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ミミックにご用心


「―――ユーリ?」


 バーバラの呼びかけでユーリは自分が意識を失っていたことに気がついた。時間のほどは分からないが、周りには未だに鼻息の荒いゴブリンたちが大勢残っていることからそれほど長い時間ではないのだろう。


「全く、どうしたんだい?呼びかけても返事がないから心配したよ」

「ごめんなさい。ちょっとだけ……ボーッとしてた」


 かぶりを振って立ち上がったユーリを見てバーバラは鼻を鳴らした。


「あんたもそろそろ暖かいベッドが恋しいんじゃないのかい!?」

「……かもしれません。そろそろ片付けましょうか!」


 ユーリがゴブリンたちに向かって手をかざす。たったそれだけで彼らはまるで金縛りにかかったかのようにピタリと動きを止めてしまう。


「さあ、あなたたちは今から私の僕ですよ?」


 ユーリの一言を合図にゴブリンたちは一斉に金切り声を上げてお互いに喰らいついた。同士討ちを始めたのだ。鋭い歯を剥き出しにして、各々の得物を振り上げて、お互いを血祭りに上げていく。世にも凄惨な場面だが、当のユーリは何事もないかのように大きく息をついてその場に腰を下ろした。


「最初からソレ使いなよ。私の頑張りが無駄じゃないか」

「はぁ……。コレ使うの結構シンドイんですよ?だからこの能力はここぞという場面までとっておくんです」


 ユーリはもう一度大きく息をついた。彼女の能力「魔族の統率者」は、本来彼女の主である魔王の有する能力であり、魔王軍においても指折りの実力者である彼女ですらその強大さから使えるのは一日一回程度である。


 ゴブリンたちは、その命が尽きるまで決してユーリの命令には逆らえない。彼女の命令は彼らを支配し、彼らの意志よりも強固にその身体を突き動かすのだ。


「私もヘトヘトさ。さっさと終わらせて屋敷に帰ろうじゃないか」


 バーバラの手を借りてユーリも立ち上がる。思えば休憩もなくずっと魔女の捜索を続けているのだ。疲れていてもなにもおかしくない。


 二人は再び歩き出した。ゴブリンたちは未だに同士討ちを続けているが、彼女らの目には最早そんなものは映らない。ユーリが「魔族の統率者」を使って彼らを支配した時点で、それはすでに終わったことなのだ。


「……アイツらが魔女の差し向けた刺客だとしたら、居場所が近いって事かねぇ?」


 バーバラがゴブリンたちを振り返って言う。


「……かもしれません。陽が落ちる前に見つけ出したいですね」


 ユーリも一度後ろを振り返った。だが、彼女が見ているのはゴブリンではない。彼女の視線は切り立った岩山に向けられている。それはベヒモスの宝があるとされている地下迷宮だ。



―――あの時、全身に奔った感覚。ずっと近くてそれでいて遠い、懐かしくも愛おしい感覚だ。



「……ユーリ、そこにいるのね?」


 彼女はボソリと呟いた。



――――― 



「なななな何だ、なにが起こった!?」


 地下迷宮内に踏み込んだユーリたち一団には、混乱が起こっていた。


「××××!」

「■■■■!」


 ゴブリンたちが突如として、同士討ちを始めたのだ。彼らはこちらには目もくれず、一心不乱に互いを喰らい合っている。


「うげぇ。……マジかよ」


 アンドレアスが顔を顰める。彼の取り巻きである二人の女性(確かベル、ベラと呼ばれていた)も、俯いて何かを堪えているようだ。


「理由は分からないが助かったな。今のうちに進もう」


 歴戦の男―――ヨハンは、ゴブリンたちには目もくれずに先へと歩き出した。やはり歴戦の猛者は経験が違うのだろう。顔色一つ変えていない。


「―――本当は怖くて見ていられないだけさ。笑ってあげなよ」


 彼の後ろを歩く相棒の女性―――ヘルガが僕らにそっと耳打ちする。クツクツと笑いを押し殺している彼女をヨハンがキッと睨む。どうやら図星のようだ。


「悠里さん」


 唐突にニクスが僕に呼びかける。


「ん?なんだ、どうした……まさか気分が悪くなったのか?」


 恐る恐る言うが、彼女は「いいえ」と首を横に振った。


「昨日のトマトソースは美味しかったなぁ、って……また作って下さいね?」

「……何を見てそう思ったんだ?」


 しばらくトマトソースは作らないことにしよう。僕はそっと胸に誓った。



―――――



 迷宮内は入り組んだ作りになっているが、どういう仕組みなのかランタンが必要なほど暗いわけでもないため、それほど迷わずに進むことが出来るようになっている。迷宮は冒険者に随分と優しい作りらしい。


「悠里さん見て下さい、宝箱がありましたよ!」


 ニクスが嬉しそうに指さす先には一つの宝箱が放置されている。おお、ゲームでよく見たやつだ。本当にあるんだな。見たところ開けられた形跡もない。僕とニクスは目配せをした。


「悠里さん、早く開けましょうよ!」

「そうだな。フへへ……コレが借金返済の第一歩だな」

「笑い方がおっさんになっていますよ?」


 僕は迷わず宝箱に手をかけた。幸いなことにカギはかかっていないようだ。ガチャリと音を立てて宝箱がゆっくりと開いて―――。


「悠里さん、危ない!」


 ニクスが叫んだが、僕の視界は真っ黒に覆い尽くされた。



 後で聞いた話だが、迷宮の中には宝箱に擬態した魔物―――ミミックが大量に生息しているらしく、僕が手をかけた宝箱は正にソレであったらしい。


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