが、有効打には至っていないようだ。再度雄叫びを上げて腕を振り回す。魔獣の進む先にはボロ雑巾が横たわったままだ。
「悠里さん。アンドレアスさんを安全な場所へ!私が相手しておきますから!!」
ニクスはサイクロプスの足を伝って一気に胴体を駆け上がっていく。魔獣の目が追いつく頃には、彼女の身体はすでに顔の高さまで達していた。
「どりゃあああ!!」
勇ましいかけ声でニクスがサイクロプスの顔面に斬りかかる。だが、魔獣もその動きを想定していたようだ。フッと息を吹き付けてニクスを軽々吹き飛ばしてしまう。
「うひゃあああ!」
情けない声を上げてニクスは壁に叩きつけられてしまう。砕けた瓦礫が舞い上がり、彼女の日本刀が床を転がる。
「―――ククク。まずはお前だ、小娘!行け、サイクロプスよ!」
迷宮の主の声に応じて、サイクロプスが吠える。このままアンドレアスを運んでいてはニクスを助けられない。これ以上ボロ雑巾を増やされるのはゴメンだ。
「出番だぞ、大巨人!」
ニクスと魔獣の間にもう一度大巨人を召喚する。今度こそ僕が無双する場面だ。そうに違いない。




