新たなる幕開け(借金)
「さぁさぁ、悠里さん!私の刃から逃れる事が出来ますか!?」
少しばかりの休憩の後、今度はニクスが僕にリベンジマッチを申し込んできた。先ほどは僕に負けた原因を「油断から」と言っていたが、今度はその油断も隙も見えてこない。どうやら彼女なりに負けた事が悔しかったみたいだ。だからって負けてやる理由なんてないけど。
「この……腕力バカが」
「ふふん。何とでも言いなさい!今度こそ悠里さんは私の前に跪くのです!」
圧倒的な腕力から繰り出される一撃はガレス以上の重みがある。受け止めた模擬戦用の剣がミシミシと軋みを上げる。このままでは防御もままならないみたいだ。
「おーい、練習用の剣だからってあまり粗雑に使うなよー」
ガレスが言うが、ニクスは聞く耳を持たない。これでこの剣が折れたらコイツに買いに行かせよう。僕は固く誓った。
―――この子、見た目のわりに力強いんだよな。
―――純粋な力比べで勝てるのなんて、マトックかガブリエルくらいじゃないかしら。
―――出番とあれば、我々はいつでも準備は出来ているが……。
―――ああ、ダメだ。それじゃあ剣術の稽古にならないだろうが。
―――じゃあ、なにか手立てはあるの?このままじゃユーリが負けちゃうわよ。
ああ、また始まった。
僕が窮地に陥ったと思って、僕の中で緊急会議が開かれてしまう。何かしら対策を練ろうという気持ちはありがたいのだが、それによってこの状況を打破しようという僕自身の思考が上手くまとまらなくなってしまうという事に気づいて欲しい。
「受けてみなさい、コレが私の『不死身の剣聖』の一閃です!」
強烈な一撃が僕の剣を宙高く跳ね上げた。上空で木剣が真っ二つに分かたれたのが見える。
「うははは、悠里さん!今度こそこのサムライ・ソードの前にひれ伏すのです!」
「いいや、ニクス。それは練習用の木剣(1本1500オール)だ!」
僕はなにも持っていない手をニクスに向かってかざした。
「―――来い!」
途端に地響きが足下を揺らしたかと思えば、一本の野太い腕が地面を突き破ってニクスを鷲づかみにして強引に動きを封じた。腕の太さは僕の身体以上はある。以前、エルナが召喚した死霊の大巨人の腕だけを召喚した具合だ。これではいかに腕力がゴ○ラ並のニクスも動けまい。
「ぐぐぐ……死霊術を使うなんて汚いですよ!」
「お前だって『不死身の剣聖』を使ってたろ!」
ニクスの言うとおり僕が使ったのは死霊術だ。こればっかりは僕個人のスキルであるためか、僕の中の彼らの干渉を受けない。唯一心置きなく使える魔術なのだ。
「コレで僕が二連勝だ。今日の買い出しはニクスが行くんだぞ」
「こ、こんな勝負は無効ですよ!だから一緒についてきて下さい!」
買い出しに行くのは良いのかよ。
「ユーリ。買い出しに行く前に死霊を召喚した穴、塞いでおけよ」
ガレスがため息交じりに言った。
僕が死霊の腕を召喚した場所にはポッカリと大きな穴が空いていた。僕はニクスに精一杯の笑顔で言った。
「……ついて行ってあげるから穴を塞ぐの、手伝って?」
「それとこれとは別ですよ悠里さん。死霊を召喚したのはあなたなんですから、穴を塞ぐのもあなたです」
くそ。ニクスのくせにまともな事を言いやがって。
「ちぇー……分かったよ。今のうちに準備しておけよ。財布と、買い物袋と、あとメモ帳。ちゃんと持つんだぞ。あとそれから明日からまたクエストに行くからな。食事も作り置きしたいから多めに買ってこよう。荷車も用意しておいてくれ」
「悠里さん、お母さん気質ですね……」
おい、なんでちょっと引いているんだ。確かに前世ではろくに自炊もしなかったし、買い物もほとんどコンビニだったけど、この異世界ではコンビニみたいな便利な店も無いし四人分の食事を毎食酒場で済ますのは食費がかかりすぎる。全て異世界に来てから覚えた僕の執念なのだ。
「借金もまだ完済していないんだぞ。節約したって悪い事は無いはずだろう?」
「でも、悠里さんと私の冒険者としての収入を考えればまだ余裕があるはず……」
「甘い、甘いぞニクス!この屋敷の主が誰だと思っているんだ!?そうやってお前が油断している間に借金はあぶくのように増え上がるんだぞ!」
「そうですね。全くその通りでございます」
僕の熱弁に相づちを打ったのはニクスでもガレスでもなかった。見ると、そこには一人の女性が立っている。顔には見覚えがないが、着ている服には見覚えがある。自警団が着ている揃いの制服を彼女も着ているのだ。つまり彼女は自警団の人間だ。
「ここはエルナ・フロントランド様のお屋敷で合っていますか?」
女性は淡々とした調子で言った。綺麗に束ねられた髪といい、ガリ勉っぽいラウンド型の眼鏡といい、彼女はどうやら優等生キャラだな?
「先日の騒動の被害額が決定いたしましたので、報告させていただこうと思いまして」
それだけで僕は無意識のうちに耳を塞いでいた。もう誰がなにをしたのか分かってしまっているので聞きたくない。
「家屋の被害二十件、店舗の被害七件、その他この街の住人たちの精神的苦痛を考慮いたしまして……このような額となっております。エルナ様には早急にお支払いいただきたいと存じます」
そう言って彼女が僕らに渡した一枚の紙には、とんでもない請求額が書き記されていた。
僕ら三人は息をのんだ。こんな額、節約したって到底支払えるわけがない。




