ド○ド○
エルナの言葉に一時的に思考が止まる。その可能性は全く考えていなかった。だが、僕という存在が証拠だ。首から下だけで生きていても何ら不思議では無い。あの神様が間違って付与したチート能力がそういう類いのものであるなら説明もつく。
「首だけの君がそれだけの魔力を持っているんだ。首から下ならもっとすごいかもしれん」
「だが、首の無い奴などすぐに目につくだろう。悪いがそう言う奴を見たという話は聞いたことが無いぞ」
「ああ、そうだろうな」
そう言って彼女はしたり顔で周辺に転がっている人間や魔族の死体を集め始めた。
「だが、どうだろう。その首から下にも僕たちのような協力者がいたとすれば?」
「……何を始める気だい?」
恐る恐る尋ねてみれば、
「決まっているだろう。君をこの深淵の魔女様の従魔にしてあげようというんだ!」
すでに色々な事が降りかかりすぎていて頭がパンク寸前であった僕は、この話をすんなり受け容れてしまった。今にして思えば、うだつの上がらない元・おっさん会社員が年端もいかない少女の従魔として、この異世界で生きていくことになるその始まりは、この一言からであった。
―――――
「……♪♪♪~♪~」
ギシギシと軋みを上げながら街道を進む荷馬車の荷台で思わずその歌が口からこぼれた。僕の隣には、血まみれの人間や魔族の死体がいくつも一緒に乗せられている。かつて自分が暮らした現代日本とは大きく異なるこの異世界は、街道もろくに舗装もされていないため、ゆっくりと進んでいても荷台はガタガタと揺れて、苦悶の表情を浮かべたまま事切れた死体たちと何度もにらめっこをするはめになった。
「……ユーリ、それは何の歌だ?」
「僕の故郷の学校で昔、歌っていたんだ。市場に売られていく可哀想な子牛の歌だよ」
「なんだ、ユーリの故郷にも学校があるのか?」
エルナが不思議そうな顔をして言う。
「そうだよ。知らないかもしれないけど、僕も前は自分の足で学校に通っていたんだ。びっくりだろう?」
「まあ、ふてくされるなよ。もうじき君を元通りの姿に戻してやれるよ」
「それとこの死体たちは何の関係があるんだ?」
「それについては僕の家で詳しく話そう。……おっと、そろそろ門に着くぞ。打ち合わせ通りにやるんだ、いいね?」
そう言い終わらないうちに、エルナは荷台に白い幌をかけた。僕の目から外の風景を見ることは適わなくなったが、何やら話し声が聞こえる。恐らくさっき話していた門番に事情を説明しているのだろう。
―――――
「いいかい、街の出入り口には門番が立っている。彼らの仕事は街に異分子を持ち込ませないことだ。人であれ物であれ、ね」
「なら、『コレ』は間違いなく異分子だろう」
僕はあごをしゃくって何とか方向を示す。その先には彼女たちがこの戦場跡まで来るのに使ったのであろう荷馬車がある。その荷台には、先ほど彼女が集めた人や魔族たちの死体が載せられている。
「本来ならば、こんなものは街の外で燃やしてしまうに限るな」
ガレス青年も深く頷く。どうやら彼は比較的常識人のようだ。
「甘い、甘いよガレス君。この深淵の魔女様は誰もが恐れる『死霊使い』なのだよ。だから街に死体を持ち込んでも許されるのだ!」
胸を張って高笑いする彼女だが、ガレス青年がそっと「皆、腫れ物には触れないだけだ」と耳打ちしてくれたおかげで彼女の街での評価も自然と割り出せた。魔女様は中二病で死霊使いかつ街の厄介者か。なるほどガレス青年のようなお目付役が必要になるわけだ。
「だが、ユーリ!君は間違いなく異分子だ。首だけで生きているのを見られたなら間違いなく殺されるだろう」
「だからこの死体の山の中に紛れ込め、ってことかい?」
「察しが良いな!話が早くて助かるぞ!」
彼女は僕を掴み上げると、勢いよく死体の山へダンクした。紛れ込ませるって言ったって、もう少しやり方ってものがあると思う。
「もし、見つかりそうになったら……口を開けて白目をむくと良い。死体っぽくなるぞ」
「……努力するよ」