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不思議な主従関係


 馬車に揺られて僕らは一路、フロントランド家へと向かっている。いつもの荷馬車では無い、ちゃんと人が乗るための馬車だ。本来ならばその事に喜びを覚えるのだが、今の僕はそれどころでは無い。


「ユーリ……いつまでやっているんだ」


 エルナの呆れたような言い方に「だって……」と口籠もってしまう。


 僕は馬車には目もくれずに剣を構えたり振ったりのイメージトレーニングに没頭していたのだ。


「悠里さん、焦らなくたって大丈夫ですよ?誰だって最初は初心者なんです」


 ニクスが笑って言うが、僕も剣を握ってから結構な日数が経っている。決して魔物を刺したり斬りたいわけでは無いが、いつまでもまともに剣を振るうことも出来ないようでは、僕自身不安なのだ。冒険者という稼業をしていると「声を張り上げる」だけでは戦いきれない相手に遭遇しないとも限らない。それ以外の手段を用意しておいて損は無いはずだ。


 何より、隣で戦っていても流れるような刀裁きを見せるニクスや、豪快に剣を振り回すガレスを見ていると何か焦りのようなものを覚えている自分に気がつくのだ。前世でも同僚や後輩の栄転を耳にする度に、その得体の知れない恐怖に追われていたものだ。


「どうしたユーリ、剣の腕を磨きたいのか?」


 ガレスが口を開いた。馬車は用意してあるものの御者はいないため、彼が代わりに手綱を握っている。


「うん、まあ……できれば」

「そうか。じゃあちょうど良かったな」

「……なにが?」

「ウチに着けば分かるさ」


 明確な回答を避けるガレスにやきもきしながらも、馬車はのんびりと進み続ける。その間にも数回にわたって魔物の襲撃を受けたが、僕とニクスとガレスの三人で難なく撃退した。だが、僕は結局一度もまともに剣を振るう機会を得ることは出来なかった。


―――――


「お、そろそろ見えてくるぞ」


 ガレスの言葉に全員で身を乗り出す。整備された街道の先に豊かな樹木に囲まれた大きな屋敷が見えてくる。夢の中で見た魔王の屋敷に比べると派手な装飾は無いが、その分だけ落ち着いた印象を受ける。


「ガレスさんの家はどこかの貴族なんですか?」

「俺の家は貴族じゃないよ。しがない騎士の家系さ」


 いつの間にやらニクスとガレスは打ち解けている。


「相変わらず無骨な屋敷だな」


 エルナが無遠慮に言う。自分の屋敷を思い出してみてほしいものだ。


「親父が『屋敷に変な装飾を施すくらいならその分を使用人の給料や武具に回す』って方針だからな」


 なるほど、ガレスの父親は質実剛健な人間のようだ。根っからの武人、ということだろうか。


「君の父上がそんなことだから君の兄弟も使用人もまるで脳みそまで筋肉のような奴ばかりなんだ。可憐な僕には耐えられないね」


 ……可憐?おかしいな、そんな奴はどこにも見えないが……。


「だからって何も言わずに家を飛び出す奴があるかよ。あの時の親父の慌てぶりは見ていられなかったんだからな」

「……お二人はどういう関係なんですか?」


 切り出したのはニクスだ。確かに普段からガレスはエルナの騎士として彼女を魔物から守ったり身の回りの世話をしているが、その立場は限りなく対等だ。先ほどの言葉によればエルナはガレスの屋敷で世話になっていた過去があるらしい。加えて彼の家はエルナに仕送りをしているという。これではまるでガレスと彼の実家がエルナの面倒を見ているようではないか。


「ああ、それはな……」


 ガレスがやんわりと切り出そうとしたところで、屋敷から誰かが駆けてくるのが見えた。


「ガレス様、お待ちしておりました!」

「ああ、グエンか」


 僕らの元に駆けつけてきた少年はグエンというらしい。ガレスの家の使用人なのだろう、いかにも執事然とした服装を身に纏っている。


「お迎えにあがるように仰せつかりましたので!」


 グエン少年は眩しいくらいの笑顔で言った。だが、屋敷はここから見えてはいるがまだ結構な距離がある。彼は屋敷からここまで走ってきたのだろうか。……なんだろう、エルナが「脳みそまで筋肉」と言った気持ちが分からないでもない。


「迎えはいらないと言ったのに……悪いなニクス、話はまた後だ」


 僕らはグエン少年の先導でガレスの実家―――フロントランド家へと足を踏み入れた。

読んでいただきありがとうございます。

この連載も10万字を突破し、15000pvを達成することが出来ました。

これも偏に読んでいただける皆様のおかげだと思います。

これからも頑張っていきたいと思っております。

よろしくお願いします。

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