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真剣勝負には卑怯も反則もない


「ところでいつの間に死霊術を学んだんだ?」

「別に学んだわけじゃないよ。僕が君の従魔だから使えるんだろ?」


 自分の掌をジッと見つめる。死霊たちは僕が考えたことを忠実に実行する。本当に僕が操っているのか不安になってしまうくらい従順だ。「使用人たちを押さえ込め」と考えれば、死霊たちは数にものをいわせて使用人たちにのしかかり拘束する。いかに筋骨隆々な使用人たちといえども「衆寡敵せず」というやつだ。


「そうか。フフフ……さすがはこの深淵の魔女の従魔だな!僕も主として鼻が高いぞ!」

「……どういたしまして」

「本当は僕も死霊を召喚して暴れさせたいところだが……仮にもここは僕が世話になった屋敷だ。ここは見逃しておいてやろう!」


 なぜか鼻息を荒くするエルナを促して僕らは出口へと向かう。ガレスには悪いがもうこんな所はうんざりだ。


「―――待て!」


 背後から呼びかけられたと思うと、一つの影が僕目がけて躍りかかってくる。僕はすぐさま念じた。「コイツを拘束しろ」と。


「グウッ!」


 鈍い音を立てて影の正体―――グエン少年が死霊に叩きつけられた。エルナの言葉通り「脳みそまで筋肉」で出来ていそうな使用人ですら押さえ込める死霊にかかれば、線の細い彼を拘束することなど容易いことのようだ。


「この……卑怯者め!このような魔術を駆使するのはその腕に自信がないからだろう!?悔しかったら僕と剣で戦って見せろ!」


 死霊に拘束されて尚、僕を挑発する気概は最早、賞賛に値するのではないだろうか。だが、同時に僕の心にはモヤモヤとしたものが湧き上がってくる。


「相手をする必要はないぞ、ユーリ。一方的に勝負を仕掛けてきて卑怯も反則もあるものか。早く帰ろう」


 エルナが僕の肩を叩いて言った。数回、深呼吸をして気持ちを整える。確かに彼女の言うとおりだ。早くニクスを連れてこんな屋敷出てしまおう……。


「くそ……考えを改めないばかりか我が屋敷にこんな気色の悪いものを蔓延らせて……パパはもう我慢の限界だぞ!!」


 のしかかっていた死霊たちをはね除けてヴィンセントが立ち上がった。その恰幅の良い体つきから想像出来るとおりの凄まじい力だ。


「こうなればこのヴィンセント・フロントランドが直々に君たちをもてなしてあげようじゃないか!」


 荒々しく息を吐きながらヴィンセントが向かってくる。武器も持たない身一つだ。だがどうしてだろうか。まるで鋭い刃物を突きつけられているような緊張感が身体を走る。


「……なあ、エルナ。これはひょっとしてマズいんじゃないか?」

「今頃気づいたのか?……もう遅い」


「ヌン!」


 大木のような腕から鋭い一撃が放たれる。辛うじて回避したものの、その拳は屋敷の壁を難なく貫いてしまう。あんなものを喰らってしまえば一巻の終わりだ。


「ユーリ、こうなったらやってしまえ!僕が許す!」


 主語がなくても、それが何を意味しているのか分かってしまう。そしてそれを躊躇っている状況でもないことも。


「死なないでくれよ……!」


 僕は息を吸い込んで思い切り吐き出した。衝撃で床が剥がれ、死霊もろとも使用人たちを吹き飛ばしてしまう。


「やったか……!?」

「君がそう言わなければ決まっていたね……」


 その発言はフラグと呼ばれているやつだ。もう結果は見えてしまったじゃないか!


「……迂闊でしたね。その魔術を使ったことで僕も自由になってしまいましたよ!」


 舞い上がった土煙の中からグエン少年がまたしても飛びかかってくる。どうやら彼が僕の魔術を防いだようだ。


「死霊共、来い!」


 すかさず死霊たちを呼び寄せてグエン少年の拘束を図る。単純な剣術勝負では到底叶わない相手だ。持っている手札を存分に活かさなければ勝てないことぐらいは身を以て経験している。


「そう何度も同じ手はくらいませんよ!」


 グエン少年の剣が俄に光を帯びる。恐らく魔術の光なのだろう。淡い輝きを放つ刀身は触れるだけで死霊たちを塵に帰していく。


「ちょ……そんなの反則だろう!?」

「卑怯も反則もないんでしょう?」


 その言葉と共に彼は思い切り剣を振り上げた。


 慌てて防御しようとするが、間に合わないことが自分にも分かってしまう。


「あ、やば―――」


 咄嗟に口をついたのは、そんな後悔の言葉だけだった。

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