絶体絶命
情けない話だがその瞬間、僕は眼を閉じてしまっていた。だが、これから自分の身に降り下ろされる刃と呆気なく訪れようとしている二度目の最期を正視して受け容れることの出来る人間などいてたまるものか。
「そこまでだ、グエン」
その声に僕は恐る恐る目を開いた。
刃は僕に届いていない。僕の前に立ちはだかるガレスが、彼の刃を受け止めていたのだ。
「ガ、ガレス様!なぜこのようなことを!?」
「これ以上、俺の仲間に手を出すのを見逃しておけるわけがあるか!」
彼は頑強な鎧でグエン少年の刃を跳ね返すと、体勢が崩れた隙を突いて当て身を喰らわした。グエン少年はまるでボールのように軽々と宙を舞う。
「息子よ、ミイラ取りがミイラになってどうする気だ!」
ヴィンセントがガレスに掴みかかる。ガレスの方も一歩も引かずに激しい力比べが起こる。
「お前は自分の人生を棒に振るつもりか!?」
「元々自分の身から出た錆だよ!」
「例えお前の身から出た錆でも、フロントランド家の名誉がかかっているのだ!」
ヴィンセントが徐々に押し返していく。
「グエンよ、今だ!」
主の声に応じて、グエン少年が再び斬りかかってくる。死霊で足止めを狙うが、彼の発光する刃の前には死霊も太刀打ちできない。
「エルナ、何か良い作戦は無いのか?」
「そうだな。……いっそのことまた大巨人を召喚してこんな屋敷ごと……」
「そんなこと言っているからこんな目に遭うんじゃ無いのか!?」
ガレスからのツッコミには同意するが、この状況ではそれも致し方ないのかと思っていしまっている自分もいる。
「あなた方が大人しく我々のおもてなしを受ければすぐに済みますよ?」
グエン少年の刃を何とか剣で防御する。刃と刃がかち合い、彼の刃が纏う光が火花のように飛び散る。その一つが僕の頬を掠めた。
「―――!」
その瞬間、全身に走った痛みに思わず声をあげてしまう。単なる火傷の痛みでは無い。何か途方も無い衝撃が頬を通して全身に広がり、身体の中から灼かれているような感覚だ。
僕はもちろん、エルナも、そして切りつけたグエン少年も驚いたような顔をしている。
「なっ……死霊にしか効果が無いはずの魔術が通じるなんて、まさかお前も死霊なのか!?」
「ユーリの身体はほとんどが戦場に放置されていた死体だからな。死霊としてカウントされているのかもしれん……」
「のんきに解説している場合かよ!君の従魔が死の危機に瀕しているんだぞ!!」
「くっ……汚らわしい死霊がこの屋敷の敷居をまたぐなんて……!!」
グエン少年の剣撃がより一層、激しさを増す。火花が飛ぶ度に全身に痛みが走り、とても反撃どころでは無い。
「お前なんかが……お前なんかがガレス様の仲間だなど、認めるわけにはいくか!」
彼の刃が鋭く振り下ろされ、僕の腕が呆気なく切り落とされた。
―――――
「ユーリ!」
「お下がり下さい、エルナ様。あなたの従魔といえども死霊を見逃すわけにはいきません」
エルナが間に割って入るが、グエン少年は刃を下ろそうとしない。
痛みに意識が飛んでしまいそうだ。腕の痛みだけで全身が痺れて立ち上がることも出来ない。
怪我なんて前世で小学生の頃に鬼ごっこの最中に転んで膝をすりむいたぐらいしか経験が無いが、腕を吹っ飛ばされるなんて現代日本では経験できる人間の方がよっぽど少数だ。
「エルナよ、我がフロントランド家には彼女のようなものの居場所は存在しないぞ」
「親父の話なんか聞くな!お前はユーリを連れて逃げろ!」
ガレスは必死に押しとどめているが、彼の父であるヴィンセントは涼しい顔で彼を押しつぶそうとしている。
「逃がすわけにはいかんな。おい」
ヴィンセントがあごをしゃくる。それだけで部屋の中に更に使用人たちがなだれ込んできてエルナはもちろん、今度はガレスまでもが瞬く間に縛り上げられてしまう。
「グエンよ、その死霊を殺せ。トイレに逃げ込んだ仲間も捕まえておけ」
最早、絶体絶命だ。ゆっくりと持ち上げられる刃を目の前にして、どうすることも出来ない。ほんの数分前に経験しかけた二度目の最期が、こんなにも早く訪れようとは誰が予測できただろうか。
「エルナ様を更生させれば、ガレス様もこの家に戻ることが出来るのです。その為にも―――!」
少年の刃が躊躇いも無く振り下ろされた。




