フロントランド家流のおもてなし!?
「おお……」
僕は思わず声を漏らした。整備された庭が、掃除の行き届いた廊下が、使用人たちの優雅なものごしで行き交う姿がこんなにも素晴らしいものだとは思いもしなかったのだ。
「すごいな……こんなお屋敷なんて漫画の世界の話だと思っていたのに」
「マンガ?何を言っているんだユーリは」
ガレスが首をかしげるので、慌てて「コッチの話だよ」とごまかす。
「ガレス様、旦那様は大広間でお待ちです!」
「ああ、ありがとう。グエン、お前もさがって良いぞ。後は俺たちだけでいい」
僕ら四人はガレスを先頭に一列になって大広間へと歩き出した。
だが、グエン少年は僕らの前にすぐさま立ち塞がる。
「いえ、申し訳ありませんが、旦那様はガレス様とエルナ様の二人とまずはお話ししたいと申されておりまして……」
「おい、ニクスはともかくユーリは僕の従魔だぞ。主と従魔は一心同体だ。片時も離れることは許されないぞ」
エルナが僕の肩をグッと抱き寄せる。僕は冒険者としてしばしばクエストに出かけているが、アレは離れていることにならないのだろうか。
「あ、ヒドいですよ。私だって悠里さんと一心同体なんですからね?」
ニクスもすかさず僕の手を取る。彼女はいつから一心同体になったのだろうか。
「お連れ様は私の方で面倒を見るように、と仰せつかっておりますので……」
彼が指さした先には来客用の応接間に湯気を立てるお茶とケーキがすでに用意されている。アレを食べて待っていろ、ということか。
「……まあ、プライベートな話かもしれないしな。僕らがいては話しづらいこともあるんだろう。ニクス、僕らはお留守番だ」
「悠里さんがそう言うなら、私は構いませんが……」
口ではそう言いながらも、ニクスの顔は不満げだ。だが先ほどの会話から察するに、エルナとガレスの縁は浅からぬものがあるのは確かだ。積もる話もあるのだろう。そこにどこの馬の骨かも分からない奴らが立ち入るのは無粋というものだ。
「ご理解いただきありがとうございます。では、こちらへ……」
グエン少年に促されてお茶とケーキの待つ小部屋へと入っていく。エルナが何か言いたげな表情でこちらを見つめていたが、僕は気づかないフリをした。
―――――
大広間の前まで来て、エルナが口を開いた。
「……なあ、ガレス」
「なんだ?」
ノブに手をかけたままガレスは彼女の方を振り向く。
「ユーリは大丈夫なのか?あの部屋に入れられたということは……」
「……死にはしないさ。でも、恐らくもうフロントランド家には来たいと思わなくなるだろうな」
ガレスが乾いた笑みを漏らして、エルナは大きなため息をついた。
「……フ、フロントランド家流のおもてなしだよ」
「いつまでもそんなことだから僕はこの家に来たくないんだ」
「そう言ってくれるなよ。親父からすればお前もこの家の娘みたいなものなんだからな」
「僕が本当にこの家の娘だったらもっと早く家を飛び出していただろうね」
「親父が聞いたら泣くぞ?」
「ふん、何度でも泣かしてやるさ。おい、早く扉を開けてくれ」
「はいはい……」
ガレスはゆっくりと扉を開けた。
―――――
「どれくらいかかりますかね?」
用意されたケーキを頬張りながらニクスが言った。
「分からないよ、家族の話だろうからな。長いんじゃないのか?」
「ケーキ一個じゃ足りないかもしれませんね!」
「はしたないことを言っちゃいけません」
僕は自分のケーキをニクスに差し出す。ニクスは満面の笑みですぐさまソレに飛びついた。
「喜んでいただけて何よりです」
振り返れば、そこにはグエン少年が柔らかな笑みを浮かべて立っている。人好きのしそうな顔立ちだ。だがどうしてだろう。眼の奥が笑っていないように見える。営業用のスマイルと考えればある意味自然といえるが……。
「ムグッ!!」
考えている最中にニクスが突然声を上げた。見れば、苦しそうな表情でうずくまっている。ケーキを喉に詰まらせたのかと思ったが、それにしてはどうにも様子がおかしい。
「早速効果が出ましたね?」
グエン少年が言った。これは突発的なものではなく、彼が仕掛けたものであるようだ。
「おい、まさか僕らに毒を盛ったわけじゃ……」
「ご心配はいりません。中身はただの下剤ですので」
そう言いながらも、彼は扉のカギを閉めた。いつの間にか手には一振りの剣が握られている。
「私もお客人にこのような事をするのは気が引けるんですよ?」
彼はそう言って鞘から剣を抜き放った。言動に反して殺意マシマシじゃないか!
「あなたはエルナ様の従魔とお聞きしております。楽しい手合わせとなる事を期待していますよ!?」
僕も慌てて剣を手に取った。先ほどのイメージトレーニングが上手く功を奏してくれることを願うしかない。




